シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

荒野の決闘

恋する保安官がヒゲを剃ったりヒマを潰したりするノンキな映画。

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1946年。ジョン・フォード監督。ヘンリー・フォンダ、ヴィクター・マチュア、リンダ・ダーネル、キャシー・ダウンズ。

 

メキシコからカリフォルニアへ牛を運んでいた途中、アリゾナのトゥームストンへ立ち寄るワイアット・アープとその兄弟。だが、留守をまかせていた末弟は何者かに殺され、牛も盗まれてしまった。クラントン一家がその犯人であると踏んだワイアットは、保安官となってトゥームストンに留まる事を決意する。町では賭博師ドク・ホリデイと知り合い、次第に友情を深めていく一方、ドクを追ってやって来たクレメンタインという名の美しい婦人に一目惚れするワイアット。やがて、ドクの愛人チワワが、殺された末弟のペンダントを持っていた事が発覚。それは、クラントンの息子に貰った事が判明する…。(映画.comより)

 

どうもおはよう、悪魔の手先たち。

顔も名前も知らない手先たちから「昭和キネマ特集」へのご意見を頂くことが多々あり、もっとアクセスしやすくした方がいいのかしらん、と思案した結果「昭和キネマ」というカテゴリーをドカンと新設。対象作品は漏れなくこのカテゴリーにぶっ込んでおりますので「昭和キネマの評だけ読みたいよー」というワガママなあなたの欲望を満たす魅惑のサァビスと相成っておる次第。

そんなわけで本日は『荒野の決闘』をやるんだ。

先日『ウエスタン』(68年)を観たあとに「やっぱり善人役のヘンリー・フォンダが観たいっしょ」と思い立ち、口直しと言っちゃなんだが、ヘンリー・フォンダがフォンダしてる映画を観ることにした。それが本作というわけなんだ。監督はジョン・フォード。お楽しみだね!

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◆モジモジする保安官◆

『ウエスタン』(68年)ヘンリー・フォンダは冷酷な悪役を演じていたが、本来はアメリカの良心を体現するような人間臭いヒーローであります。

そんなわけで『荒野の決闘』、監督はジョン・フォード

西部劇と聞いて人が連想する男臭さや物々しさはここには無く、無法の街で出会った4人の男女の関係を詩情豊かなタッチで描き上げたヒューマンドラマに仕上がってございます。馬に乗ったり銃を撃ったりする場面もほとんどないので、西部劇=ガンアクションという先入観で頭がコチコチになった人民からは「退屈」と不満があがる一方、まともな感覚を持った人民からは『駅馬車』(39年)に並ぶ最高傑作と評されている。

それでは、どんな映画なのか説明しましょうね。

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『ウエスタン』ヘンリー・フォンダ。

 

カリフォルニアまで牛の群れを運んでいたアープ四兄弟はヒゲを剃りたい気持ちに襲われていた。どうしても床屋でヒゲを剃ってもらいたい兄弟は、近くの街トゥームストーンに立ち寄ったが、その間に牛を盗まれて末弟を殺されてしまう。兄たちはシェービングクリームで顔をドロドロにしたまま「なんてことだよ!」と嘆いた(だがその後ヒゲを剃ってもらってサッパリした)。

その後、犯人を見つけるべくトゥームストーンに留まって保安官に就任したのが誰よりもヒゲを剃りたがっていたワイアットである(演:ヘンリー・フォンダ)。

そう、本作は西部開拓時代に実在した伝説の保安官ワイアット・アープの半生を描いた作品だ。

したがって物語のクライマックスではかの有名な「OK牧場の決闘」が描かれる。1881年10月26日にワイアット率いる保安官チームがならず者一味とドンパチ沙汰で起こしてえらい騒ぎになった事件である。

この事件は幾度となく映画化されており、比較的近年の作品だと『トゥームストーン』(93年)ではカート・ラッセルが、『ワイアット・アープ』(97年)ではケビンこなすーがワイアットに扮して「OK牧場!」と連呼した。

もちろんこの人も…

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 だが本作のメインディッシュは「OK牧場の決闘」ではなくトゥームストーンでの人間模様である。

ヒゲを剃ってもらったフォンダは気をよくするあまり犯人捜しを忘れてポーカーを楽しみ、イカサマをしていた阿婆擦れリンダ・ダーネルを懲らしめた。彼女は賭博の元締めヴィクター・マチュアの情婦であり、街に戻ってきたヴィクターはリンダを懲らしめたフォンダと一触即発の空気になるが一時休戦して酒を飲み交わす。

ヴィクター・マチュアが演じているのは、歯科医師でありながらガンマンでもある実在のアウトロー、ドク・ホリデイである。肺結核で余命幾ばくもないことから、のちにワイアットに協力して「OK牧場の決闘」を死地に選んだデンタル・ガンマンだ。歯みがきを怠る奴は全員殺す!

