シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

レディ・イヴ

足掛け女にご用心! 詐欺師に騙されすぎてヘンリー・フォンダの気がヘンリーになる中身。 ~愛はマジック、恋はトリック~

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1941年。プレストン・スタージェス監督。バーバラ・スタンウィック、ヘンリー・フォンダ。

蛇にしか興味のない御曹司とポーカー自慢の女詐欺師が豪華客船で出会い、くるくるするうち恋に落ちるという中身ィー!


おんおん。ふかづめです。
お゛ーん!
今日は前書きすることがないから音楽バトンでもしてみるか? 誰に回されたでもないけどね。

【好きな曲バトン】
好きな曲をいつ聴くか書こう!(複数可)

 1.テンションが高いとき 
テンションが高いときに聴きたい曲を書けばいいのね? なるほど。
テンションが高いときに「今すごくテンション高いから音楽聴こー!」なんて思うかよマヌケ。
なんやそれ。友だちといるときに楽しい事があってテンション高くなったからといって「あ、ごめん! 今すごくテンション高いから音楽聴いていい!? 5分だけ頂戴! ちょ…音楽聴くわ!」つって急にiPodくるくるするんか?
正気の沙汰じゃないだろ。

 2.元気が無いとき
元気がないときに「今すごく元気がないから音楽聴こ!」なんて思わねえよマヨネーズ野郎。むしろ音楽も聴けないくらい疲れたり落ち込んでるような有り様を「元気がない」って言うんじゃないの? 人は。
元気ないときに音楽なんか聴くかあ。


 3.恋愛してるとき
恋愛してるときに「今すごく恋愛してるから音楽聴こ!」ってなる奴は一定数いるかもしらんが、それってタダの自己陶酔だ。ラブソング聴いて浮かれてるけどよ。今のオマエがすべき事はラブソングを聴くことよりもそれに負けないくらいの愛を相手に聞かせることじゃねえのかよ?
お゛ーん!?
つまり恋愛してるときに音楽聴くような甘ったれは、少なくとも俺にフラれてる。二度と『シネマ一刀両断』を読むな。


 4.失恋したとき
失恋したときに「今すげえ失恋したから音楽聴こ!」ってなる奴は、その時点でもう次の恋にいけるだろ。
そんな図太い神経した奴は失恋しようが失業しようが屁の河童なんだよ、そもそも。HYでも聴いてとっとと寝ろ。


 5.ここぞというとき
ここぞという時に「今すげえここぞという時だから音楽聴こ!」ってなる奴は大体オリンピック選手だろ。そんな奴はだいたい金メダル獲るだろ。「ここぞという時に」っていうか「ここぞという時だからこそ」音楽聴きよるからな。あいつら。
で、だいたい金獲りよんねん。
後日インタビューで「試合前に何聴いてはったんですか」って訊かれたら、大体いきものがかりやねん。「エール」とか「風が吹いてるぞな、もし」とか。もしくはそれに準ずるミュージシャンのそれに準ずる何らかの曲。
決まってんねん。


 6.怒ってるとき
怒ってるときに「今すげえ怒ってるから音楽聴こ!」ってなる奴は、すでに冷静だよ。
なんなら冷静さを取り戻して「なに聴こかなぁ?」ゆうて曲選んでるやん。えらい嬉しそうに。にこにこして。


 7.出掛けるとき
出掛けるときに音楽聴くかボゲッ!
「そうだ! 今から出掛けるから音楽聴こ!」ゆうて、支度する手を止めてiPodくるくるすーん?
もう家おれ。
まあ、かくいう私も道を歩きながら音楽を聴くけど、それは「出掛けるとき」じゃなくて「出掛けたあと」だからね。厳密には。出掛けるときは身支度を整えるのに必死で音楽なんて聴いてる暇ないぞな、もし!


 8.好きな人と一緒にいるとき
好きな人と一緒にいるときに「今すげえ好きな人と一緒にいるから音楽聴こ!」ってなる奴は……すてきやん。
むしろその為にこそ存在する曲だっていっぱいあるのだしね。ライオネル・リッチーの「セイユーセイミー」とか。男がセイユー担当、女がセイミ―担当で。最後ぐちゃぐちゃなって。
アラベスクの「フライデーナイト」もすこぶる楽しいと思うよ。恋人同士、金曜日の夜にしこたまワイン飲んで「踊りましょうか!」、「踊っちゃおっか!」ゆうて。「酔って踊ってしてるから気持ち悪ーい」ゆうて。最後ぐちゃぐちゃなって。


セイユーとセイミーを兼任したライオネル・リッチーの「セイユーセイミー」。

奇妙な踊りで一世風靡したアラベスクの「フライデーナイト」。

うん。
まあ、そんなワケもこんなワケも、本日は『レディ・イヴ』だ。
愛はマジック、恋はトリック、だぞ!

