シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

マッチー七変化が見所の崑テンポラリー映画。

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1957年。市川崑監督。京マチ子、船越英二、菅原謙次。

 

ルポライターの北長子は、自ら一ヶ月間の失踪騒動を起こしてそのルポを書き、さらに長子を捜せという懸賞を募集する、という企画を週刊誌に売り込みに行く。一方、預金横領の銀行家が長子を犯人に仕立てようと企み、事態は思わぬ方向へ…。(Amazonより)

 

あい、おはよ。

髪の毛が伸びてきたので昨日シャンプーカットの予約をしたよ。羨ましいでしょ。

男にしては比較的髪の長い私は、毎年この時期になるとイライラがピークに達します。基本的に年中イライラしているのだけど、特に夏場はてめえの髪毛の暑苦しさにイライラしてしまうのです。汗でまとわりついてヤな感じ。

普段の髪の長さはエレファントカシマシみたいな感じで、前髪が完全に目を覆い隠しております。たまに使っている自画像は「散髪したあとの感じ」なので、普段はこの自画像よりも長めです。

コレす

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だけど夏場は暑苦しいのでバッサリ切っているんだ。ちょうど、そうですね、いきものがかりの左右の二人みたいな長さです。イメージ出来ますか?

まぁ、出来ようが出来まいが本日は『穴』であります。椅子に座った女二人が銃とナイフを向け合ったポスター写真(厳密にはスチール)がめちゃめちゃお洒落じゃない? かっこよろしなぁ。

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◆市川崑は崑テンポラリーである

映画を観ていると映像のすばらしさや物語のおもしろさに感心する、といったことはよくあるが、存外、その感心はテンポのよさに起因していることが多い。

映像がすばらしいのではなく、画運びのテンポがすばらしいのだ。物語がおもしろいのではなく、セリフやカットがテンポよく進むからおもしろいと感じるのだ。

ではテンポを生み出すものとは何か。

動作セリフカットである。ザッツオールである。

たとえば煙草を手にした男女がいるとする。火をつけた男が女に向かってマッチを投げ、それを受け取った女が自分の煙草に火をつけて男にマッチを投げ返す。これが動作による反復技法である。

テンポである。

では、ここにセリフを加えてみよう。まぁ、なんだっていいのだが、たとえば男が「行くのか?」と言いながらマッチを投げ、それを投げ返した女に「ええ」と言わせてみたとする。これによって音と動きが同期する。

テンポである。

仕上げはカット割り。投げる男→投げ返す女→受け取る男…という風にショットを切り返すだけでいい。これで映像にリズムが生まれる。

テンポであるっ。

テンポがよい映画は気持ちがよい。心地もよい。うれしい。たのしい。生きててよかった。逆にテンポが悪いと退屈してしまう。それに違和感を覚える。違和感に苛まれてまで退屈な映画を観続けるなどまったくのナンセンスだ。ちょっとはテンポのだいじ味がわかって頂けましたか。

そんなテンポの天才といえば、ルビッチ、ホークス、ワイルダーあたり。ゴダールも巧い。日本では川島雄三、深作欣二、伊丹十三あたりか。『の・ようなもの』(81年)の森田芳光もいい。そして市川崑である。本作『穴』もテンポの映画なのだ。


すこし愚痴らせてもらうが、近ごろの映画は激烈にテンポが悪い。「近ごろ」というのは正確に2010年代を指す。バカみたいに上映時間の長い肥満体的映画が増えたことも原因の一端かもしれない。110分で事足りる脚本に128分もかけるウスラバカがどれだけいることか。

またYouTubeや動画広告などコンパクトな映像媒体が増えたためか、まるで「せめて映画を観てるときだけでもゆっくりしておくんなはれや」とばかりに、わざと緩慢な画運びたっぷり間を使った芝居が傲然とわれわれから時間を奪い去り、また反復技法など思いつきもしない愚図な連中が寄ってたかってタルコフスキーあたりの猿真似に興じては自己陶酔も甚だしい「眠い映画」を撮り、それをアートだなんだと言って見せびらかしているのである。

呑気してんじゃねえぞ、バカタレがぁ!

 

そんなデブでよろよろの映画と対局をなすのが『穴』

市川崑は軽妙洒脱な映画を得意とするので、主に私からテンポの崑と呼ばれております。まさに崑テンポラリーなのである。ギャグが好調や。

主演女優は嬉し恥ずかし京マチ子(「京」では寂しいのでマッチーと呼ぶことにする)。

本作は、そんなマッチーが機関銃のように喋りまくり、気の触れたマリオネットみたいに動きまくる。場面はパンパン変わり、舞台はポンポン飛び、映画は風神のごとくビューッと突き進む。そして気付いた頃には終わっている。まるで竜巻のような映画であった。トルネード崑としての市川を見ました。この短時間でどれだけの異名を紹介させる気だ。いい加減にしろ。

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大好きマッチー。

 

◆騙し騙され崑ゲーム◆

マッチー演じる美人記者は汚職警官の暴露記事を書いたことで新聞社をクビになりフリーに転身する。一方、銀行マンの山村聰船越英二は預金の横領計画を練っていた。

仕事をクビになったことで生活が立ち行かなくなったマッチーは出版社に赴き、とっておきのアイデアで逆オファーをかける。それは自らに50万円の賞金をかけて一ヶ月行方をくらまし、その間に失踪ルポルタージュを書くというものだった。

行方不明者のルポは売れる(カナブーン飯田のように)。しかも筆者自身が行方不明になり、期限内にこれを発見した者は賞金ゲット。これは話題になると踏んだ出版社社長はマッチーと契約してこの企画を大々的に宣伝した。日本中を鬼に見立てた一人かくれんぼの始まりだあ!

