シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

記者たち 衝撃と畏怖の真実

ただのミートボールではなかった ~ロブ・ライナー讃~

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2017年。ロブ・ライナー監督。ウディ・ハレルソン、ジェームズ・マースデン、ロブ・ライナー。

 

2002年、ジョージ・W・ブッシュ大統領は、サダム・フセイン政権を倒壊させるため「大量破壊兵器の保持」を理由にイラク侵攻に踏み切ることを宣言。ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストといった大手新聞をはじめ、アメリカ中の記者たちが大統領の発言を信じて報道を続ける中、地方新聞社を傘下にもつナイト・リッダー社ワシントン支局の記者ジョナサン・ランデーとウォーレン・ストロベルは、大統領の発言に疑念を抱き、真実を報道するべく情報源をたどっていくが…。(映画.comより)

 

おはよう、人権を有したみんな。

別に何があったわけではないけど「何かあったの?」と思われるようなアツい話かますわ。

私は「一方を褒めるときにもう一方を貶すのはよくない」みたいな言説は基本的に無視するし、もとより良識を遵守したうえで“誰も傷つけない批評”を書いてるわけではないので、私の文章を読んで勝手に傷つかれても、ごめんそれは知らんわ、当ブログは読者のメンタルヘルスまで保証するものではないわ~ってアティチュードは、あるよね。

ただし、「僕はシネトゥを読んでイヤな気持ちがしたんだ! きっと、したんだ!」とコメントしてくるのは自由だし、むしろ歓迎。尤も、アチュチューを改めるつもりはないので、私としては「…と、あなたは思ったわけね?」と理解した上で無視します。無視っていうか、それはその人の意見として「へえ。そうなんね」と受け入れるよね。

それが昨今では、SNSを中心に「批判するな!」という批判が上がっていて、なかなかユニークな様相を呈している。現代人は心がデリケートだからか、ちょっと何か言われると、すぐ悲しいんだって。

その一例として、発言者サイドも批判を避けるのに必死で「あくまで個人的な意見です」などと白々しい予防線なんか張っちゃって。「僕は・私は~と思います」と胸を張って言えず、「個人的には~」という枕言葉であらかじめ批判を封殺しておかないと自分の意見も満足に言えないのかな? って思っちゃうよね。おまえはセーフティ・サポートカーか? 事故の前に自動的にブレーキが掛かる…そういうシステムの両親のもとに育った…そういう子供だったと俺に言うのか?

それに「個人的意見です」なんて言わなくても、そんなことは元より自明なんだ。おまえが発言した言葉は大体がおまえの個人的意見だよ、ぼけ(きゃあ。こんなこと言うと「ほんとに呆けてる人たちに失礼だ」と“批判の批判”をされちゃう!)。

なんにせよ、個人的意見のときに「個人的意見です」と言うのは言葉の無駄撃ちだから、個人的じゃない意見のときだけ「一般論ですが」とか「マツコ・デラックスの受け売りですが」とか「猫のきもちを代弁するんですが」って言ってみたら?

それか、立場を越えて発言するときだね。

元来「個人的」という枕言葉は、個人的な意見が言い出しにくい状況だけどファイトを出して言うぞー! きっと今日は言うぞー! ってときに使う言葉なので、たとえば社長がブッサイクな孫の写真を見せつけてきて「どうだ、可愛いだろう?」と言ってきた時なんかに「個人的な感想ですが…すごく奇怪な顔立ちですね」という風に使うのが吉。それきり仕事は回ってこないだろうが、くじけるな、キミは捨て身で意思表示したんだ。そのアチュチュチューが大事なんだ!! …と個人的には思うわけ。

そんなこって本日は『記者たち』です。去年10月に書いたきりアップするのを忘れてました。

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◆監督兼俳優、ロブ・ライナー出陣◆

『スキャンダル』(19年)が超イマイチな出来だったのでこちらで口直し。

『スタンド・バイ・ミー』(86年)『最高の人生のはじめ方』(12年)ロブ・ライナーが自ら新聞社の支局長を演じ、イラク侵攻の建前としてブッシュ政権が掲げた「大量破壊兵器の保有」が嘘八百であることを証明しようと義憤に燃える!

