ぎゅ――――ん、スイッ、スイッ、ぎゅんぎゅ――――ん!
2018年。ガス・ヴァン・サント監督。ホアキン・フェニックス、ジョナ・ヒル、ルーニー・マーラ、ジャック・ブラック。
オレゴン州ポートランドで酒びたりの毎日を送るキャラハンは自動車事故により胸から下が麻痺し、車いすでの生活を余儀なくされる。これまで以上に酒に溺れるキャラハンは周囲の人びととも衝突し、自暴自棄な日々を送っていたが、あるきっかけにより自分を憐れむことをやめるようになる。持ち前の皮肉と辛辣なユーモアを発揮し、不自由な手で絵を描く風刺漫画家として、キャラハンは第2の人生をスタートさせる。そんな彼の周囲にはいつもキャラハンを見守るかけがえのない人たちの存在があった。(映画.comより)
おはよう、かけがえのないお前たち。
過日、串カツ屋に入って友を待ってゐた私、先に注文しようと女将を呼んだところ、よほど忙しかったのか、女将は「Wait!」と言って他の客の方に行ってしまった。言われた通りしばらくWaitしていたが、待てど暮らせど女将は注文を取りにこない。痺れを切らした私がほかの店員に声をかけたところ「なんなりと!」と直ぐさま対応してくれたので、ようよう私は串カツにありつくことがでけたのである。
その後、ビールのおかわりを頼もうとした私がいまいちど女将を呼んだところ、今度は特に忙しそうな風でもないのにまたぞろ「Wait!」と言い放ち、店の奥に逃げていったきり二度と注文を取りにきてくれなかった。「仕組みがわからない」と困惑したが、先ほどの店員に声をかけたところ「なんなりと!」と元気よく対応してくれたので、どうにか私はビールのおかわりにありつくことがでけたのである。
その後、友が1時間遅刻して店に現れた。「ごめん」、「ゆるす」というやり取りもそこそこに「お腹すいたわぁ」とメニゥを眺めていた友が女将を呼んだところ、そら来た「Wait!」。Waitのカラクリを知らぬ友は、待てど暮らせど注文を取りにこないことに業を煮やし「仕組みがわからない」と呟いた。女将のカラクリに関しては一日の長がある私は「ほかの店員なら上手くいくで」とアドバイス。少しくコツのいる注文法を駆使しながら串カツをうまうま食べた。
あの店には二度と行かないが、それにしても女将の仕組みが気になるところである。Waitと言い残したきり客を捨て置くという意味不明な手口には、どこか人の好奇心を掻き立てるミステリアスな情趣があったのだ。
そんなわけで本日は『ドント・ウォーリー』です。
◆半身不随の漫画家ジョン・キャラハン◆
アメリカン・コミックスにはバットマンやスーパーマンみたいに筋骨隆々のスーパーヒーローが「パウ!」とかいって悪党をシバくような漫画ばかりだと思ったら大間違いだぞ、ばか!
確かにメインストリームを彩っているのはそうした作品だが、一方では60年代後半にアンダーグラウンド・コミックスという大人向けの漫画が台頭、80年代にはオルタナティヴ・コミックへと姿を変え、タブーに切り込んだ実験漫画が流行した。
そんなアメコミシーンの傍流を支えていたのが巨匠ロバート・クラム、ハービー・ピーカー、ダニエル・クロウズなどである。彼らの作品を映画化した『ゴーストワールド』(01年)や『アメリカン・スプレンダー』(03年)などがオルタナティヴ・コミックの系譜にあたる。
アメリカン・コミックスに触れたことのない人民は「幼稚で単純」というイメージを持っているが、断じてノン! その時々の時代の動きを漫画の中に落とし込んでいるんだ。高度な美術性も備えているんだ。
アメコミ史に関しては『クラム』(94年)と『ザ・ヒストリー・オブ・アメリカン・コミックス』(89年)という2本のドキュメンタリー映画に詳しいので興味ある方はぜひ観ろね。
スーパーヒーローばかりがアメコミではない。
さて、ガス・ヴァン・サントが手掛けた『ドント・ウォーリー』は、自動車事故で半身不随になった風刺漫画家ジョン・キャラハンの伝記映画です。
もともとは『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(97年)でサントと組んでいた時期のロビン・ウィリアムズが本作の映画権を買っていて監督サント&主演ウィリアムズで映画化される予定だったが、彼が2014年に自殺したことですべて白紙に戻り、その後ホアキン・フェニックスを招聘して一から脚本を書き直したという経緯がある。
つまり企画自体は20年以上前から始まっていて、このたび故ロビン・ウィリアムズの遺志を継いでようやく映画化が実現した労作なのである(サントはよく頑張りました)。
物語は車椅子生活を余儀なくされたキャラハンがアルコール依存症を克服しながら漫画家として成功するまでの時期にフォーカスしている。
身体障害、アルコール依存、創作活動…と映画の中核が3つもあるのでなかなか忙しない作品だが、サントはあえて時系列をむちゃむちゃにすることでわれわれの瞳を撹乱し、なんだかよくわからない内にイイ感じになってて気がついたら大団円迎えてたみたいな抽象的な映画体験を提供しました!