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仲の悪いヴィクター(左)とヘンリー(右)。

 

新任保安官フォンダは喧嘩の仲裁や旅役者ドタキャン事件などさまざまな面倒事を解決しては「堂に入ったものだ」と町人に褒められてモジモジした。

その一方で「弟を殺した犯人を見つける」という当初の目的を忘れかけていた(たまには思い出したがポーカーをしてる内にまた忘れた)。

この保安官…アホなのか?

ある日、物忘れの激しいフォンダは、東部からやって来た清楚なお嬢様キャシー・ダウンズに岡惚れしてモジモジしたが、なんとキャシーはヴィクターの恋人だった。

「ヴィクターばっかりモテてずるい」と妬むフォンダ。

この瞬間、弟殺しのことは完全に忘れた。

ヴィクターを中心とした四角関係。もはや話に付いて行けない兄弟二人はフォンダのモジモジ・ロマンス・ライフに呆れるばかり。忘れ去られた末弟の孤独な魂…。

そんな人間模様がのんきに描かれる充実の97分!!

このあと、ようやくフォンダが「そういえば弟殺られてたなオレ」ということを思い出して「OK牧場の決闘」へともつれ込むのだが、そこに至るまでの牧歌的な日常シーケンスを見所とした妙ちくりんな映画が『荒野の決闘』なのだ。

要するになかなか荒野で決闘しない映画である。恋をしたり、ポーカーしたり、ヒゲを剃ったり、ド忘れしたりと、日々ゆるやかに生きるフォンダのスローライフを見つめたマイペースにも程がある映画だ!

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画像上:フォンダ⇒♡⇒キャシー(片想い)

画像下:ヴィクター⇒♡⇐リンダ(カップル)

 

◆恋する保安官◆

映画の主舞台はヴィクターが宿泊している街のホテルである。

ヴィクターが留守のときは情婦リンダが彼の部屋を使っており、ヴィクターを追って東部からやって来た恋人キャシーは真向かいの部屋に案内される。キャシーは誰もいないときにヴィクターの部屋に忍び込んでは彼の写真に頬を赤らめ、これを快く思わないリンダはキャシーの部屋に踏み込み「街から出て行きなよ!」と突っかかった。ここでは開閉されるドアが女たちの心情を表している。

向かい合った二つの部屋はヴィクターとキャシーの「心」そのものであり、結核を患った彼は死別の悲しみを味わわせないためにあえてキャシーを捨て、リンダを最後を女に選んだのだ。もはや三者の間に踏み込むべくもないフォンダは、だからキャシーに用を伝えに来たときも必ず部屋の前で立ち止まり、決して中に入ろうとはしない。

ではフォンダの居場所はどこなのか?

ホテルの回廊である。

椅子に腰かけたフォンダは暇を持て余したように傍らの柱に足をかけたまま椅子の前足を浮かせてバランス取りゲームに興じていて、このシーンは作品性を決定づけるイメージショットとして劇中何度も反復される。

なぜフォンダだけが(部屋を与えられることなく)ホテルの外にいるのか。それは文字通り蚊帳の外だからであり、それと同時に彼が街の守護者でもあるからだ。

キャシーの部屋に行くことができないフォンダは、ただ回廊の椅子に座って往来を見張ることしかできない。かぁ~~、切ないねっ。

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回廊で暇そうにバランス取りゲーム。

 

この悶々たる男心を繊細に表現したピーター・フォンダがすばらしく。

街でダンスパーティが開かれる朝、床屋でヒゲを剃ってもらったフォンダは店の主人の勧めで強引にヘアスタイルを変えられてしまう。撫でつけた髪をポマードでベチャベチャにされ、むちゃくちゃな量の香水をかけられたのだった。まるで恵方巻きみたいな頭にされてステキな香りをまとったフォンダは「どこからか花の匂いがするな…」と言った二人の兄弟に「それワシや」と言った。苦虫を噛み潰したような顔で。

そのあとホテルから出てきたキャシーをパーティに誘うが、とても照れ屋さんなフォンダはモジモジするばかりです。

 キャシー どこからか花の匂いがしますわね

フォンダそれワシです…

腕を組んだ二人がホテルの回廊を歩く移動撮影がとても美しい。フォンダにとって孤独を飼い慣らす場所だった回廊がバージンロードに変わる瞬間だ!

こういう細部にこそフォードの詩情が宿る。このあとフォンダはいい気になってキャシーと踊った。

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恋にうつつを抜かすフォンダ。

 

その後、末弟の死体から盗まれた首飾りを所持していたリンダが「ヴィクターから貰ったの」と言ったことで弟殺しの犯人がヴィクターだと考えたフォンダは、街を出たヴィクターを馬で追う。結局リンダの言葉はヴィクターに捨てられた腹いせからついたウソで、後にならず者一味からプレゼントされたものだったことが判明するのだが、いずれにせよこのシーンでは荷馬車を駆るヴィクターと馬を飛ばすフォンダのカットバックが滅法すばらしい。