ロブ・ライナーといえばミートボールの親玉みたいな顔した巨漢監督だが、役者としても『めぐり逢えたら』(93年)『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(13年)など多くの作品で巨漢芝居を見せており、本作では支局長役に打診されていたアレック・ボールドウィンがギャラの件でブーブー言って降板したため自ら同役を引き受けた。

そんなロブ御大のもとで働く若き記者役には、連続殺人鬼俳優のウディ・ハレルソンとX-MEN俳優のジェームズ・マースデン。また、ウディの妻役にはバイオハザード女優のミラ・ジョヴォヴィッチ。マースデンの恋人役にはブレイド3女優のジェシカ・ビール

ペン捨てて剣持ったら絶対勝てるやん。

なにこの戦闘力重視の布陣。全員強いやん。

極めつけは伝説のジャーナリスト役にBOSSレインボーマウンテン俳優のトミー・リー・ジョーンズ宇宙人までいるやん。

やたら豪華なキャストだが、これもロブの人望ゆえだろうか? だが映画は地獄みたいにコケた。まあ、そんなこともある。

f:id:hukadume7272:20201120055535j:plain重要な役どころを自ら爆演するロブ・ライナー監督。

 

映画は、若き退役軍人が「なぜこんな事に…」と公聴会でボヤく2006年に始まり、そこからアメリカ同時多発テロ事件が起きた2001年に遡る。ナイト・リッダー社ワシントン支局のロブ支局長は部下のマースデンを国務省に派遣し、ラムズフェルド国防長官がアフガニスタンではなくイラクへの出兵を画策していることを突き止めた。

2002年、ブッシュ大統領は一般教書演説でイラクをテロ支援国だといってディスり倒す。イラクが大量破壊兵器を保有している証拠はどこにもないが、これに疑問を持ったのはナイト・リッダー社だけで、米主要メディアのフォックス、NYタイムズ、CNNなどは政府の言葉を鵜呑みにして国民の危機感(=愛国心)を煽りちらかした。

元従軍記者のBOSSレインボーマウンテンの協力を得たウディとマースデンは、ペンタゴン分析官やイラク国民会議アフマド・チャラビーらに取材を重ね、やはり大量破壊兵器はないと確信。ブッシュ政権への批判記事を掲載し続けたが、すでに固まりつつある世論は微動だにしない。ナイト・リッダー社には匿名の脅迫メールが届き、ミラジョヴォは家が盗聴されているのではと戦慄した。その頃、アパートの部屋が隣同士のマースデンとジェシカはなぜか恋愛関係に発展。そんなことしてる場合か?

そして2003年、イラク戦争開戦。ウディとマースデンは「すべて無駄だった!」と言ってむちゃくちゃに腹を立てた。ロブ支局長はひどくガッカリした。

おしまい。

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◆ミートボール映画術◆

物語はブッシュ政権の嘘を暴こうとするナイト・リッダー記者の地道な取材活動に釣瓶を落とす。ネタを掴み、電話を掛け、裏を取り、取材を重ね、記事にする。ここ数年の良質なジャーナリズム映画……そうね、例えば『スポットライト 世紀のスクープ』(15年)『ニュースの真相』(15年)などがそうだったように、シリアスな画面を軽快なリズムで繋げてゆく編集の妙技が冴える。

それと並行するのがウディとマースデンの私生活に関するドラマだ。

ウディの妻・ミラジョヴォは旧ユーゴスラビア出身の紛争被災者という設定であり、大手メディアが愛国心を煽ったことで戦争推進派が増えつつあることを懸念している。

「息子が学校で愛国心を教わったんだって。なんかヤな感じ…」

彼女は旧ユーゴスラビアの崩壊に立ち会った人間であるから、その苦い経験にアメリカの行く末を幻視していたわけだ。つまり彼女はイラク戦争の最悪な結果を一早く予見していたわけだが、その懸念は夫との間で議論化されず、いわば“主婦の小言”として食卓の話題にチョロリとのぼるだけ。何気ない夫婦の会話の中に本質を穿つ小言がチョロリ(ポロリ)。この辺のダイアローグも実に巧妙だったなー。

