カンニングとはフィジカルな情報伝達である。
2017年。ナタウット・プーンピリヤ監督。チュティモン・ジョンジャルーンスックジン、チャーノン・サンティナトーンクン、ティーラドン・スパパンピンヨー、イッサヤー・ホースワン。
小中学校と優秀な成績を収め、その頭脳を見込まれて進学校に特待奨学生として転入を果たした女子高生リン。テストの最中に友人のグレースをある方法で手助けしたリンの噂を耳にしたグレースの彼氏パットは、試験中にリンが答えを教え、代金をもらうというビジネスを持ちかける。さまざまな手段を駆使し、学生たちは試験を攻略。リンの売り上げも増加していった。そして多くの受験生の期待を背に受けたリンたちは、アメリカの大学に留学するため世界各国で行われる大学統一入試「STIC」攻略という巨大な舞台に挑むが…。(映画.comより)
おはようございます。
いい加減、前書きが苦痛でしょうがないので、本日よりここをTwitter代わりにして「呟き」を発信して参ります。普段の前書きとどう違うのかと言えば思ったことを口にするということです。
まずは試しにこういうことを呟いてみたいと思う。
「特定の作品を批判するのはいいけど、その作品を好きな人まで批判するのはよくない」みたいなほんわかイデオロギーが浸透してるけど、くだらん。
誹謗中傷はするべきではないが、批判はドンドンしていけ。そして褒めるところはドンドン褒めろ。さもなくば絶滅するぞ!
ハイ。さっぱりしたものです。
というわけで本日は『バッド・ジーニアス』を取り上げていきましょう。ジーニアスになりたいぜ。
◆スパパンピンヨー◆
タイ、インド、韓国に比べると日本映画がいかに恵まれた歴史の上に存在する映画先進国かということを痛感する。
タイは東南アジア諸国が大体そうであるように映画史の土壌を持たない国で、21世紀になって『マッハ!!!!!!!!』(03年)や『チョコレート・ファイター』(08年)といった暴力映画がいくつか輸出されたぐらい。もちろん細々した作品は多数存在するのだが、タイ映画を冠しうるほど大きなムーブメントといえばこのぐらいだろう。あと、目ぼしいトピックとしてはカンヌ映画祭で『ブンミおじさんの森』(10年)がタイ映画史上初めてパルム・ドールを受賞しているが、まぁそれぐらいかなぁ。
そんなタイから映画の火花が炸裂した。喜べ。騒げ。朝まで踊れ。
『バッド・ジーニアス』はタイ史上空前の大ヒットを記録し、その火花は日本にも届き、欧米諸国の映画祭でも上映されるほど活気づいているようだ。
本作は中国で実際に起きた集団不正入試事件をモチーフにしたカンニング映画の金字塔である。天才少女が試験問題をスラスラ解いて、その解答を周囲の共謀者たちに教える代わりに報酬を得る…といったカンニング・ビジネスをスリルたっぷりに描いている。
ざっと大筋を説明すると、天才女子高生のチュティモン・ジョンジャルーンスックジンは学力の低い親友イッサヤー・ホースワンに勉強を教えていたが―…
…ちょっと待って。タンマ、タンマ。
名前がすげぇ。
イッサヤー・ホースワンはまだいいとして…チュティモン・ジョンジャルーンスックジン?
申し訳ないが一生覚えられる気がしない。タイの皆さん、ごめんなさいね。ディスってるわけではなく…。名前がすごいんです。それに驚いてるだけなんです。
ちなみに他のキャストの名前がこちら。
チャーノン・サンティナトーンクン。
タネート・ワラークンヌクロ。
ティーラドン・スパパンピンヨー!