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◆ビバ!スクリューボール。早いぞ!スクリューボール◆

 不滅の映画『レディ・イヴ』について話すときが来てしまいましたよ。
本作はスクリューボール・コメディの旗手、プレストン・スタージェスの代表作。1941年のニューヨーク・タイムズの年間映画ベスト10では『市民ケーン』(41年) を押さえて一等賞をとった。その『市民ケーン』もスタージェスが脚本を手掛けた『力と栄光』(33年) にナラタージュ手法の影響を受けているので『市民ケーン』に負ケーンぐらいの威光があるのです。

ナラタージュ手法…それくらい自分で調べろ。


 蛇オタクの御曹司ヘンリー・フォンダが南米での蛇の現地調査を終えてアメリカに帰るべく豪華客船に乗ると、親子でポーカー詐欺を働くバーバラ・スタンウィック(娘)とチャールズ・コバーン(父)に出会う。
最初はヘンリーをカモにしようとしていたバーバラだったが瞬く間に相思相愛に。ところが結婚間際でバーバラの正体が露見。それでもヘンリーの気持ちは変わらなかったが、ひょんな勘違いからバーバラは彼を逆恨みしたまま別れてしまう。
1年後。相変わらず詐欺を働いていたバーバラは、今度こそカモにしようと「イヴ」という偽名でヘンリーを誘惑したが、この鈍感な男はバーバラとイヴが同一人物と気付かない。晴れて結婚したタイミングで、イヴは自身の派手な男性遍歴を暴露。すっかり憔悴したヘンリーが離婚を考え出したところで、彼女は再び「バーバラ」として彼の前に現れ、口づけを交わす。
ヘンリー「本当は妻がいるんだ…」
バーバラ「私にも夫がいるわ」

 ビュッと結末まで書いちゃったけど、いやはや全く…、洗練されたシナリオであるよなー。
バーバラがわざわざ「イヴ」なんて別人を演じた意図に想像を巡らせちゃう。どこまでが彼女の計画だったのか? そんな二人が同一人物だと気付かぬままのヘンリー。終始悪女に翻弄されっ放しの、その諧謔味。
ヘンリーの従者ウィリアム・デマレストだけがバーバラの成り済ましを見抜いていたが、「あのイヴとかいう女、どう見てもバーバラですよ」と何度忠告しても、ヘンリーは「確かにそっくりだが、二人は別人だ。もし成り済ましてるなら変装するはず。それをしないという事は、逆に別人である証拠ザッツオール」などと奇天烈な理屈をこね出す。
われわれ観客が「いや、普通きづくだろ」と思うようなことでも、スクリューボール・コメディのキャラクターたちは祝福に値するほど「普通」じゃないので、無理筋とされるシナリオでも剛腕一本鎗で成立しちゃうのよね。

f:id:hukadume7272:20220123040452j:plainヘンリー・フォンダとバーバラ・スタンウィック。

『赤ちゃん教育』(38年)
しかり『ヒズ・ガール・フライデー』(40年) しかり、どこか感覚がズレてる男を鉄火肌のちゃきちゃき娘がグイグイひっぱって観客もろとも物語を振り回す…というのがスクリューボール・コメディの定型。
こうした映画が量産された背景には、1929年の世界恐慌によって落ち込んだ観客動員の回復…という目論みがあった。アイリーン・ダン、キャサリン・ヘプバーン、クローデット・コルベールらが、どれだけ当時のアメリカに希望を配ったでしょう!
またスクリューボール・コメディのもう一つの特徴としては逞しき女というのが挙げられるよねえ。
女性キャラクターがもっぱら性的魅力の対象となっていたサイレント期の映画とは打って変わり、文字通り“声”を手にしたトーキー初期に確立されたスクリューボール・コメディにあっては、従来の女性キャラクターが“物言わぬ淑女”に甘んじる必要はなくなった。「社会進出」という名の一斉出撃に打って出た女たちは、へなちょこの男性主人公やイヤミな上司に対して対等以上の立場から強弁をまくし立てるだけでなく、必要とあらば走り、必要とあらば殴り、必要ないのにヒールを投げた。
私がスクリューボール・コメディを愛してやまんのは、映画女優がすぐれて合理的にスクリーンを支配しているからだ。
これはフェミニズム論ではない。ただ単に映画の被写体としてより美しくデザインされているのは男優より女優ってだけの話である。
いいか、これは美論だ。

