シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ

中盤ヒロイン不在の珍味的ロマコメ。

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2017年。マイケル・ショウォルター監督。クメイル・ナンジアニ、ゾーイ・カザン、ホリー・ハンター、レイ・ロマノ。

 

パキスタン出身でシカゴに暮らすクメイルは、アメリカ人の大学院生エミリーと付き合っていたが、同郷の花嫁しか認めない厳格な母親に従い見合いをしていたことがバレて破局。ところが数日後、エミリーは原因不明の病で昏睡状態に陥ってしまう。エミリーの両親は、娘を傷つけられたことでクメイルに腹を立てていたが、ある出来事をきっかけに心を通わせ始め、クメイルもエミリーが自分にとって大切な存在であることに改めて気づいていく。(映画.comより)

 

おはようございます。

今から別の映画のレビューを書く予定なんですけど、眠くて眠くてしょうがないのです。

だけど焼酎を並々ついでしまったので、少なくともこれを飲むまでは眠れない。「眠いからお酒はいいや」と言ってシンクに流すような真似はできない。この世にはお酒が飲みたくても飲めない人が大勢いるんだ。飲みすぎで肝臓を傷めて入院してらっしゃる方とか邪悪な未成年とかね。われわれはそういう人たちの思いを背負って飲まねばなりません。日々の恵みに感謝。

あー、それにしても眠いなぁ…。

執筆の天敵って何かわかりますか?

それは空腹と眠みです。あと騒音。それに目の疲労。腰の痛みも。あと指の怪我。虫歯。風邪。頭痛。五月病。暑さ。寒さ。蚊。冷え性。止まらぬ鼻水。耳のかゆみ。足のかゆみ。天井の水漏れ。ルーターの爆発。家の全焼。地球滅亡。

まぁそんなところです。

さて、本日はビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめという映画について語り散らしていきましょうね。眠い。

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◆中盤、ヒロイン不在◆

パキスタン人の青年とアメリカ人女性の異人種ロマンティック・コメディなのだが、これがえらい人気を呼んでいる。たった5館で封切られたあと、口コミで広まって全米2600館まで拡大公開したというのだ。

ロマコメがこれほど大ヒットしたのはいつぶりだろうか。わかんねえ。少なくともここ10年ほどは衰退していたジャンルであるから快挙と言わざるを得ない。


シカゴのコメディ・クラブで売れない芸人をやっているクメイル・ナンジアニが大学院生のゾーイ・カザンと知り合って即行で結ばれる。だがクメイルの家族はゴリゴリのイスラム教。両親は毎週のようにパキスタン・ガールとお見合いをさせたがるので、クメイルはアメリカン・ガールのゾーイと交際していることを両親に言えずにいた。それが原因でクメイルと喧嘩別れしたゾーイがある日急にぶっ倒れて昏睡状態に陥る。

毎日お見舞いに行くうちにゾーイの両親と知り合うクメイルだったが、ごっつい気まずい雰囲気が病室に漂う。すでに別れた恋人の両親だし、おまけにママンのホリー・ハンターは「娘を傷つけやがって!」と敵愾心むき出し。

耐えられない。私だったらこんなの耐えられない。

しかしパパンのレイ・ロマノが程よい潤滑剤としてクメイルとママン・ハンターの仲を取り持ち、次第に行動を共にするようになった3人は昏睡中のゾーイそっちのけで酒を飲んだりお笑いライブに行くなどする…。


まぁ実際のところ、大事な一人娘が意識不明に陥って気が気でない両親は、精神の安定を保つためにクメイルと遊んで心の負荷を解消していたのだろう。

なんにせよ中盤ヒロイン不在という物語構成がなかなか珍しい作品である。

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主人公のクメイル(右)と別れた恋人の両親。


◆重い人種問題を軽いロマコメに乗せて◆

本作が大成功した要因は、人種や文化の違いがロマコメという容器を借りてユニークに描かれている点にある。

特にオバマ~トランプ政権のアメリカでは人権意識が高まったことでそうした反差別的主題に貫かれた作品が量産されているが、それでも夜は明ける(14年)『ムーンライト』(16年)のように「道徳の勉強ですよ!」と言われているような格式ばった作品が多く、とにかくシリアスで重い。しゃかい性が満載。LGBT映画然りね。そういうムードに対して人々は内心「人権疲れ」を起こしているのでは。