識別できる気がしねぇ。どれひとつとして噛まずに言えねぇ。スパパンピンヨーってなに。パワーネーム感がすげえ。
とてもステキな名前だと思うけど、俳優名を表記しても誰が誰だか分からないだろうから今回は役名表記することにします。
さて、気を取り直して…
高い学力を見込まれて奨学生として名門校に入ったリンは学力の低い親友グレースに勉強を教えていたが、試験中に問題が解けなくて困っているグレースについ答えを教えてしまう。そしてグレースからその話を聞いた彼氏のパットは報酬と引き換えにカンニングさせてほしいという相談をリンに持ち掛け、家計が逼迫していることからリンはパットの交渉に応じてしまう。
かくしてリンは「試験の女神」となり、噂を聞きつけた低学力どもにテストの答えを教えては金を巻き上げるようになる。同じく奨学生のバンクというイケメン学生はリンの集団カンニング戦法を見破って理非曲直を正すような正義漢だったが、これをうまく丸め込んだリンたちはバンクを味方につけて大学統一入試「STIC」攻略に臨むのだが…。
…といった中身である。
かなり面白そうでしょ。そうなんだよ。面白そうではあるんだよ。実際まあまあ面白いのだが、少し言いたいこともあるので第二章に進むとしましょう。
同じ奨学生のリンとバンク。だけどリンは悪女でバンクは正義漢。
◆そこまでするか!アイデア満載のカンニング術◆
カンニングを扱った作品なので、もちろん見所はバレるかバレないかサスペンス。
カンニングさせるリンとカンニングする学生たちがいかに試験官の目を盗んでそれを実現させるかという連携プレーを軸とした作品なので事実上のケイパー映画(金庫破り映画)である。『オーシャンズ11』(01年)のように金品を盗み出すわけではないが、主人公たちが利害の一致から徒党を組んで試験官の「目を盗む」という意味では完全にケイパー映画の系譜だろう。
だが『オーシャンズ11』のような王道のケイパーものと一緒くたにしてはならないのは、『バッド・ジーニアス』における盗みの舞台が試験会場だということだ。
つまり彼女たちは試験官が目を光らせている状況で粛々とテストを受けていて、自由に動き回ることができないという「身体の制約」が課せられている。その身体的な制約をいかに乗り越え、いかに演出するか…というあたりが本作最大の見所であり、また本作がまったく新しい映画として大ヒットした理由にもなっている。たぶんね。
生徒諸君がテストを受けております。身体の制約も受けております。
たとえばリンが真後ろの席で試験問題に苦戦しているグレースを助けるべく、答えを書いた消しゴムを上履きの中に落として後方に蹴り、グレースが足元にスライドしてきたリンの上履きの中から消しゴムを取ってカンニングの恩恵に浴する、という演出。
すでにこれだけでも面白いのだが、リンの「客」は前後左右の生徒だけではない。席が離れた学生にはどうやって答えを教えるのかといえば…ハンドシグナル!
本作で登場する試験問題はA~Dから解答を選ぶマークシート(選択式問題)で、ピアノが得意なリンは4つのクラシック音楽の最初の旋律をシグナルとして導入する。4種類の曲の運指をA~Dに振り分け、事前に指の動きを覚えた「客」はリンが机のうえで模したピアノの運指を見て「Bだな」とか「Dだな」とか「よく見えなかった」などと各々が判断して答えを共有するのである。その手があったかと思わされる粋なアイデアだ。まさにバッド・ジーニアスだぜっ。
だが試験のハードルは少しずつ上がっていく。
学校側はカンニング防止策として二種類の問題用紙をアトランダムに生徒に配る。どちらかひとつの問題しか解けないリンはどのように二種類の解答を用意するのか?
そして「STIC」攻略ではカンニング作戦はさらに壮大なものとなる。この試験は全世界の会場で同時刻に始まるため、天才コンビのリン&バンクは時差を利用して一番最初にテストが始まるシドニーに飛ぶ。時差4時間のあいだに試験を終えて答えをメールで送り、タイでメールを受け取ったグレースたちが鉛筆のバーコードに答えをプリントして「客」たちに渡すというもの。バーコードの線の太さをA~Dに割り振るというユニークな発想が楽しい。
こいつァまたしてもバッド・ジーニアスだぜ!