信じられないスピードで馬を走らせる躍動感。風に荒ぶるタテガミの神々しさ。巻き上がる土埃が後方へ消えていく儚さ。大地に怒りを叩きつけるかのような蹄の轟音が一瞬ごとに追跡劇の緊張感を高めている。人はまたしてもフォードに「映画の美しさ」を目撃するのだ。フォードのショットは過不足なく映画である。

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 すっげえ迫力。そこに宿る詩情のきらめき。

 

◆無双する保安官◆

いよいよ「OK牧場の決闘」が始まる。

リンダが「首飾りをくれたのはビリー・クラントンという男よ!」と二人に伝えた途端、口封じのために差し向けられたビリーがリンダを撃って馬で逃走。すかさずフォンダが背後から一発撃ったが、即死には至らぬまでも致命傷を負ったビリーは荒野に逃げだし、フォンダの兄バージルがこれを追った。細かいカットと最低限の動態だけでアクションの連鎖を見せきった画運びの流麗さ。まったく惚れ惚れする。

「歯科器具もってこい!」と叫んでリンダを手術するヴィクターだったが、いかんせん彼は歯科医、虫歯は治せても銃傷は治せないということで、力及ばずリンダを死なせてしまいます。

ヴィクターリンダ リンダ!

 フォンダ リンダ リンダ リンダ!

一同はリンダの死を悲しんでBLUEなHEARTSになった。

一方、瀕死のビリーはアジトの前で事切れた。ビリーの父親と兄弟たちもBLUEなHEARTSになり、ビリーを追ってきたバージルを射殺!

ちなみに、フォンダの末弟を殺害して牛を盗んだ犯人は「OK牧場の決闘」の敵役として知られる実在のイモ野郎オールドマン・クラントンである。二人のバカ息子を従えて殺人や牛泥棒をして回る一家の長で、地元に根付く牧童らと「ザ・カウボーイズ」というチンピラチームを結成して大喜びしているようなバカだった。

そんなオールドマン・クラントンを演じているのが『高齢俳優十選』に選出されたことでお馴染みのウォルター・ブレナン。コミカルな歯抜けジジイという十八番を封印して心底憎たらしい悪玉を好演しております。

OK牧場で待ってるぜ、いつでも来い!

 

兄弟を二人も殺されたフォンダは「なんてことだよ!」と嘆き、弟モーガンと有志の町人2人、それに死期が近づいて喀血するようになったヴィクターを従えてOK牧場に向かう。

どうやらフォード的アクションの精髄は「疾駆する馬」と共に行われねばならないようで、本作のようにだだっ広い環境ではスリルが半減してしまう。よってクライマックスの銃撃戦はそれほど迫力のあるものではないが、近くを駅馬車が通って土煙があがるロングショットの情感はいい。これによって視界を遮られた両チームは、かくれんぼのごとき様相を呈した出会いがしらのデスゲームを強いられるのだ。

戦いの中でヴィクターを失ったが、最終的にはフォンダが無双してならず者一家を全滅させた。やったね!

しかし、まぁ…、興醒めさせるようで申し訳ないが、実際のところはブレナン扮する敵役オールドマン・クラントンは決闘の2ヶ月前にお亡くなりになられている。

さらには、ヴィクター扮するドク・ホリデイは大腿部打撲で済み、劇中ではビリーを追って殺された兄バージルも史実ではピンピンしていて決闘に参加、右太腿を負傷しただけだった。脚色がすごい。

ていうか腿ばっかやられとんな。

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フォンダ無双のクライマックス。

 

事程左様に史実とは大きく異なる結末だが、まぁいいじゃんね。そんなことを言い出したらフォンダが演じたワイアット像だって大概アレンジされてるし。

というのも、かつてフォードは晩年のワイアットに会ってこの時のエピソードを直接聞いており、その話の通りに脚本化したのが本作なのだ。

しかしすげぇ話だな。フォードの野郎、ホンモノのワイアット・アープと会ったことあるのかよ!

つまり本作はワイアット・アープが若き日のフォードに語って聞かせた話盛りまくりの武勇伝をそのまま映画化したものなので大筋以外はだいたいワイアットのホラ話かと思われます。キャシーへの淡い恋心とか、OK牧場でのアープ無双とか、リンダリンダとか。ビッカビカに美化しとる。さすがワイアットやで。

 

フォンダが町外れまで見送りにきたキャシーに別れを告げるラストシーン。どうせこれもホラ話だろうが 圧巻の幕引きであった。

「父に兄弟の死を伝えるために帰郷するが、必ずまたこの街に戻ってくる」と約束したフォンダが、モジモジしながらキャシーの頬にキスして「そういえばキミっていい名前だね」などと割にどうでもいいことを言いながら去っていくラスト。蓮實重彦が指摘した通り、フォード作品とは冒険者の「出発」よりも失意の「帰還」によって特徴づけられ、女たちは翻る白いエプロンによって傷ついた冒険者を迎え、癒し、送り出す。

澄んだ青空にモニュメント・バレーがちょっぴり映り込んだ必殺のロングショットには失われた者たちへの哀惜と傷ついた街がやがて復興する予感が漲っていた。

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