シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー

一応おいしくはある替え玉で食べる2杯目のラーメン ~スープは底をつくが、OSERU~


2023年。阪元裕吾監督。高石あかり、伊澤彩織、丞威、濱田龍臣。

殺し屋が頑張る中身。
っていうか頑張らない中身。


オレには上昇志向がない。
「さらなる高みを」という気分にちくともならないし、「ハイヤー!」なんて叫び方もしない。世間の奴らは、スキルを磨いてホップ・ステップアップ・ジャンパッピアァー、とかやってるし、そういう奴らを見てオレ、すっげー、なんたる見上げたジャンパッピア魂だ、と関心もするのだけど、オレ自身にそんな上昇志向はない。
知人の中に、何かにつけて二言目には「生活のクオリティを上げねば」を口癖とする男がいる。「その為には我が身を研鑚せねばぁ」とも、よく言う。その都度オレは、こう思う。
「なに言うたはんねやろ」
むつかしいこと言うたはる。生活のクオリテーイを上げるために我が身を研鑚する…? 全単語が観念的やんけ。なに言うてるか意味わからんかったので、オレは単刀直入に質問した。
「つまりオマエは上昇志向が高いのですか」
男は叫んだ。
「ハイヤー!」
ハイヤーで返事すな。
よくよく話を聞いてみると、こういうことだった。
凝った炊事をしたり、Amazonで加湿器を見てみたり、シャワーカーテンを洒落たものにする。トイレットペーパーをスヌーピーにしてみる。テレビの横にニセモノのサボテンを置く。洗濯ひとつ取っても、柔軟剤にこだわってみたりする(吉岡里帆がCMをしてるレノアハピネスの香りを楽しんでハピネスになるなどする)、人が来るときだけアロマディフューザーを置いてみる。原神というゲームを遊ぶ。優里の曲をダウンロードしてさめざめ泣く。
そうしたハイソサエティの嗜みによって我が身を研鑚することで生活のクオリテーイが上昇し、結果的になんかすごくいい感じになれる、というのだ。なるほどな~。

どういうこと。

どういう意味。
もう「Amazonで加湿器を見てみたり」の時点で見失ってるからなぁ、すでに。おまえの後ろ姿。
そも、生活にクオリテーイなど必要なのだろうか。否。いっさいは自尊心の可視化である。電車の中で自己啓発書を読み読み「ふっふーん」などと鼻息をふんふんさすサラリーマンにしても、そう。
オレに言わせれば「高みをめざす」という試みそれ自体が「今の高さ」を自認せぬ自惚れのファンタジアであり、さらに言うならば「低み」を顧みないサケ野郎のごとき前時代的な突撃精神の発露なのだよね~。
わけわからんか? 
わけわからんよな。
わからなくていいよ。
めちゃくちゃ言うてるだけやから。
たとえば、オレには上昇志向がない。がんばらないし、努力もしない。
理由はふたつある。
まず第一に「すでに上昇し切ってる」と思ってんの。オレの基本思想かもしれん。がんばり代がないくらい、最初からステータスはほぼカンストしてる。だから先々にあるのは成長じゃなく変化。成長という言葉は嫌いだ。なんか植物みたいじゃん。きもいし。
二つめの理由は「持ち前のスキルだけでやってくと決めた」だ。
そうなんだよな。小学3年生の秋にハッキリ思ったよ。
「あっ、これムリだ。持ち前のスキルだけでやってくと決めた!」
たゆまぬ努力によって新たなスキルを一つまたひとつ…と獲得していくシミュレーションRPGみたいなゲームはオレにはできない。持ち前のスキルをうまいこと遣り繰りして、もうこれだけでやってこ。と夜空に誓った晩秋を、オレは忘れることができません。綺麗に忘れたけど。