◆アイデア100点、演出0点◆
カンニングとはフィジカルな情報伝達である。
『バッド・ジーニアス』が素晴らしいのはいっさいの電子機器が使えない状況で、五感だけを頼りに、いかにして間接的な耳打ち=カンニングを達成するか…という純サスペンスに取り組んだからにほかならねぇ。
あまつさえ電子機器に依存した荒唐無稽なハッキングや盗聴がサスペンスだという誤謬がまかり通っている現代映画において、この「フィジカルな情報伝達」は人をサスペンスの原点に立ち返らせるほどクラシカルである。ハンドシグナル、アイコンタクト、物を投げる、落とす、拾う、隠す、あるいは嘔吐に至るまで、ほとんどスポーツのレベルでおこなわれる情報伝達の瞬間的スリル。
加えて、リン率いるカンニングチームの人間模様も充実している。
グレースとの友情、バンクとの仄かな恋、パットとの対立、父親や学校側との不協和音といったドラマ要素も予断を許さず、一度は落ち着くところに落ち着いた関係性がことごとく覆されていく。低学力な言い回しをすればどんでん返しの連続ってやつだ。
なんとなく韓流全盛期のコリアンムービーを思わせる「怒涛のエンターテイメント」なのだが、大振りな作品ゆえに欠点も多々あり。
カンニングのアイデアは確かに素晴らしいが、肝心の「見せ方」がどうも粗い。
試験中なのに全員キョロキョロしすぎ。
リンは後方の生徒とアイコンタクトを取るために何度も後ろを振り向くが、それに対して試験官はいっさい注意しないので、もとより「バレるかバレないかサスペンス」が生起する余地がない。
また、緊張感を煽るような音楽でごまかしているが端的に言ってやかましい(時計のクローズアップにチクチクチクチク…という音を大音量でかぶせるアホらしさ)。校長室に呼び出されてカンニングを疑われるシーンも、リンたちは平静を装わねばならないのに露骨に「やべーな」という顔をしていた。
カンニングを扱った映画なのに演出が大胆という本末転倒ぶり。
カンニングがばれて試験会場から逃げ出したリンと試験官のチェイスシーンも映画理論的に矛盾していて、ただの一度も「試験官がリンを視認するショット」がないのに、なぜか試験官は人混みを掻きわけて地下鉄までリンを追い詰める(一度も視認してないのになぜリンの居場所が分かったの?)。
発想や設定はおもしろい作品だが、惜しむらくは演出がまったく追いついていない。
サスペンス撮るならヒッチコックぐらいカンニングしとかんと!
試験中なのにギュンギュン後ろを向くリン。即バレでしょ、こんなもん。
あと、登場人物がほぼ不快なので感情的に全くノレない、という問題点もあらァなー。
カンニングがバレたことから「私は降りる」と言ったリンはグレースに泣きつかれるたびに手を貸してしまう。グレースはリンのことを本当の親友と思っているらしいが、結局はパットと同じく利己的な人間でリンを利用しているだけ。だが映画はあくまで「女同士の友情」として彼女たちの関係性を擁護する(あぁそうですか)。
最も胸糞悪いのはパット事件だろう。
アホ+パリピ+ボンボンというビチグソ属性を兼ね備えたパットは、奨学生のバンクを悪の道に引きずり込むために奨学金入学試験の道を閉ざそうとする。試験前日にチンピラにバンクを襲わせて明るい未来をぶち壊すのである。しかもアクシデントのように見せかけて上辺ではバンクを気遣うフリをするパット…。
こんんんんんんのビチグソ野郎がァァ――ッ!
ちなみにティーラドン・スパパンピンヨーってこいつだよ!
この一件によって正義漢のバンクはダークサイドに堕ちてしまい、やがてリンですら手がつけられないモンスターと化してしまうのだった。
まぁ、そんな連中が一世一代のカンニング作戦をおこなうわけだ。
ひょえー。まったく応援する気になんなーい。
どれだけ勉強ができなくても人間性まで赤点じゃあねぇ…。
長澤まさみ似のグレースと、その彼氏スパパンピンヨー(最低のくそ)。
画像:(C)GDH 559 CO., LTD. All rights reserved.