シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

結婚相談

「なんでこんなことになってまうん」を連呼せずして何を連呼すん?ってくらいの怒涛の流転劇。

f:id:hukadume7272:20210712054355j:plain

1965年。中平康監督。芦川いづみ、沢村貞子、山本陽子。

鶴川島子は、いつのまにか婚期を逸して三十歳となったわが身を顧りみた。母や姉弟の面倒を見る内気な島子は、新聞広告でみつけた結婚相談所を訪ねるがー。(Amazonより)


腹たつわぁ。
ごめんな。今日も腹たってます。初っ端からフルスロットルで切れていくわ。
こないだ、知人の猪口才おちょこ(仮名)が「あはん。あははん。逆に一周しておもろい」などと訳のわからんことをぬかしたのだ。
逆に一周…。
それって反時計回りに一周して結局もといた場所に帰着するだけの事だろ、ヌケ作。トラック逆走して一周するアホの陸上選手、みたいなこと言うな。
「逆に」ということが言いたくて「一周」という言葉を使うと「逆の逆」になるのよ。だからこの場合「一周」ではなく「半周」あるいは「一周半」と言うのが正しいと思うよ。
…というようなことを説明したら、おちょこは「どういう意味。なにをいってるかわからない」と言った。
なんで分からへんねん。
一周したら元いた場所に帰着するだけの話だろって。分からんことあるか。つべこべ言うな。
さらに、おちょこときたら「だからさ」つってもう一度説明をはじめた私をよそに、出し抜けにゼリーを食い出した。

ゼリー食うな!
おまえの為に説明してるのに、なに勝手にゼリー食ってんねん。澄ました顔で栄養補給しやがって。しばいたろか。まったく忌々しい男だ。
さらに、おちょこの奴、ゼリーをうまうま食いながら「よう冷えたある」と感想したのである!

冷やすな!!!
「逆に一周」とか言ってるやつが一丁前にゼリー冷やすな! 10年早いわ。おれを差し置いてビタミンとミネラル摂取すな。

これが一度や二度のことなら、ワシとて、こない怒らへん。とにかくおちょこは、日頃から語の誤用がむちゃむちゃ多い。アホの子が誤用しがちな「敷居が高い」とか「確信犯」とか、平気でほり込んでくるからね。
つい先週も「的を得た」と言ったばかり。
射ろや。的は。
なんで的を獲得してんねん。誰に貰てん。アーチェリー銅メダルの古川選手? 古川選手から「キミにこの的をあげるよ。ぜひアーチェリーの素晴らしさを知ってよね」って言われて的プレゼントされたんか?
それで嬉しなって「的を得た!」言うたんか?
それなら分かる。それなら「へえ、やったじゃん。立派な的もろて。キャプテンアメリカの盾みたいで、ええやん」と思うし「どうせなら一式セットで、弓もくれたらええのにな。ケチなんかな、古川選手」とも思う。
でも違うだろォォオオオオ!
おまえは的なんか手に入れてないし、古川選手はケチじゃない。射るべき的を、勝手に得んな。持って帰んな。
ほいでゼリー食うな。しょうもない顔してゼリーのラベル剥きやがって。スプーンへし折ったろか。

あと、いちばん腹たつのは「草生える」

生えてたまるか。

馬鹿クソが。この! すぐそうやってネットスラングに影響されて。草なんか生えるか。全部刈り取ったるわ。それ以前に、なんでシシ神さまの能力使えてんねん。
「みんなが使ってる言葉」に流されすぎや。誰かの言葉でしかモノを語れぬおまえではあるまい? 自分の言葉を持て。自信持てよ。
それにしても恐ろしいやつやで、猪口才おちょこは。
ゼリーは食うわ、的は持って帰るわ。ほいで、しまいには草まで生えんけ?
どんなバケモンや…。

そんなわけで本日は『結婚相談』です。おちょこに疲れた。

f:id:hukadume7272:20210712054501j:plain


◆なんでこんなことに…◆

 はい。本日はAmazonプライムが最近なぜか親の仇みたいに猛投下している日活映画から『結婚相談』ですねぇ~。
わたくし初見であります。可愛らしい映画が観たくて本作を選んだのだけど、あなやっ、観たらこれがトンデモない内容。すっかり当てが外れてしまった。

