楽しい楽しい百年祭。人体損壊、樽詰め転がし、上から岩石落ちてくる♪
1964年。ハーシェル・ゴードン・ルイス監督。ウィリアム・カーウィン、コニー・メイソン、ジェフリー・アレン。
旅行中に南部の小さな村に迷い込んだ6人の若者たちは、折しも村で開催されていた100年祭の主賓として歓迎される。しかし、実はこの村の住人たちは全員、100年前に北軍によって虐殺されていた。亡霊となって復活した村人たちは、若者たちを陽気に殺戮していき…。(映画.comより)
よし、おはよう。俳人デビュー3日目のふかづめです。さっそく今日の一句を発表したいと思います。
ほんのちょっぴりでいい
ほんのちょっぴり身体をのけ反らせるだけで
その攻撃はかわせる
すばらしい句を創出しました。文芸界に大きく貢献したところで本日は『2000人の狂人』です。
※うきうきするような血みどろ画像を載せてます。
◆レンタルビデオ店のホラーコーナーをああいう感じにした張本人◆
ビデオ屋にハーシェル・ゴードン・ルイスの作品が1本だけ置いてあったので「なんでこんなのあるんだ。バカかこの店?」と思い、なるべく人に見つからないようにこっそりとレンタルした。
スプラッター映画の始祖として知られるハーシェル・ゴードン・ルイスは血肉が飛び散る悪趣味B級映画をむやみやたらに作ってゴア描写の手法を確立させたホラー界の偉人である。彼の手掛けた『血の祝祭日』(63年)は世界初のスプラッター映画とされている。
※ゴア、スプラッター…血肉が飛び散る映画の総称、またはそうした映像表現のこと。
ハーシェルの遺伝子を受け継いだのはジョージ・A・ロメロ、ダリオ・アルジェント、トビー・フーパー、ウェス・クレイヴン、デヴィッド・クローネンバーグ、ジョン・カーペンターなどである。彼らが70年代ホラーを鮮血に染め上げたことで80年代にスプラッター・ブームが到来。玉石混合…というか石だらけのB級スプラッターが粗製乱造された。レンタルビデオ店のホラーの棚に行くと「見るからにゴミ」みたいなスプラッター映画が沢山あるでしょう。
全部ハーシェルのせいだからね。
この人が昨今のレンタルビデオ店のホラーコーナーをああいう感じにしたの。
そして今回取り上げるのは『2000人の狂人』。
これは『血の祝祭日』と『カラー・ミー・ブラッド・レッド』(65年)に挟まれた「血まみれ三部作」の二作目なのだが、まあ気にしなくていい。
ちなみに我が国では『2000人の狂人』という邦題がビデオ再販時に『マニアック2000』に変更された。原題が『Two Thousand Maniacs!』だから間違っちゃあいないが、そもそもなぜ改題する必要があったのか?
「狂人」が差別用語だからである。
チッキショー、くだらねえ事しやがって!
じゃあ『気狂いピエロ』(65年。「きちがいピエロ」と読む)はどうなるんだ? 「気違いに刃物」という慣用句の立場は? ジョーカーの立つ瀬は?だいたいこんなB級スプラッターに差別もヘチマもねえだろうがよォ――――ッ!
差別はどこから生まれてどこへ行くのだろうッ。
ムカッ腹が立つので本稿ではオリジナルの邦題『2000人の狂人』で表記させて頂く。ダボが!
元祖スプラッター映画『血の祝祭日』より。
◆恐怖の百年祭!◆
さて内容だが、タイトルの通り2000人の狂人がゴア沙汰・きちがい沙汰を巻き起こすといった阿鼻叫喚のB級スプラッターである。
アメリカ北部から来た旅行者6人を「百年祭」に招いて手厚くもてなす南部の田舎町プレザント・ヴァレー。だが村人2000人の正体は南北戦争で北軍に殺された南軍の怨霊で、戦争終結から100年後のこんにちに蘇り、誰でもいいから北部の人間に復讐しようと企んでいたのだ。なんてことなんだ!
結論から言うと何から何までお粗末な低級映画であった。
ファーストシーンで村にやってきた旅行者の周りにニコニコしながら群がる村人たち。だがそのエキストラの数はどう多めに見積もっても100人ほど。
2000なんてよう言うたな。
この激烈にショボい村人集合シーンからして既に楽しいのである。「盛りに盛ったなー」って。
村人たちは秘密裏に百年祭を進めているので、旅行者6人の前では復讐のメーンイベントが始まるまで笑顔で嘘をつかねばならない。村長は必死でごまかそうとするが、猜疑心を抱きはじめた6人に対して徐々に高圧的な態度を取りはじめる。
村長「あなた方は大事な主賓です。存分に祭りを楽しんで下され!」
6人「でも何の主賓なんですか」
村長「それは、まぁ…何らかの主賓です」
6人「そもそも百年祭って何を祝う祭りなんですか」
村長「まぁいいじゃないですか、そんなことは」
6人「そんな謎めいた祭りはいやです。帰りたいです」
村長「帰っていいわけねえだろ。この日の為にどれだけ準備したと思ってんだ!」
まったくむちゃむちゃな理屈だが、村長の方も準備期間に100年かかった祭りなので何がなんでも旅行者を逃すわけにはいかないようだ。
村長「夜にバーベキューするから楽しみにしてろ!」
村長ジェフリー・アレン。
村長の怒りの沸点の低さにすっかり縮みあがった6人は渋々ホテルに向かい、夜のバーベキューを待つことにした。
さぁ、ここからがショータイム。村人たちが言葉巧みに6人を孤立させて一人ずつ惨殺していくよ~~。
夫と喧嘩したシェルビー・リビングストンは村のハンサムな木こりに誘われるまま森に入り、そこで指を切り落とされて小屋の中に引きずり込まれ、斧を持った狂人たちに腕を切断された末に失血死した。
その夜シェルビーの腕は焚火でグリルされちゃいます。
バーベキューってこの事だったのかよ!