そんな矢先に作られたのが『ビッグ・シック』。異人種・異文化のコミュニケーションを笑いに乗せて軽快に描いた、実に風通しのよいロマコメである。


クメイルはイスラム教徒は1日に5回“だけ”お祈りするんだ」といってパキスタンの自虐ネタで笑いをとる若手芸人。だが本人はお祈りの時間にYouTube鑑賞を楽しんでおり、お見合い結婚にも乗り気になれない。アメリカの文化が大好きで、ムスリムの風習を強いる家族に反撥している。

「家族のことは愛してるし、宗教を否定するつもりもないけど、僕には僕の生き方があるんだやい!」という魂の叫びである。

一方、ゾーイの両親も素晴らしい人たちで。

ママン・ハンターがクメイルに向けていた敵愾心は「娘の彼氏がパキスタン人だから」ではなく「大事な娘を傷つけたから」という至極真っ当な理由。そしてクメイルの漫談中に「このISIL!」と最低な野次を飛ばした酔っ払いに「この短小野郎!」と怒鳴って殴りかかるような最高にロックなママンなのでした。

はっきり言ってママン・ハンターの魅力が全てをさらっていると言っても過言ではない。

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始めのうちはクメイルを快く思わない両親だったが…。


ヒロインのゾーイは上映時間の半分近くがスリープモードなのでロマンス成分は薄いが、クメイルのエピソードを通してコメディアンの内幕が紐解かれる面白さがそれを補っている。気がする。

ゾーイ・カザンといえばルビー・スパークス(12年)で人気の若きロマコメ女優。祖父は『波止場』(54年)エデンの東(55年)で知られる名匠エリア・カザン、母はベンジャミン・バトン 数奇な人生(08年)の原案者ロビン・スウィコードという映画一族に生まれたドングリ顔の素朴な娘である。

また、主演のクメイル・ナンジアニは自身の恋愛体験を基にして本作の脚本を手掛けたというのだからまったく大した奴である。本人もコメディアンなので劇中で描かれる米コメディアンあるあるもひとまず信用していいだろう。

それにしてもなんとなく腹の立つ顔である。一発殴っておきたいという顔だ。

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クメイルの顔が腹立つ。着ているシャツも腹立つ。


◆恋は夜開く◆

監督のマイケル・ショウォルター口をボンドで張りつけられて何も喋れないみたいな顔をしたド新人だが、120分という長尺を除けばなかなかステキな映画作りをなさっていると思う。

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腹話術の人形やん。

 

シカゴのロケーションがばかに楽しい。適度に俗っ気を含んではいるが、ニューヨークほどチャラチャラしているわけでもロサンゼルスほどモッチャリしているわけでもない。

クメイルの暮らすシカゴ中心地と郊外の実家近辺の静けさを対比することでクメイルの都会趣味=アメリカン・ライフが表現されているあたりも妙技。

また、夜のシーンが印象的である。

クメイルが舞台に立つのは夜のコメディクラブだし、ウーバーの運転手として副業に汗するのも真夜中。ゾーイの両親と交流を重ねるのも夜間が多い。

病院のベッドで闇の中をさまようゾーイと、シカゴの夜を駆け回るクメイル。思い返せば二人のロマンスは日中のシーンだと大体ロクなことが起きない。

だからラストシーンでは二人が出会ったあの日の夜とまったく同じシチュエーションが繰り返されるのだ。漫談中のクメイルと客席のゾーイを結んだひとつの奇声が夜のとばりにこだまする。

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