 主演は日活のアイドルスターとして50~60年代を力づよく駆け抜けた芦川いづみ
彼女はとびきりキュートな女優で、淑やかさの中にも満天の愛嬌を秘めている。当世風に言うなら「ロリ系女優」という括りになるのだろうし、実際、彼女はジブリ作品におけるヒロイン像の原型になっているほどなので、やはり宮崎駿のような幼女趣味を持つ人々からは好まれる傾向にあります。
私生活では『愛のコリーダ』(76年)『龍三と七人の子分たち』(15年) の藤竜也と1968年に結婚したことで女優業から足を洗った。
 そんないづみチャン、川島雄三の『洲崎パラダイス赤信号』(56年) 『幕末太陽傳』(57年) のほか、吉永小百合との共演作や、石原裕次郎の相手役を多数演じたことでも知られるが、その一方では政界進出前の石原慎太郎が原作を手掛けた問題作『完全な遊戯』(58年) のヒロインを演じるなど、およそ清純派らしからぬアングラ映画にもちらほらと出演している。なんて意欲だ。いづみちゃんの意欲は、果てしないのか?

f:id:hukadume7272:20210712063322j:plain芦川いづみと藤竜也夫妻。どちらもご健在であります。

 そんな芦川いづみ、最大の異色作が『結婚相談』
婚期を逸して三十歳になった彼女は、新聞広告で見つけた結婚相談所に駆け込む。所長・沢村貞子から薦められるままに何人かの男を紹介されたが、みな年齢を知ると逃げていった。無論、所長に払った紹介料は返ってこない。
次に紹介されたのは果樹園を営む初老の男。会ったその日に結婚を約束した果樹園ジジイは、その等価交換としていづみの純潔を奪い、心許りの金を遣った。だが後日、いづみは所長から果樹園ジジイに妻子があることを聞かされた挙句、金を受け取った以上は売春だとなじられてしまう。
「嗚呼、なんでこんなことになってまうん…」と泣き伏せるいづみ。

こっちの台詞である。

果樹園ジジイも大概クズだが、見合った初日に身体を許したいづみもいづみ。イーブン。
そんなわけで、紹介料だけでなく純潔まで搾取されてしまったいづみ!
ある日、所長の下でお茶くみをしている事務員・笹森みち子が結婚相談所の内情を暴露してくれた。そう、この結婚相談所は狂言見合いを工作することで客から紹介料を騙し取る詐欺組織なのであった!

なんて邪悪なカラクリが忍ばされていたというんだ!!!

f:id:hukadume7272:20210712054916j:plain左から、芦川いづみ、事務員の笹森みち子、所長の沢村貞子。

すべてに絶望したいづみだったが、知人の会社員・高橋昌也との再会をきっかけに相思相愛の仲になり、少しずつ幸せを取り戻していく。「やっとアタシにも春来たじゃん」って。「詐欺まがいの結婚相談所なんか頼らなくても、愛はそこにあったじゃん」って!
ところが高橋は会社の100万円を横領していた!

なんでこんなことになってまうん。

いづみ「なんでこんなことになってまうん」
言うたわ。ワシが先言うたわ。
悪事が露見するのも時間の問題。頭を抱える高橋に、いづみは「せめて半分の50万だけでも先に払えば示談にしてもらえるかもじゃん」とエールを贈る。でも高橋は「ああもうダメだ。身の破滅だ~!」って、ぜんぜん話聞いてなかった。聞けカス。