…つまり、あっ……ごめん、何言おうとしてたかスゲェ忘れた。テンションが途切れた。
一回ぜんぶナシにしていい?
違うのよ。聞けって。「綺麗に忘れたけど」って書いたあと、一回おしっこ行ったのよ。おれ。ビールとハイボール、がぶがぶ飲んでたから。おしっこ行った。そのあと台所に行ったついでに、大人やのに冷蔵庫からシュークリーム取り出して、パソコンの前でむしゃむしゃ食べた。夜中やのに。しかも大人やのに。「シューが、ようクリームされたあるわ」ゆうて。おいしかった。なんならシュークリームを食べながらYahoo!ニュースも見た。「おもんね」って。「世間おもんね」ゆうて。ほんで食べ終わって、再び前書きを綴ろうと思ったんやけど、その頃にはもう全部忘れてもうてたんやわ。
正確には「忘れた」というより「熱弁ふるうぞ!っていうテンションが途切れた」というのが正解やな。
なにが正解やねん。
でも間違いもなにも、正解も…。あっ、いま「政界に正解なんてあるんですか!」ってギャグを閃いたけど、いま発表することじゃないから黙ってよ。それがええ。黙ってよ。
混乱してきたな。むかつくわ~。とにかく、しょうがない事柄だよね。
お酒ガバガバ飲んで、おしっこ行って、シュークリーム食べた挙句、Yahoo!ニュース見たんだから。これはもう寝るしかないだろ。寝るしかないのとちがいますか?
いいやもう、寝よ。オレには上昇志向がないから寝よ。新古典主義な夢見よ♪

そんなわけで本日は『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』です。たぶんアカンやろな。



◆“大きくしない”続編◆

 うおっ…またあの2人に会えたんだけれども!?
昨今の暇で暇でしょうがねえ日本映画において、ただ単純にまっすぐ楽しいと思える小品が人知れず作られてゆく。
もう日本映画ってニッチな宝探しだよな。どこか飲みにいきたいな~と思って表通りを歩けど、カラオケや雑貨屋やドラッグストアしかない。されど路地道一本、進んだ奥には隠れ家のごとき料亭、居酒屋、民族料理! 京都みたいでしょ?
京都なんですよ。
今の日本映画は京都。デッケェ大通りほど意外となんにもなくて、その裏側こそに輝ける名店が暖簾を掲げてる。
京都「キミにここまで辿り着けるかな!?」
うるせえよ。
可燃ゴミが。

ま、そんなわけで『ベイビーわるきゅーれ』(21年) という輝ける名店から暖簾分けした『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』
じつに幸福な101分を過ごすことが私はできましたね?
できたんだよねえ。
高石あかり伊澤彩織演じるダラシナーズの2人。本職はプロの殺し屋。されど普段は日がな一日ソファに寝転がってYouTubeを見たり、パフェやかき氷をボタボタこぼしながら貪ったり、犬がフローリングを駆ける際の「チャッチャッチャッチャッ」という爪音の声真似などをしている社会不適合者、もといゴミだ。
そんな2人の前に立ちはだかったのが今作の敵役、丞威濱田龍臣演じるアマチュアの殺し屋コンビ。あかりと彩織を殺せばプロに飛び級できると意気込んだ、男子二名。
バディVSバディのツインバディで贈る『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』
見たん!!!

丞威(右)と濱田龍臣(左)。

わりに普通だったね。
これだけ騒いで「わりに普通」って感想が虚しくもあるけどよ。
さほど悪いところがなかった半面、良かったところもそんなになく。替え玉で食べる2杯目のラーメンというかね。
できれば2杯目は違う味で出してほしかったけど、まあ1杯目がおいしかったから替え玉でもいっか…みたいな。
いろんな続編映画の「2作目はこう作る」のパターンを研究したのか、お勉強したことを煮詰めすぎたがゆえにパニック起こして行き詰まっちゃって、結果的に「前作の延長」っていうか…、だから替え玉で食べる(同じスープの)ラーメンですよ。そりゃ1杯目の方がおいしいですよ。
ゆえに1作目の瑞々しい発想力や着眼点といった阪元裕吾の独創性、その柔らかさは(ラーメンだけに)いくぶん硬くなってしまったけど、まぁ~、麺の硬さは好みによるからね。
や、でもエライよ。この映画はエライ。
「盛って盛って盛ってこその2作目」ではなく、前作のふたりのキャラクター性や掛け合いの空気感を大事に、不変にして不滅のオフビートな生活感覚を維持せんとする努力…、否、“抵抗”が感じられるもの。