ホアキン・フェニックスは上半身をちょっぴりしか動かせないキャラハンを徹底した役作りで演じ、キャラハンの親族からすごいすごいと称賛された。
そんな彼を助手席に乗せて事故を起こした友人をジャック・ブラック、禁酒会の主催者をジョナ・ヒル(痩せすぎて識別不能)が演じており、恋人役のルーニー・マーラは公私混同のラブラブ芝居を見せる(私生活でもホアキンと交際、今年ついに婚約!)。
その他、サントは音楽業界にも知り合いが多く、ソニック・ユースのキム・ゴードン、ゴシップのベス・ディットー、スリーター・キニーのキャリー・ブラウンスタインなどインディーズロックのミュージシャンたちが演奏をサボって出演。
サント作品では他業種、素人、日本人俳優など思いもかけない人物が出てくるが、今回も脇の固め方がすごいねぇ。なんせコメディ映画でもないのにコメディアン2人、音楽映画でもないのにミュージシャン大勢、そして恋人役にガチカノ投入。サントしてるなぁ…。
映画の中でもルーニー・マーラと結ばれるホアキン・フェニックス。
◆車椅子爆走映画◆
電動車椅子に乗ったキャラハンは毎日ものすごいスピードで街中を走り回っていたそうだ。
大して長くない赤髪が風になびくほど車椅子を爆走させるキャラハンは街のちょっとした名物おじさんとして人気を博し、同郷のサントも若かりし頃に爆走中のキャラハンを見かけたことがあるという。
映画ではホアキン・フェニックスがその様子を演じているが、これがヤケに可笑しいのである。第一、最大速度で電動車椅子を爆走させる人間なんてそういないのでルックとしてシュールだし、さらぬだにホアキンのつまらなそうな表情が可笑しさを加速させる。あと車椅子自体も小回り利きすぎて笑う。
「これ何かの競技かな?」と思うぐらい、ぎゅ――――ん、スイッ、スイッ、ぎゅんぎゅ――――ん! と超速で移動するホアキンが妙に愛くるしいのだ。
そして段差につまずいて思っくそ吹き飛ばされる。
爆走の代償は高くついた。
スピード狂の漫画家。
路上に吹き飛ばされたホアキンは、自分では起き上がれないので「誰かああああ! 誰かああああ!」と半ギレで絶叫していると、近所の子供たちが「おっさんがぶっ倒れてるぜ」と言いながら集まってきてホアキンを抱き起こしてやった。急に笑顔になったホアキンは助けてくれたお礼に自作の漫画を見せてやる。もっとも漫画といっても地元新聞に掲載された1コマ漫画なのだが。
彼の作風は絵柄こそ可愛らしいが、人種、障害、病気、暴力といったセンシティブなトピックスを片っ端からブラックユーモアで洒落のめし、時には差別的だと抗議を受けるほど過激な内容だった。
彼が描いた作品の中に、誰も乗ってない車椅子のまえに佇んだ保安官が部下に向かってこんなことを言う1コマ漫画ある。
「Don't Worry, He Won't Get Far on Foot (大丈夫、彼の足ではそう遠くへ逃げることはできない)」
なんて自虐的な漫画だ!
