アンビリーバボー。拙宅の近所で、つけ麺屋が開業した。金銭目的による開業だろう。
つけ麺というものを私は食べたことがない。それゆえに多少は興味をそそられる。おそらくは一度食べたら充分なのだろうが、0と1の間には計り知れない距離があるのだ。その距離を埋めるために、私はつけ麺を食べてみたいと思う。断じて美食に依拠した欲求ではない旨を強調しておく。わかったんだな!
しかし、私がふらっとその店に出向いてつけ麺を食すことにいささかの抵抗があるのは、通りがかりにいつ覗いても、店の中に客らしき人間がいないことなのだ。
つまりこの店は繁盛していない確率が高い。その原因として考えられることは以下の3点。
(1)この店が犬も食わないようなマズいつけ麺を提供している。
(2)客の出入りが禁止されている。
(3)奇怪なマジックを操る店主が店にやってきた客を消し去っている。
考えるまでもなく、(1)が最も有力な仮説だと思う。
なぜなら(2)は意味不明だからだ。客の出入りが禁止されていては、そもそも商えない。客につけ麺を食わせて金を巻き上げる、という商売の原則を大胆にも無視しているし、そんなフリースタイルは到底通用しないだろう。
(3)に関しても可能性を検討してみたが、いささか非現実的であるし、店主がマジックで客を消すことの動機が推し量れない。そもそもそんな店主はマジシャンになるべきだと思うし(あるいはマジシャンになってはいけないのかもしれない)。
よって唯一、合理的判断と呼べる理由が(1)である。よほどマズいから客が寄りつかない。うむ。健全な帰結だ! 論理の美しき着地だ!
しかし、だからといって店に入ることを躊躇している自分自身に対しても若干の疑問は大いに残る。あるいは大いなる疑問が若干残る。
客がいないから自分も入らないとか、誰も買ってないから自分も買わないとか、そうした他人の下馬評に左右されることを私は忌み嫌ってやみません。先に世間の評判を確認するという消費行動は、なるほどリスクを減らせるだろうし、無駄骨を折らずに済むだろう。
だが、それがなんだというのだ。それはクソではないのか。人生とは冒険の連続であり、冒険とは己の意思によって遂行されるのではないのか。他人の評判を基準にして己の行動を決定するなど、まるでくたびれたマリオネットではないか。くたびれたマリオネットってどういう意味なんだ。
そんなふざけた連中は、口コミとコマーシャルに一生踊らされて、画一的で味気ない生活の中で羊のように毎日を擦り減らし、やがて“平均的な死”を遂げるだろう。68点ぐらいの死だ。成績表に記された「死」の科目も無論「3」である。お母さんがいちばんコメントに困る数字だ。
己を恥じた。入ろうと思った。私は客のいないつけ麺屋への入店を決意したのだ。だいたい客のいないつけ麺屋だからといってマズいと断定されたわけじゃねえだろー!
この…、くそがっ。
ところが、いざ店の前まで来てみると、あろうことかその日は大勢の客で賑わっていた。騒ぐことしか能のない大学生とおぼしき不届き者や、中年の危機のちょうど真ん中にいますといった感じの夫婦、あるいは鉄骨が似合いそうな屈強な中年親父などが、みな一様に幸福そうな顔をしてつけ麺をすすっているのだ。まるでオアシスに憩うアラビアの兵士のように。
こうなると当然話は変わってくる。私は踵を返して、あの店には絶対に入るまいと己の心に深く刻みつけた。
自他ともに認めるあまのじゃく体質ゆえなのか、幸せそうな奴らが大勢いる場所や、人気(「にんき」と「ひとけ」のダブルミーニングになっています)のある場所へは寄りつかないようにしているのだ。ディズニーランドなどその最たるものである。「この期に及んでまだお前たちは群れの習性を引きずっているというのか!」と嘆かざるを得ない。
そもそも、つけ麺一杯で850円もふんだくるなど、とんだやくざな商売である。この店のつけ麺は850円もするのだ。まあ、つけ麺の相場なんて大体こんなもんだが。とはいえ、わざわざ850円出して麺をつける作業をおこなうぐらいなら最初から麺が浸かっているラーメンを食べた方がエネルギーの節約だし、その浮いたエネルギーを使ってバットの素振りでもした方が遥かに健康的で、運がよければメジャーリーグに行けるかもしれない。まぁ、家にバットはないのだが。そして野球のルールも俺は知らない。
そんなことを苛々しながら思惟しているうち、無性につけ麺が食べたくなってきた。私は少し頭が変なのだろうか。よろしい。こうなれば理性と野性の戦争です。俺がつけ麺を食べるのが先か、つけ麺が俺を食べられるのが先か。
云っているうちに意味がよくわからなくなってきたので、しょうがないからここで一曲歌うことにします。心魂込めてつけ麺への想いを詞にしてみたから、ぜひ聴いてくれ。
「つけ麺のテーマ」
作詞作曲/わたし
ベトナムでは大勢が死んだ
トルコでも大勢死んだと思う
土の中には蟻がいっぱい
森の中にはガムがいっぱい落ちている
痩せっぽっちのりんご売りが囁く
「半券を持っていけばクジが一回できるわよ」
タクシー運転手が車に轢かれた
私生活で轢かれた
仕事中だったら轢かれなかった
仕事中はタクシーの中にいるからだ
痩せっぽっちのりんご売りがまた囁く
「はっさくはいかが?」
我々はヴァルハラに立っている
戦士の霊魂を見学するためのツアーだ
ここにも痩せっぽっちのりんご売りがいて
戦士の霊魂と相撲をとっている
楽しみだけがすべてだ
俺の楽しみを奪うんじゃない
俺は都市開発には協力しない
俺はダライ・ラマではない
わかっているのか!
~今日の一枚~
カツオ描いたから見て。