シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

ファイティング・ガール

メグ・ライアンがボクシング界の諸葛亮公明を演じるで。

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2004年。チャールズ・S・ダットン監督。メグ・ライアン、オマー・エップス、チャールズ・S・ダットン。

 

ボクシング・トレーナーを父に持ち、幼い頃からボクシングに親しんで育った女性ジャッキー・カレン。自分もボクシングの世界に関わりたいと夢見ていた彼女は、やがてマネージャーの道を歩み始める。ある日、新たに契約したボクサーのもとに向かった彼女は、そのボクサーを殴りつける街のチンピラ、ルーサー・ショーに目を留める。ルーサーの才能を確信した彼女は、引退していたトレーナーのフェリックスを説得しルーサーのコーチを任せるのだった…。 (allcinemaより)

  

おはようございます!!!

平成10年前後生まれはだいたい非常識、という持ってはいけない偏見を持っている私ですが、その偏見がより強固なものとなるエピソードが目下巻き起こっております。

最近入ってきた若い新人さんが挨拶をまったくせず、もはや腹立たしさを通り越して感心すらしているのですよ。

初対面の初日、私と目が合ってもなんにも言わず、さも「長年のパートナーだから挨拶など無用」みたいなふてぶてしい面構えで私を無視して通り過ぎていく驚異の新人。俺たちは熟年夫婦か?

ていうか何この状況。なんで「おはようございます」って言わないの? 帰って行くときも「お疲れさまでした」と言わずに黙って帰って行くし。まじかよ。これはこれで違う意味の大型新人だよ。

まぁ、こちらから挨拶すれば返してくれるんだろうけど、それってなんか悔しいじゃない。おかしいじゃない。普通、新人さんの方から挨拶するのが筋だと思う私は年功序列にこだわり過ぎてますか?そんなことないよね?

なので、ハイ、決めました。向こうが挨拶してくるまで意地でもこっちから話しかけないと心に誓ったんだよ、オレ。そっちが「挨拶しない」というストロングスタイルで来るなら、こっちはこっちのストロングスタイルで徹底抗戦してやるぜオラァ!

で翌日。再び顔を合わせたときもやはり挨拶せず、さも「皆さんお馴染み、オレです」みたいなふてぶてしい面構えで私を無視して通り過ぎていく驚異の新人(伸びしろ無限大)。

こうなると、もはや無礼とか非常識といった話では括れない問題になってくるよ。規格外のモンスターだよ、この子。

逆に益荒男(ますらお)か? って。

逆に武士(もののふ)か? つって。

思ったよね。ボクね。

もしかすると、向こうも向こうで「意地でも挨拶しない」と心に誓っているだろうか。あるいは「挨拶は失礼に値する」という特殊な教育を施された人なのだろうか。

だもんで、ついに禁を破って話しかけてしまいました。

ふかづめ「キミの星では挨拶する習慣がないの?」

新人さん「……星?」

ふかづめ「星とかいってごめん」

新人さん「……ゆるす」

 

やっていける自信がない。

家に帰って少し泣きもした。

そんなわけで『ファイティング・ガール』。すでに私の心はKOされております。

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◆伝説の女性マネージャーの半生、満を持して映画化◆

皆さんご存知、ボクシング・ビジネスの世界に殴り込みをかけた伝説の女性マネージャー、ジャッキー・カレンの自伝映画である。誰やそれ!

ジャッキーを演じるのはどことなくアヴリル・ラヴィーンにも見え始めてきた当時43歳のメグ・ライアン

ボクシング・トレーナーを父に持つメグは、イヤミな大物プロモーターのトニー・シャルーブのもとでお茶くみ同然の仕事をしていたが、この男は自分よりもボクシングに詳しくておまけに気の強いメグを快く思っていない。そしてある日、所属するボクサー・デボンの敗因はセコンドとの信頼関係にあると分析したメグに「女にボクシングの何がわかる!」とムキになったトニーが「デボンを1ドルでおまえに売ってやるからチャンピオンにしてみろよ。できねえだろ!?」と喧嘩を吹っかけた。売り言葉に買い言葉でトニーの挑発に乗ってしまったメグは、成り行きでボクシングマネージャーになってしまうのだが…。