◆狙撃銃としての手鏡。援護射撃としてのトランプ◆

 何といってもプロットが優秀だ。
“金を騙しとる女詐欺師の話”が、ごく自然なユーモアを湛えながら“やがて愛を騙しとる話”にすり替わっていく。金から愛へと主語が変わっただけで、やってること自体は詐欺に変わりない…というあたりもよく利いてるわ(なんせ別人に成り済ましてまで男を惚れさせようとするんだかラ!)。
いわば主語を変えても成立する文章のような構成美とでも言えばいいかしらン。
“騙す”という主題は開幕のタイトルバックから示唆されている。旧約聖書の話さながら、ディズニーみたいなアニメーションで蛇と林檎のスラップスティックが描かれるのだ(実際、ファーストシーンでは船に乗り込もうとするヘンリーの頭上からバーバラが林檎を落としてもいる)。

f:id:hukadume7272:20220123040750j:plain可愛げなアニメーション。

 当初、バーバラはヘンリーをカモにする心算でいた。
船内のレストランで読書に耽るヘンリーに財産目当ての女たちが言い寄るさまを手鏡で映しながらヘンリー達のやりとりを皮肉まじりにアテレコするバーバラの器用!
現代映画でも稀にあるよね。当事者間の聞こえない会話を第三者が離れた場所からアテレコして小馬鹿にするイズム。本作がその走りなんじゃないですか? 知らんけど。
また、この手鏡のショットはフレーム内フレームになっていて。いわば狙撃銃のスコープの代わりというか「私はアンタ(の金)を狙ってるわよ」ってことよね。
女性たちの猛アプローチにうんざりして船室に戻ろうとしたヘンリーがバーバラの席の近くを通るとき、彼女はわざと足を引っ掛けてヘンリーをすっ転ばせた。ファーストコンタクトの契機を作ろうとしたのだ。
ドガシャーン!!
ヘンリー「うっぎゃああああ!」
忌々しげに起き上がったヘンリーに対して、バーバラは何と言ったか?
普通であれば「あっ、ごめんなさい…!」と悪びれることで接点作りを演出するだろう。さらに狡猾な女であれば「お洋服を汚してしまいましたわね」とかなんとか言って埃を払うフリして淑女を演じちゃうかも!
だが、バーバラは違った。

バーバラ「どこ見てんのよバカー! ヒールが折れちゃったじゃない!」

加害者が被害者に罪なすりつけていくぅうううう。

斯くして、新しいヒールに履き替えるから部屋まで付いてこいと命じ、まんまとヘンリーを部屋に誘うことに成功したバーバラであります。その手があったか。

f:id:hukadume7272:20220123041700j:plainヘンリーに言い寄る女たちを次々と腐していくフレーム内フレーム。

 ところが、色仕掛けに打って出たバーバラは逆にヘンリーに惚れてしまい、彼をカモにする/しないで父チャールズと衝突する。
チャールズ「する!」
バーバラ「しないっ」
チャールズがさり気なく設けた懇親会という名のポーカー勝負では、ヘンリーから毟れるだけ毟ろうとあの手この手でイカサマを働くチャールズと、それを阻止せんとするディーラー役のバーバラの水面下の攻防が滅法おもしろい。
一切はヘンリーの与り知らぬところで“彼を騙そうとする父”と“彼を守ろうとする娘”の親子対決の火蓋が落とされとる。
たとえば、チャールズが手札をすり替えてエースのフォーカードを作ると、バーバラはわざと山札からエースを1枚ポロッと落としてみせる。イカサマ封じのイカサマである。
ヘンリー「バーバラさん、エース落としましたよ」
グヌオ…と歯ぎしりしたチャールズは、再び手札を変えてエースのフォーカードを“解除”せざるを得なくなった(同じカードが5枚あったらおかしいからね)。
…と、こんな感じでおこなわれる愛の代理戦争。表面上ではチャールズの対戦相手はヘンリーだが、実はバーバラがぜんぶ戦ってた…という高度な構図!

ウイットに富みすぎ!!!