さっそくマッチーは銀行で事情を説明して逃亡資金を借りたが、これに応対したのは横領計画の首謀者・山村。

山村はマッチーが失踪しているあいだに顔のよく似た替え玉を使ってマッチーを横領犯に仕立てようと画策した。替え玉の女をマッチーの名義で銀行勤めさせ、その間に山村と船越で預金を横領、一ヶ月後に替え玉を退職させれば丁度そのタイミングで失踪中のマッチーが姿を現す。本物のマッチーにはアリバイがないのでどんな罪でも擦りつけ放題というわけだ。ほっほーん。よう考えられたあるわ。

そしてこの横領事件を追うのがマッチーに暴露記事を書かれた巡査・菅原謙次

マッチー、犯人、警察の三すくみサスペンスがいま始まるゥー。

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見つかるまいとするマッチー(失踪中)。


これは典型的なコンゲーム(話が二転三転する騙し合いサスペンス)である。

まさに崑ゲームとは言えまいか。

まぁ、はっきり言ってヒッチコックの『逃走迷路』(42年)とホークスの『ヒズ・ガール・フライデー』(40年)をパクったような代物なのだが、このふたつをパクって合体させるというあたりが市川崑が崑テンポラリーたる所以であろう。つまり、謎解き要素の強いクライムサスペンスとは裏腹にキャラクターはドジっ子揃い、「穴」に陥れられたマッチーは危機感ゼロ…と、まるで気の抜けた笑劇なのである。

だがキャラのユルさを除けば総じて温度の高い作品だ。つんのめるように疾駆するフィルムと、マッチーのうわずった早口。遠近や明暗を去来する縦横無尽な編集とシャープな構図。

よくよく考えるとムチャクチャなシナリオだが、これもすべて脚本家・和田夏十の計算であります。自作自演の失踪事件を悪人に利用されて犯人に仕立て上げられる…という、まるでヒッチコックが嫉妬しそうなほど面白いアイデアだが、あえてストーリーの端々に隙を作ることで映画に脚本を乗り越えさせている。

思えば、和田が手掛けた市川作品はどれもそうだった。市川の妻でもあるシナリオライター・和田夏十は、本当なら100点の脚本を書けるにも関わらず、わざと80点に抑えて「20点分の空白を作ったから ここでひっくり返してね」と言って夫・市川の「映画」に託す。

本当にすぐれたストーリーというのは100点満点の脚本ではなく80点の脚本によって生み出されますゥ。

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見つかるまいとするマッチー(逃走中)


◆どのマチ子もイイ 各マチ子◆

本作の魅力は京マチ子のチャームに尽きよう。

全編これマッチー劇場!

あの妖艶な京マチ子が飄々と危機を乗り越える元気闊達な弁天娘を演じてらっしゃる。髪はバサバサ、眉は伸び放題、心なしか少し鼻の穴を広げている風でもあり、他作品で見られる美しさとは程遠い「地べた的な生活感」を漂わせた庶民ガールを好演。

ところが徐々にチャーミングに見えてくるから不思議であるよな。ハキハキした口調と、1秒間に3回表情が変わる顔芸。倉庫に拉致されればドアノブに電気を流して悪党をやっつけてしまい、犯人グループの船越を懐柔しては抱擁の陰でニヤリと笑う。

替え玉女とのキャットファイトでは鉄パイプで頭を殴られてしまい、次のシーンではわざと気絶するためにトロフィーを自分の頭にぶつけるなど、まあ身体を張る。だもんで、クライマックスからラストシーンにかけては頭に包帯を巻いたまま。めちゃくちゃである。

次々に変装するマッチー七変化も見逃してはいけないよ。

失踪期間中はアプレのプレプレファッションで胸元を強調したダイナマイトマチ子。

横領犯・船越に接近する中盤は野暮天ヤボヤボルックで田舎っぺマチ子。

替え玉をぶっ倒して服を盗むクライマックスではカラス族を先取りしたようなカァカァコーデでドス黒マチ子。

シーケンス毎に別人になりきるマチ子七変化に、観る者は「この京マチ子はどのマチ子?」と小首を傾げながらも各マチ子にまいっちんぐしてしまうのである。

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アプレのプレプレ・ダイナマイトマチ子(左)、野暮天ヤボヤボ・田舎っぺマチ子(中央)、カァカァコーデのドス黒マチ子(右)。あなたの好みはどのマチ子?


首謀者・山村と刑事・菅原の立ち回りもおもしろいが、やはり本作は京マチ子あってこそ。

駅の手荷物預かり所でのアタッシュケースのすり替えや、失踪完遂の前日に東京に帰ってきたことで替え玉とニアミスする…など知的なトリックが円転自在に跳ね回るが、そこに命を与えているのがマッチーなのでした。すごい女優だと思いました。フィルムを活性化させるこの弾力は何なのだろう。一部の俳優だけが持つ映画の魔法としか言えません。現代の科学では。

ちなみに石原慎太郎が急に現れて歌を披露するシーンには唖然。

さらに唖然としたのは、警察署で追い詰められた船越がさんざん取調室の中を逃げ回った挙句「これっきゃねー!」とばかりにガラス窓を突き破って転落死するラストシーン。じつにテンポよく死んでいきます。

また、そのときのフォームがイルカに似ていて何とも言えない気持ちになるのだが、もうひとつ不思議な余韻を残すのが窓に空いた穴。これはラストシーンを飾るショットとなります。

『穴』ってタイトル、もしかしてコレのこと…?

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ドルフィンジャンプで景気よく転落死する船越。そして『穴』が空く。

 

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