だが少年たちにはえらくウケた。ホアキンも一緒になってくすくす笑った。そして「じゃあね」と別れを告げたあと、またぞろ車椅子を爆走させ、2ブロック先で転倒した。
誰かあああああああああ。
ジョン・キャラハン作『Don't Worry, He Won't Get Far on Foot』
そんなホアキンは事故の前から酒浸りの生活を送っていたが、ジョナ・ヒルが運営する禁酒会に参加したことで荒んだ生活がやがて改善し、ジョナとの思索的な対話に魂の安らぎを見出した。心なしか車椅子のスピードも少し落ちた。
事故後に病院で知り合ったルーニーとは恋仲になり、車椅子生活にも慣れたことでようやく人生の風向きが変わり始めていたが、なまじ禁酒会のグループディスカッションで自分を深く見つめ直したことでアルコール依存に陥ったきっかけが幼少期に自分を捨てたママンにあることを再認識してしまう。
斯くして身体障害、アルコール依存、創作活動に加えて「ママン捜し」が第四の主題となり、映画はややゴタつき、視座がぶれ始めるも、まあ紙一重のところでドラマタイズされています。サント作品は良くも悪くもフワフワしているからね。
映画終盤に至っては、これまで自分が迷惑をかけてきた人たちから許しを得るための謝罪の旅が始まり、それが終わるとこれまで迷惑をかけられた人たちを許していく赦免の旅が始まる。
ホアキン 「おまえをゆるします。おまえの方はどうですか。僕をゆるしてくれますか」
知人A「まぁゆるす」
知人B「なにをやっているんですか」
ホアキン 「互いにゆるし合っているのです。ついでにおまえもゆるします。そっちはどうですか」
知人B「ゆるす」
なにこれ。サントしてるなぁ~。
デブだったジョナ・ヒルが痩せて男前に!
◆共演者:ポートランドの気候◆
物語の舞台はサントが少年時代を過ごしたオレゴン州ポートランドである。
で、出た~。サント的都市!
初期三作の『マラノーチェ』(85年)、『ドラッグストア・カウボーイ』(89年)、『マイ・プライベート・アイダホ』(91年)は「ポートランド三部作」と呼ばれており、その他『パラノイドパーク』(07年)や『永遠の僕たち』(11年)でもポートランドを舞台に選ぶような生粋のポートランド野郎、それがガス・ヴァン・サントなのだ。
そんなわけで街の景観はすばらしい。ホアキンに車椅子を爆走させたのもポートランドの街並みをカメラに収めたいから。ただそれだけ。ゲイの市会議員ハーヴェイ・ミルクを描いた『ミルク』(08年)では映画史上最高のサンフランシスコがスクリーンに広がっていたようにサントが本気で街を撮ると結構やばいということが言えると思います。
ホアキンの心境に応じて晴れたり曇ったり小雨が降ったり…といった演出も実に適確だ。まるでホアキンの芝居を気候で返すかのようなポートランドのえんぎりょく。ホアキンのよき共演者はジョナ・ヒルでもルーニーでもなくポートランドの気候!これひとつ!
一方、講演会に始まるファーストシーンではホアキンが舞台上で過去を回想したかと思えば、回想の中のホアキンが自分を助けてくれた少年たちに漫画を見せながら更に過去を回想する(回想の回想)。しかも各エピソードの時系列がちょこちょこシャッフルされているのでクソややこしいことこの上ない。サントこの野郎!
いま画面に映っているのはどの時点のエピソードで、どの時点のホアキンがどの時点の自分を回想しているものなのぉぉぉぉ。
もっとも、本作には物語の流れというのが存在しないので混乱しても特に支障はないのだが…、それと同じぐらい時制や回想の演出にもこれといった効果がなかった。
まあいいさ。ホアキンを通じて許しの心を得ることができたからな。サントをゆるす。
そんなわけで、この映画の魅力は一に街並み、二にホアキン、三、四を飛ばして五にルーニーである。
ルーニー・マーラのえくぼスマイルを見ることができたので、おれはホアキンと婚約したルーニーをゆるす!
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