一方、同じアパートのマースデンに一目惚れしたジェシカは、彼の仕事をよく知るために外交問題を猛勉強して初デートの場でその成果を滔々と口にする。丹下段平システムである。要するに「イラクって一文字変えるとイクラだよねえ?」とかくだらないこと言って喜んでるようなアホタレの観客に物語の基礎知識を授ける解説役だな。

丹下段平としてのジェシカ・ビール。手堅いキャラクター運用だと思う。

f:id:hukadume7272:20201120055210j:plainウディ&ミラジョヴォのゾンビ狩り夫妻。

 

オフィス(限定空間)を舞台にした作品ではその映画の質がありありと露出するが、ここで腕を見せたのがロブ・ライナー。普段はあまり目立ったことをしない職業監督だが、本作のように否応なく技巧を駆使せねばならない作品では徹底的にこだわり抜きます。

なんといっても単調さを回避するステディカムの程よい機動性。つまりカメラが気持ちいい。人物に電話を持ったまま立ち上がらせたり、重要なやり取りをしているショットでは静かにカメラをズームインすることで動きのある画を作ってゆく。特に、バレないくらいじわじわとカメラをズームするじわりズームフェチとしては「ナイスじわり!」と快哉を叫んだわ。ノワール調のシックな陰影処理も渋かったし。

さすがロブ・ライナー。ただのミートボールではなかった。

ロブ・ライナーが偉いのは、テロ発生から戦闘終結宣言までの3年間をわずか91分で捌き切ったからだ。これは今に始まったことではない。みんな知ってた? 11年間にわたる男女の軌跡を描いた『恋人たちの予感』(89年)は96分だし、ソンダーリンダーリン映画『スタンド・バイ・ミー』に至っては89分なんだよね。どちらの映画も「もっと観ていたいのに」という名残惜しさが物語上のセンチメンタリズムとうまく絡んでて、いい感じじゃん?

なにしろ映画は空間芸術であり時間芸術でもあるから、時間感覚―いわば編集感覚の有無が名人と凡人を分かつ試金石となる。

ショットのメトロノームを持たず、時間に無頓着なロン・ハワードや、愚図のマーティン・スコセッシを尚も名監督と崇めてやまない人民は、試しに『アポロ13』(95年)『ニューヨーク・ニューヨーク』77年)とロブ・ライナー作品を交互に観比べてみるといい。

f:id:hukadume7272:20201120055509j:plain缶コーヒーとミートボールの共演。陰影処理かっこいい。

 

かと言ってロブ・ライナーが一流だなんて口が裂けても言うつもりはないがな。編集能力は素晴らしいが、この男の映画にはサスペンスが存在せず、そもそも論としてショットが撮れない監督だと思うし。

本作に関しては、筋運びこそいいが筋自体は単調で、ブッシュを快く思わない政府高官がナイト・リッダー社に極秘情報をチクる→「やっぱりかー!」と確信…のワンパターンで、さっきからハナシが進んでるのか進んでないのかよく分からん。まるで上流に向かってボートを漕ぐが如しだ。

さらには、全編を通して「知性を疑え」「メディアは中立であるべき」というメッセージを前面に押し出してるわりには映画そのものがリベラル思想のバイアス・フルスロットルで、政権批判もどこか陰謀論めいており、良くも悪くも観る者の瞳とスクリーンの間にはロブ・ライナーフィルターが掛けられてることを理解した上でご覧くださいって感じの映画だったな。

だが悪い映画ではない。『記者たち』なんて韓国映画の邦題みたいな素っ気ないネーミングはどうにかして欲しいけど。ちなみに原題はShock and Awe(衝撃と畏怖)』。イラク侵攻時の軍事作戦名だ。

最後に記念写真を載せておく。なごむといい。

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