「2作目だからといってヘンに路線変更しなくていいんだぞ。わかってるかオレ? 前作の感じでやればいい。『今度のベイビーわるきゅーれは〇〇!?』みたいな新展開も新要素もいらん。このままでいい。2作目だからといって珍しいことしようとすな。深呼吸だ。落ち着けオレ。なんならこれが1作目と思え。逆にな。1作目を撮ってたころの感覚おもい出せええええええ。うううううう!」

実際、あかりと彩織の共同生活はなにも変わってないどころか、警察沙汰をおこしたことで謹慎処分となり生活は逼迫。ふたりが所属する殺し屋協会も相変わらず具体像を帯びないまま。ココって話のスケールを大きくするための絶好の取っ掛かりなんだけどな。たとえば前作で暴力団を壊滅させたことで二人の名が全国に轟いてしまうだとか、じつは殺し屋協会ってこんな組織でした…とか。およそ“2作目で求められがちなスケールアップの材料”はいくらでもあるわけで。
でもそこを全部スルーした。
なんなら、新たな強敵、さらなる強敵つってパワーインフレしがちな続編あるあるさえも逆手に取って、今回の敵役である丞威と龍臣のメンズバディはなんと弱い。
おもしろいわぁ。
好きだわ~。
アクション映画の続編にも関わらず「新たな敵」が格下っていうさ。
これ、けっこう斬新じゃない?(でもそこがまたいいんだよ。詳しくは後述するけど、この窮鼠猫噛みイズムがいい)
そんなわけで、かなり“抵抗”してる。
つまり続編だからといって“大きくしない”という意識。むしろ小さくしてやろうって意識。この試み自体はおもしろいですよ。好きですよ。だってねえ? 1作目のヒットにあやかって、続編は物量作戦でエンタメナイズ~!ゆうて、大体それで失敗してるもんな。映画史って。
アホなんかな。



◆苦悩の痕 ~やがてスープは底をつく~◆

 ただ、“大きくしない”がゆえに前作の延長――つまり替え玉になってしまった感は否めない。
まあ、このシリーズの魅力ってダラッとした倦怠感とクスッと笑える空気感だから、替え玉でもいいんだけどさ。むしろ「一生替え玉で食べ続けたい」という日常系アニメみたいな文脈を借景した作品だと思うんだけど、悲しい哉、ああ、悔しい哉! 替え玉し続けてるとやがてはスープが底をつくわけ。
たとえば、あかりが日雇いバイトの給料をかけて下町の真剣師と将棋を指す…というくだり。いかにも女流棋士の風格を漂わせながら真剣師と対峙するもあっさり完敗…というオチなのだが、さすがに雑よね。あかりが髪をかきあげて強者オーラを出しながらも俗手を打った時点でオチはお察し。でも『ベイビーわるきゅーれ』だから“その先”に何かあると思うじゃん。ベタなオチさえ何かのフリだと思うじゃん。オチのあとにポロッとこぼした台詞のセンスなり、愛嬌満点のリアクションなり…“何か”はあると思うじゃん!
なかったねぇ。
まーっすぐベタで終わった。

あるいは、彩織とあかりが着ぐるみバイトならぬ“着ぐるみファイト”をするシーン。ここは監督側の事情が透けて見えちゃって。本職スタントパフォーマーの伊澤彩織と、本職女優の高石あかりを対等に戦わせるには着ぐるみしかないだろうっていう(つまり高石あかりはスタントダブル)。
くわえて本作の敵役が格下のメンズバディ…という設定からくる“アクション的契機の少なさ”
つまり今作、あかりと彩織には戦う相手がほとんどいない。だったら2人で喧嘩させるぐらいしかほかに仕様がねえ、つって。でも高石あかりは本職女優。複雑な技斗はできない。そんな身体能力ない。だったらスタントダブルを使うために、顔が割れない着ぐるみを着せればいい。
で、このシーンだね。