といった中身ですねー。

少しはウキウキしてきた? しない? ああそう。


本作はボクシング映画というより、ボクシングというショービズの世界を舞台としたマネジメント映画である。上司相手に物怖じしないメグのきっぷのよさと頭の回転、そして辛うじて保っていたキュートな笑顔を楽しむ作品だと思ってもらえればいい。

彼女はさっそくデボンの自宅を訪れたが、実生活でのデボンは「ヘイメ~ン」などと言いながら麻薬をむしゃむしゃ食ってるような腐れ外道だった。そこにデボンの知り合いと思しき街のチンピラ、オマー・エップス(以下オマップス)がエップスエップスと言いながら怒鳴り込んできてデボンをしたたか殴りつける。そのパンチを目の当たりにしたメグは「ぎゃあ、あなた誰。それにしてもいいパンチね。その拳で世界を取れるわ。未来のチャンプはあなたよォォーッ」と叫んでオマップスをスカウトする。

最初はぶっきらぼうな顔でメグをあしらっていたオマップスだったが、彼女のおだてあげ作戦が功を奏したのか、気が付いたらニコニコしていた。

そんなわけでマネージャー経験ゼロのメグとボクシング経験ゼロのオマップスがタッグを組み、ボクシング界に殴り込みをかける!

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オマー・エップスさん。だんだんニコニコしてきます。


オマー・エップスといえば、私のなかで最も過小評価されている黒人俳優

90年代には『ジュース』(92年)『ハイヤー・ラーニング』(95年)などでプチ活躍したが、ウェズリー・スナイプスとスパイク・リーを足したような「誰かに似てる顔」ゆえにもうひとつパッとせず、北野武の『BROTHER』(00年)を最後にほとんど見かけなくなってしまった俳優だ。

そして一方のメグも、乳を放りだして挑んだ『イン・ザ・カット』(03年)が地獄みたいにババ滑りしてキャリア低迷中。そんな彼女が再起を懸けて女性マネージャーの役に挑んだってわけ(でも今にして思えば『イン・ザ・カット』で既にメグは終わっていたんだよな…)

監督はチャールズ・S・ダットン『エイリアン3』(92年)『ニック・オブ・タイム』(95年)など色んな映画にチラチラと出ているバイプレーヤーで、本作でもエマップスを鍛えるトレーナー役として出演している。本業は俳優だが「案外いけるかも」というナメた考えに基づいて監督業に初挑戦なさった。

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監督・出演の二足のわらじを履きこなしたチャールズ・S・ダットンであられる(画像左)。

 

◆チートマネージャーとチートボクサーによる全戦全勝のチートボクシング◆

まぁ、都合のいい話ではある。

メグにはボクサーの素質を見抜く才能があり、何のコネも使わずに無名(というかタダのチンピラ)のオマップスをわずか数週間でチャンピオンとマッチングさせるほどのマネジメント能力もある。おまけに試合中はメグの指示通りに動けば絶対に勝てるというチートじみたキャラクターで、まさに勝利の女神。ボクシング界の諸葛亮公明。

メグがチートキャラならオマップスの方もチートキャラで、ボクシング経験ゼロだと言うのにデビュー戦では蝶のように舞い蜂のように刺して1ラウンドKO勝ち。アリかおまえは。

通常のボクシング映画なら第二幕(物語の谷間)で強敵に敗れたりするものだが、この映画の主人公は気持ちいいほど全戦全勝。なんてったって諸葛亮メグがついているのだから!

もはやムチャクチャである。


メグがボクシングに魅了された背景にはトレーナーの父親とボクサーの叔父がいるのだが、父親は画面に登場せずもっぱらセリフで「父はトレーナーだった」と語られるだけ。

そして叔父は試合中に死んでしまったらしいのだが…おかしくねぇか? 「メグがボクシングに魅了された理由」にはならないでしょ、それ。むしろボクシングを嫌いになる理由でしかないよ!