この時点でヘンリーは二重に騙されてるわけよね。ひとつはチャールズのイカサマ(悪意)。ふたつ目はチャールズのイカサマから守ろうとしてくれてるバーバラのイカサマ(愛の援護射撃)。
何も知らずに呑気にポーカーを楽しむ、あほの子ヘンリー。この構図はラストシーンまで継続します。

f:id:hukadume7272:20220123041049j:plain呑気こいてるヘンリーと、父のペテンを防ぐのに必死なバーバラ。

◆自律する転倒人形、及びその脱却◆

 さて。従者ウィリアムの諜報活動によりバーバラの逮捕歴を知ったヘンリーはそれでも彼女を愛そうとしたが、話し合いがこじれた結果、バーバラは「あんた! 最初から詐欺師だと分かった上で私を弄んだんでしょー!」と早合点、ヘンリーを逆恨みする。
ここまでが前半部。いっさいは豪華客船の中だけで描かれてます。
後半部では関係が決裂して船から下りた二人が別々の人生を歩むわけだが、その1年後にバーバラは「イヴ」としてヘンリーのパーティに出席する。でも、なぜ? 「今度こそカモにしてやる!」と嘯いていたが、騙すどころか再びヘンリーを誘惑して結婚の話まで取り付けてしまうのだ。このへんの行動原理は一寸ふしぎです。

 ちなみにこのパーティシーケンスでは、イヴに見惚れたヘンリーが足元不注意により何度もすっ転ぶ。景気よく転倒しては酒まみれ、チキンのタレまみれ。そのつど服を着替えるが、その身振りが次の転倒のフリになってて。ヘンリー・フォンダが真顔だから、また可笑しい。かと思えばウィリアムもイヴの観察に夢中になるあまり植込みの中に転倒したり、体勢を崩したヘンリーともどもカーテンを引き裂きながら転んだりしている。
気がヘンリーになったんか?
されど、この嵐のようなスラップスティックこそスクリューボール・コメディの醍醐味。
まるで美しく屹立するイヴの周辺だけが摩擦力を失ったように、彼女に翻弄された男たちがコロコロと倒れては起き上がり、また転ぶ。

f:id:hukadume7272:20220123040817j:plainしつこいほど続く転倒劇。

では、彼女が「バーバラ」だった時の転倒録を思い返してみよう。映画冒頭でバーバラはヘンリーとの接点を作るべく足を引っ掛けることでわざと転ばせていたではないか。
バーバラによって故意に演出された転倒劇は、やがて“惚れた側”が逆転したことで自然現象化する。もはや今のヘンリーは、イヴが足を引っ掛けるまでもなく勝手に転び続ける装置と化したのだ。
そして、これこそが「今度こそカモにしてやる!」と息巻いていたイヴ=バーバラの真の計画だったのではないでしょうか! イヴという幻を見せることでヘンリーを操り人形に仕立て上げたのだ。いわば自律する転倒人形だ。
その後、二人は結婚。しかしハネムーンへ向かう寝台列車のなかで突如イヴが男性遍歴を赤裸々に告白したことでヘンリーを傷つける。汗だくでイヴを問い詰めるヘンリーと、汽笛を鳴らしながら暗黒のトンネルに突っ込む列車のモンタージュが見事。大パニックである。

これにて「バーバラ」の復讐は完了したかに思えたが、のちに離婚調停を経るうち、思った以上にヘンリーが激ヘコみしていると知ったイヴは、そこでようやくトゥルーラブに目覚める。
バーバラ「トゥルー!!」
なに言うてんねん。
数ヶ月後、再び豪華客船に乗り込んだヘンリーがレストランを通りがかったとき、傍らの女が足を引っ掛けてヘンリーをすっ転ばせた。バーバラである。
ドグシャアア!!
ヘンリー「あっぎいいいい!」
再会を喜んだヘンリーは、彼女の手を引っ張るようにして部屋に誘い込む。
完璧なラストだと思う。
初めて出会った映画開幕の状況をものの見事に反復しているが、実は開幕ではバーバラの方が強引にヘンリーを部屋に誘っている。それがラストでは逆転。ついに“自律する転倒人形”から脱却したヘンリーは、ちゃんとバーバラに足を引っ掛けてもらうことでゴールインしたのであります。

まさに七転八倒するシナリオ。
この蛇のようにうねったプロットを転倒というモチーフだけで走破しえたのは、ほかならず本作の推進力が男を操作する女のしたたかさだったからだろう。
極めつけに、エンドクレジットでも蛇と林檎のアニメーション。ファーストシーンで頭上から林檎を落とされたヘンリーは、さしずめ蛇にそそのかされたアダムといったところか。
そして蛇は姿を変えてアダムの前に現れるのだ。イヴとして…。

f:id:hukadume7272:20220123042157j:plainあい、ご苦労さん!