所変わって結婚相談所。所長はいづみがお見合いの予定をすっぽかしたことに腹を立てており、その埋め合わせとして一晩働けという。なんとこの所長、結婚相談詐欺を隠れ蓑としてコールガール斡旋業もやっていたのである!
斬新な事業展開。
詐欺組織を隠れ蓑とした売春斡旋所という、もはや何が隠れて何が丸出しなのかよく分からないような、黒に黒を塗り重ねるような事業形態…。つまり内情を暴露してくれたお茶くみの笹森みち子もコールガールなのである。
お茶くみを隠れ蓑としたコールガール。
ウン、これは隠れとる。茶柱たっとる。

f:id:hukadume7272:20210712055305j:plain横領を告白した高橋昌也。いづみはどうにかして彼の力になりたいと思っています。

ヤケになって「一晩タダ働き」の依頼を引き受けたいづみは豪勢な屋敷に連れて行かれ、そこで気品漂うマダムからある相談を受けた。
「自分には成人した息子がおりますが、頭がヘンなので隔離部屋に監禁しております。どうか今夜一晩、息子の夜伽をしてやって下さい」
夜伽…スケベすること。

マダムいわく、その息子は幼少期に森に迷いこんで気ちがいになったそうな。だが身体だけは健康に発達し、男としての快楽を求むるため、マダムは定期的に娼婦をあてがっているんだとか!
ふかづめ「なんでこん―…」
いづみ 「なんでこんなことになってまうん」
あー、先いかれたなぁ。

怖気づきながらも要求を呑んだいづみは、隔離部屋で息子と一夜を過ごす。
翌朝、マダムから感謝の印にと50万相当の翡翠の簪を貰ったいづみは、これを売って高橋を救おうとしたが…すでに彼は自殺していた。しかも愛人と一緒に!
いづみ&ふかづめ「なんでこんなことになってまうん」
美しく響きわたる「なんでこんなことになってまうん」のハーモニィ。映画は急転直下の流転コースへ真っ逆さま。ミス不幸の未来はバラかイバラか? アッと驚く結末は見てのお楽しみ。

f:id:hukadume7272:20210712060154j:plain
どんどん感情を失っていく芦川いづみ。

◆失恋無双との思い出◆

 どこに運ばれるか分からない筋立てが本作のおもしろさであるよ。
『結婚相談』という題と「主演 芦川いづみ」のクレジットタイトルからしてミスリードが仕掛けられてはいるが、それを打ち消すように開幕では友人の結婚式。その楽しき雰囲気はいづみの憂いの表情によって掻き消され、なんとなしに向かったは結婚相談所。ロマコメともシリアスともつかない淡々たる調子で見合いが失敗していく中、徐々に結婚相談所の胡散臭さが立ちのぼってくる。所長役の沢村貞子がうまかった。見合相手に逃げられたいづみを慰めたかと思えば「次はこの人なんていかがかしら?」とサッパリ気持ちを切り替えて紹介料を催促する。詐欺の常套手段というか、知らず知らずのうちに蟻地獄に引きずり込まれる感覚が実にビザールに描かれておりました。

 一方のいづみも、はじめこそ気品漂う淑女であったが、破談を繰り返すうちに捨て鉢な気分になり、夜の街でクテンクテンに泥酔するだらしない女と化していく。
そのだらしなさが極点に達したのが果樹園ジジイとの見合い。すでに破談クイーンの異名を欲しいままにしていた彼女なので、この際誰でもいいから私を貰ってくれというセルフ叩き売りモードに入っていたわけです。もはや相手が果樹園だろうが植物園だろうが「結婚してあげようね」という一言はたいへんに嬉しく聞こえ、「よろしくお願いします」などと生娘の返事。かかる純心につけ入って押し倒そうとしてくる果樹園ジジイに一切抵抗することなく、嗚呼、ダメよダメよの失楽園!
泣きを見た見た甲子園!

f:id:hukadume7272:20210712060719j:plain果樹園(左)の甘い囁きを信じてしまういづみ。

 映画評なのに話は変わるが、失恋したことを運のせいにするイズムには甚だ怒りを禁じえない自分がここにはいます。
とかく失恋無双の女たちは「男運がない」で済ませて自己憐憫にしっぽりと濡れているが、何を勘違いしているのか、こんなものは「男運」ではなく「男を見る目」がないだけの話だ。我がを鑑みィ!