そもそもメグのキャラクター設定のためだけに父と叔父の二人もキャラクターを誂えること自体ヤボの骨頂。まともな監督なら叔父だけ登場させただろうし、叔父を殴り殺した対戦相手も物語のどこかに絡ませるはず。

なんだかメグの背景を知れば知るほどよくわからないキャラクターに見えてしまう、という本末転倒かつ不要な人物描写が物語のノイズになっている。

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そして本作最大の瑕疵はメグがエロい格好をしてること。

この映画は負けん気の強いボクサーとマネージャーが二人三脚でのし上がるサクセスストーリーだが、それは映画の皮相というか表面上のストーリーであって、あくまで主題として中心化されているのは「性差別との戦い」である。

ボクシングという「男の世界」に飛び込んだ女性マネージャーが、蔑視され、迫害され、最低のセクハラ発言を受けながらも己の道を突き進む…という激列にイカした独りウーマンリブ映画。実際、主人公のモデルになったジャッキー・カレンは「紳士のスポーツ」という固定観念に風穴をブチ開けてボクシングの常識を覆した女性である。

ところが劇中のメグはやたら扇情的な衣装に身を包み、乳を三分の一も出してセックスアピールに興じる。衣装もよく変わる。有名になってメディア露出が増えるに従って肌の露出も増えていく。メディア露出とオッパイ露出が正比例しすぎ。

『イン・ザ・カット』で懲りてねえのか。

これじゃあメグ・ライアンってより脱グ・ライアンじゃないか。

「男に媚びるもんですか!」なんて息巻いていたメグが思いきり自己矛盾していて、結局は宿敵のトニーが「あいつは媚びることしかできない!」と言った言葉の正しさを裏付ける形になってしまっているのがやや不愉快です。

 

◆ちょっぴり切ない疑似親子ストーリー◆

だがこの劇場未公開作品を擁護したいのは、先に述べた瑕疵を補って余りある愛嬌が振りまかれているからだ。

『しあわせの隠れ場所』(09年)を思わせる、メグとオマップスの疑似親子的な交流がとてもハートウォーミングで、もうボクシングシーンはオマケとして割り切ればそこそこ楽しめる映画だと思う。

ストリート育ちのオマップスは契約やら書類やらがまるで理解できない自分を恥じていて、メグはそんな彼を「誰にでも苦手なことはあるわ」と言って慰める。いくぶん気持ちが軽くなったオマップスはサルみたいにメグに抱きつき「今のは何…?」と不思議がるメグに「…感謝してるってことだ」とぶっきらぼうに吐き捨てる。

このツンデレ事件を機に一心同体となった二人。メグはまるでオマップスの連勝記録を自分のことのように喜び、オマップスは彼女に勝利を捧げてさらなる連勝記録を打ち立てていく。仲のいい親子のようだ。心が温かくなる。


ところが有名になるにつれて怪しい儲け話が舞い込むようになり、それまで二人三脚でやってきたメグは「世の中ゼニがすべてや!」というスローガンを掲げてワンマン経営に舵を切り、金と引き換えに信用を失っていく。

ともにリングの上で勝利を分かちあってきたオマップスは、KO勝ちのあとに駆け寄ってくるメグを無視して「アンタとは手を切る」と絶交宣言。すべてを失ったあとに自分のしでかしたことを思い知ってメグメグ泣く彼女だが、今さら悔やんでも後の祭り。

かかるチョベリバな事態はクライマックスのチャンピオン戦まで引きずられることになるのだが、オマップスがタコ殴りにされていると予期せぬタイミングでメグがリングに

現れて絶対勝てる助言(チート)をしたことで一気に形勢逆転。

勝利したあと、オマップスがリングの上から客席を見渡してメグを捜すが、すでに彼女は群衆の中に消えていた…というおセンチな演出が光る。最後にオマップスに勝利をもたらしたメグは、もう自分には喜びを分かちあう資格がないことを悟って会場から姿を消したのだ。なまじ「リングに駆け寄る」というイメージが反復されていただけにリングから離れていくラストシーンが激烈にせつない。


そんなわけで『ファイティング・ガール』はショービズの世界でのし上がり性差別と戦ったファイティング・ウーマンの物語だ。キャリア史上最も強いメグ・ライアンを観ることができますよ。やや過激なファッションにもご注目(その点に関しては怒ってるんだけど!)。

また、「エップス萌え」を打ち出したオマー・エップスが終始かわいい映画でもあるので、世界17億人はいるであろうオマップスファンは刮目せよ。

いや、やっぱりしなくていい。

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胸元がざっくり開いております。

 

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