腕をバーベキューにされたシェルビー。
バーベキューではシェルビーの人肉と美味しいお酒が振舞われ、陽気なカントリー&ロカビリーが流れます。スカチャカ ポコポコ♬
シェルビーの死を知らない夫ジェローム・イーデンはいい気持ちで泥酔していたところを村人たちに抱き起されて4頭の馬に両手両足をつながれてしまう。刹那、馬が別々の方向に走りだしたことでマイケルの四肢がバラバラにブッちぎれてしまった! 村人たちはケラケラ笑って「やったー」と歓声をあげた。何が「やったー」なのだろう。
百年祭は2日目も続く(まさかの2Days制)。
翌朝、シェルビーとジェロームがいないことを不審がるマイケル・コーブは村長たちに連れられるまま丘の頂上に登った。
村長「今から樽転がしをおこなう!」
村人「待ってましたー」
頭やお尻をシェイクさせて大喜びする村人たち。楽しそうでいいな。
いやんいやんするマイケルを樽のなかに押し込めた村長は、その外側から長いクギを何本も打ち付けた。ズガァーン! ズガァーン! 薄い板材を貫通したクギはすべて内側に突き抜けた。これにて準備完了。村長は裂帛の気合いを込めて「伝統の樽転がしをとくと味わえ!」と意味のよくわからないことを叫び、丘の頂上から樽をドーン!
樽詰めマイケルがゴロゴロ転げ落ちるほどに中のクギがブスブス刺さり、岩にぶつかって大破したころには血だらけ穴だらけの死体が完成。地獄の果てまでイッテQ!
村人たちは「やったー」と大喜びした。だから何が「やったー」なのだろうか。
樽詰めマイケルの末路。
ちょっくらここで3人の死に方をおさらいしてみましょう。よい子のみんなは覚えているかな?
腕切断グリル
↓
馬力で四つ裂き
↓
伝統の樽転がし
じょ…徐々にイベント性が高まっている。
1人目のシェルビーは腕を切断して失血死させただけだが、2人目、3人目と続くほどに殺し方が多芸を極めておもしろくなってきているではないか。この村人たちはなんて遊び心に満ちた奴らなんだ。この土地にはイベント性を大事にする精神風土が根付いているというのか!
さぁ、4人目の犠牲者は樽とともに砕け散ったマイケルの妻イボンヌ・ギルバートである。
大はしゃぎした村人たちは、巨大やぐらの頂上に直径8メートルほどの馬鹿デカい岩を設置。その真下にイボンヌを仰向けで寝かせ、村人たちはやぐらに付いた的を狙って石をポイポイ投げる。石が的に当たるとイボンヌの頭上から岩が落ちてくるという仕組みである。
ついに大がかりな装置出してきよった。
ノリが風雲たけし城と大差ねえ。なんだこの昭和バラエティ感覚は。だがこれが百年祭の真骨頂。ゲーム性・イベント性ともに言うことなし!
当然イボンヌは巨大岩石にぶっ潰されて死にました。
死亡ンヌ。
◆このお粗末さ!◆
かくして2組の夫婦が惨殺され、生き残りのウィリアム・カーウィンとコニー・メイソンが村から脱出したところで映画は終わる。
撮影・編集は恐ろしくヘタで、撮るべきものを撮らず、割るべきところで割らない。そもそもカットが繋がってないとか、そういう次元の話である。村人たちよりもハーシェルの正気を疑ってしまう。だってほぼ全編に陽気なカントリーソングが流れてるからね。
また、1人目の犠牲者・シェルビーは腕を切断される前に右手親指をナイフで切り落とされるのだが、このシーンは特殊メイクを使わず親指を曲げて切断されたかのように見せるというだけの猿知恵トリックで乗り切ろうとする。なぜこのトリックが分かったかというと曲げた親指がバッチリ映っちゃってるからだ。
『血の祝祭日』や『カラー・ミー・ブラッド・レッド』も大概デタラメな映画だったが、中でも本作は一頭地を抜いている。百年祭を終えた村人たちがスーッと森へ消えていくシーンで使われたスモークは明らかに量が足りていなかった。
ドライブインシアター向けの低俗ホラーを量産したハーシェルには「血まみれ三部」の他にもさまざまな作品がある。比較的有名なのは『血の魔術師』(72年)、それに引退作として発表した『ゴア・ゴア・ガールズ』(71年)であろう。
ゴア・ゴア・ガールズ。
よくこのタイトルで掉尾を飾ろうと思えたな。いや、このタイトルだからこそか。ゴアの神様だものな。そう考えると引退作に相応しいタイトルなのかもしれない(かと思いきや30年後にひょっこり復帰して新作を撮るという裏ぎり)。
ここからは未見作なのだが、とにかく内容への興味以上にタイトルのセンスに心惹かれて。
『モンスター・ア・ゴーゴー』(65年)
『悪魔のかつら屋』(67年)
モンスター・ア・ゴーゴー、いいですね。悩み事なんて吹き飛んでしまいそうな活力あるタイトルです。ちからがわいてくる。
そんな数々の作品を世に(送らなくていいのに)送り、スプラッターというジャンル映画を一人で築いたハーシェル・ゴードン・ルイスは2016年9月26日に90歳の若さでこの世を去った。きっと100年後の世界にまた現れるのだろう。南北戦争から甦った村人たちのように。そしてまたどうしようもない映画を撮るのだ。
ハーシェル先生。