映画評なのにエピソードトークをします。
数年前、自称「男運がない失恋無双」から下ろし立ての失恋話に付き合わされたことがある。
恋人と別れ話に至った過程をせんど聞かされた挙句、「―で、別れたってわけ。意味わかんなくない? やっぱり男運がないのかな、あたすって」と無双に合意を求められたが、話を聞くだに因果関係は明白で、「いや、オマエがあそこでそんな無神経なこと言ったからこんな事になったんじゃ?」と私が意見すると、無双から「なんでそんなこと言うの」と没理論な切返しを受け、しまいには「やっぱり男って皆おなじね。紳士協定を結んでいるんだ!」とかなんとか訳のわからないことを叫びながら駐車場に向かって走っていった。
「おお、無双が走っていきよる…」と呆れつつも私、「存外、ああいう女ほど最終的には幸せになるのかもしらんな。どうでもいいけど」と思いながら、飲みさしの缶コーヒーに口をつけたのです。
※現在、無双とは連絡を絶っています。面倒臭いから。


かかる無双に比べて、いづみは余程道理を弁えており、運のせいにもしなければ紳士協定を疑うこともなく、ましてや駐車場に向かって走っていくこともなく、いっさいは軽率なりき身より出た錆だ、と反省するのだが、ただ、彼女の失敗は詐欺組織に騙されてのことだったので、真面目に反省すればするほど彼女が気の毒に思えてきて、「たしかに果樹園との“失楽園”は軽率だったけど、事全体としてはあなたは被害者なんだから、そない自分を責めんでも…」と、観る者をして複雑な心境へと至らしめるばかりなのであった!

f:id:hukadume7272:20210712061237j:plainいづみを心配する母親役には浦辺粂子『私は二歳』(62年)では「若者は死ぬべき」と過激な持論をまくし立てたあとに自らが死んだ。

◆怪奇! 雷雨のブリーフ◆

 話進んで映画後半。やはり本作を異色たらしめたのは“屋敷での夜伽”であろう。
清純派女優の芦川いづみが森で頭がヘンになった男の慰み者になるというのは、いかな日活とはいえ余りにショッキングな展開。む…惨すぎる。
されど映画は嫌がらせの如くそこにフォーカスする。観客が見たくないものほど丹念に描き込む…というわけか~。やり口がミヒャエル・ハネケやん。
いづみが隔離部屋に通されると、外側からガチャンと鍵をかけられ、間もなく嵐が訪れる。稲妻に明滅するブリーフ一丁の息子。いづみを母親だと錯覚して「ママン! ママン!」と奇声をあげながら白い肌にしゃぶりつく!
ちょっとこれは…なんだろう…見てられないなぁ…。

なかなかにキツいシーンである。例えるなら、そう、「みんなの芦川いづみ」がスクリーンの中で堂々と汚されているような感覚なのだ。
誰もが可憐さの象徴であると信じてやまない女優が(たとえ芝居と分かってもいても)目の前で辱めを受けているのに我々観客はなんら干渉できぬまま指をくわえて事態を見守っているだけ…という構図に対する怒りと無力感からくる我が身のもどかしさ。
かろうじて私が呟きえた言葉は「行け、藤竜也!」であった。このブリーフ男を殴り飛ばせるのは芦川いづみのリアル旦那・藤竜也だけだ。もしも私がポケモントレーナーだったなら、間違いなくここで藤竜也を繰り出していただろう。

f:id:hukadume7272:20210712054552j:plainブリーフの夜伽をするいづみ。

監督は中平康
『月曜日のユカ』(64年) 『混血児リカ』(72年) といったエロティックな実験映画を手掛けた戦後モダン派の旗手であり、似たような感性を持つ同年代の作家に増村保造、岡本喜八、鈴木清順などがいる(さらにその上に市川崑…て感じね)。
もっとも、本作では前衛的な映像技法は控えめで、順序正しくショットを重ねることで然るべき緊張感を生み出す…という正攻法の路線をひた走っていた。然るべき緊張感というのは、いわば決め所で「なんでこんなことになってまうん!」と人が感じるような画面の配置、および編集の呼吸のことであり、いづみの身に降りかかる災難、その凶兆を絶えず一瞬先に宙吊りにしながら“なんでこんなことになってまうんポイント”へと突き進む、直球勝負のサスペンスが仕掛けられているのです!

そんなわけで、芦川いづみファンのみならず、失恋無双、ポケモントレーナー、果樹園経営者も必見。