あっ、すごいすごい。

 いろいろと苦悩の痕というか、あーでもないこーでもないって思考の軌跡が読み取れてしまうんだよな。Wordの変更履歴がガッツリ残ってる。
でも分かってくれ。いま論ったことも、すべては“大きくしない”ために払った代償。進んでその道を選んだその意思は「現代日本映画」という括弧つきにおいてはひとまず称賛されねばなりません。その精神はな。
いや、難しいよなぁ。ムジーよ~。
おれはこのシリーズのファンだから好意的な“感想”を寄せたいけど、と同時にこのブログでやってることって一応“批評”だからな。批評となると、ちょっと苦しい節はあるかもしれん。
そういう節は、あるかもしれん!
正直、あかりのキャラ芝居がちょっと過剰で鼻についたりもした!
でも高石あかりと伊澤彩織は相変わらずかわいかったし。
高石あかりと伊澤彩織はかわいかった。
これは感想であり批評である。
そういう節だってあるし。



◆OSERUを育も◆

 よっしゃよっしゃ。回ってきたな、このターンが。
ついにこの章では裏主人公たる丞威と濱田龍臣の魅力についてぺらぺら語るターンがオレに回ってきたとテーブルトークRPGの神はオレに言うのか!!?
テーブルトークRPGの神ってなんだろう。
知るかあッ!!!

いやはや。あかりと彩織のバディもさることながら、丞威と龍臣のメンズバディも相当に魅力的であったよな。
金なし、明日なし、女なしの2人が、人生一発逆転を狙ってあかりと彩織をつけ狙う。ふたりは兄弟。弟の龍臣は定食屋の娘に片思いしており、兄の丞威は恋の応援隊。
そんなサイドストーリーがあるからこそ、たまたま4人が定食屋の隣の席で鉢合わせしたシーンに不穏な通奏低音が鳴り響く。しょうが焼き定食をもりもり頬張りながらもテーブルの下では銃を突きつけ合い、あかりと彩織は「一般人のいる店で騒ぎを起こすわけにはいかない(また謹慎処分になったらイヤ)」と思い、丞威と龍臣は「ここで騒ぎを起こせばオレたちの正体(殺し屋ということ)が娘さんにバレる…」と考える。
双方の打算うずまく定食屋サスペンス790円。

クライマックスの彩織VS丞威もすばらしいじゃないですか。たぶん2人のキャリアにおけるベストアクトっていうかベストファイトっていうかベストパフォーマンスではないかね。丞威の足技。あれは『酔拳2』(94年) のロウ・ホイクォンを彷彿したな。どうもありがとう。
あと、激闘の末に彩織を倒した丞威が“透明の壁”に頭をぶつけて「なんだこれ…」と混乱するシーン。何もないはずの空間なのに、なんか透明の壁があんの。伏字にするけど〇〇の演出として非常に目新しく、オレも一緒になって「なにこれー」ゆうて。しばし混乱の儀。

まあ、定食屋の娘と龍臣との間にもうひとつ何かあってもよいだとか、冒頭では素人同然の戦い方をしていたうえ、あかり&彩織との初戦では惨敗を喫した二人がクライマックスでは何故かノーロジックで強くなってるだとか、大味な部分は多々あれど、冒頭こそただの騒がしいチンピラーズかと辟易していた我が心のなかで次第に頭をもたげはじめるOSERU(推せる)という感情。
この感情を101分かけて育む映画やで。
あかり&彩織に負けず、稚気と戯れる無内容トークや素頓狂な言動で爆進する熱血ブラザーズをぼくは応援したいな!



そんなわけで、まとめに入りたいのだが、もう何を語って何を語ってないのか、焼酎とハイボールでドロドロになり果てた今となっては判別不能だし、多分ひよこ鑑定士でありながら認定心理士でもあるヤツでさえ解き明かせないだろうな、オレのきもちって。
とりあえず3作目が作られたときに、おっちゃんまた来るから。きっと来るから。

~本作のMVP~
しばかれすぎてフラフラしながら倒れた銀行強盗のおっさん。

(C)2023「ベイビーわるきゅーれ2」製作委員会