※本稿は映画評の前置きとしてしたためた文章ですが、図に乗って書きすぎた結果、いささか長くなったのでロケット式に切り離して一本の随筆にまとめたものです。
先日、5~6年ぶりに眼鏡を新調しに行った。
いろいろフレームがあって、あれこれ試着してるうちに自分の顔がゲシュタルト崩壊してきたので、担当についてくれたビューティ黒縁(仮名)にぜんぶ任せた。
ビューティ黒縁は少しボーッとした感じの美人であった。購入までの流れや、レンズに関する豆知識などを分かりよくスムーズに説明してくれたが、こちらの質問には少しピント外れな回答ばかりするので、その都度おれは「眼鏡屋さんやのにピント合うてへんやん」と、いっぱい思った。
ビューティ「フレームどれにする」
ふかづめ 「選びきれなくて疲れてきたからビューティさんが選んでください」
ビューティ「この丸型なんかすごく人気。流行に即してる」
ふかづめ 「うーん。これはこれでいいんだけどさぁ。できれば、人気だからとか流行りだからとかじゃなく、僕の顔に似合いそうなフレームを選んでほしいな。僕という人間をちゃんと見てごらん」
ビューティ「うん」
ふかづめ「そりゃあ僕だって、この眼鏡に見合う男でありたいと思ってるけど、この場合は僕に見合う眼鏡を選んでくださいよ。流行りだからって理由でこの眼鏡を掛けたところで、それは眼鏡を掛けたんじゃない。眼鏡に掛けられてるわけですよ。眼鏡が僕の顔に『ちょうどいいや。ここで休も』つって掛かってるだけ。僕って一体なんだろう? まるで人の形した眼鏡掛けだ。眼鏡の黒子だ。僕は眼鏡掛けじゃない。血の通った人間、やらしてもうてます」
ビューティ「じゃあこのフレームは?」
ふかづめ 「あっ、すごくいい!!」
すごいな、ビューティよ。つい1分前までは流行りのフレームを事務的にお勧めするだけの意思なきサイボーグだったのに、ひとたび意思を持つやいなや、一瞥しただけですごくいいフレームをチョイスしてくれました。まさに慧眼、審美眼。センスの視力、2.0やん。
次は視力検査。
ビューティ・チョイス・フレームを後生大事に持って視力検査マシンに通されたおれ。
ビューティ「あ。フレームは売場に戻してきて」
ふかづめ 「あ、すみませんでした。持ってきたらあかんのか…」
スムーズに検査に移行するわれわれ。視力検査の目玉競技である「Cの向きを当てっこするクイズ」をおこないました。あの殺伐としたクイズね。
ビューティ「これは?」
ふかづめ 「下」
ビューティ「これは?」
ふかづめ 「右。…あっ左? 左」
ビューティ「ちがう。左です」
ふかづめ (左って言い直したのに…。右で最終確定されてもうたんか。締め切るん、早)
ビューティ「じゃあこれは?」
さすがに小さすぎて見えなかった。
視力検査のたびに思うのだが、こういうときって正直に「見えません」つって負けを認めた方がいいのか、あるいは当てずっぽうでもなんぞ答えた方がいいのか。
まあ、普通に考えたら降参すべきなのだろうが、でもな~。こういうとき、関西人ならではのセコさっていうか、損得勘定が働くのよねぇ。なんか言わな損やもんなぁ。一縷の望みに縋りたいっていうか、勝ち筋があるなら追いたいわけよ。将棋ってそういうもんじゃん。
だから、ダメ元で訊いてみたよ。
ふかづめ 「勘で答えてもいいですか?」
ビューティ「いーよ」
ええの?
たぶんアカンやろ。アカンとされてるやろ。視力検査界のタブーちゃうん。だって、まぐれで答えて全的中した場合…どえらい眼鏡できるで? まあ、でもビューティが「いーよ」つったから、ええんか。ほな答えさしてもらお。
ふかづめ 「上!!!」
ビューティ「はいダメ。左です」
左幸子かぁ。一問落としたわ~。
そのあと、視力検査のブレイクタイム的競技としてお馴染みの「気球みて和むやつ」をやったあと「ひらがな読むやつ」やった。
ビューティ「これは?」
ふかづめ 「へ」
次は「り」、その次は「う」、最後は「く」と最後まで読めたけど、その後、さっきより小さい「へ」がきて、その次はさっきより小さい「り」がきた。
あれ? 1回目の文字列が「へ、り、う、く」やったのに、また「へ」と「り」がきてるやん。
…使い回してる?
次の文字は小さすぎてまったく見えなかったが、もし一定の文字列を繰り返してるだけなら…次は「う」やろ。
ビューテュ「見える?」
ふかづめ 「う!」
ビューティ「あたり」
意味あらへんがな。
へ、り、う、く…を繰り返してるだけやないか。もっとランダムに出題せな。スンとした顔で「あたり」やないねん。そら当たるやろ。見えてるんじゃなくて知っとんねんから。
ふかづめ 「これ…意味あるけ?」
ビューティ「え?」
ふかづめ 「同じ4文字を繰り返してるだけですやんか。次『く』でしょ?」
ビューティ「ちがう。見て」
ふかづめ 「あ」
ビューティ「あたり」
なんで最後だけ変えてくんねん。
もう「く」でええやろ。気持ち悪いなぁ。
ほんでおれが答えた「あ」も、回答として、ってよりは半ば感嘆詞として言ってるからね。「あっ!」って。「4文字中3文字おなじやったのになんで最後だけ変えてくるのん!」の「あっ!」や。
最後はレンズ選び。
マッドサイエンティストが好むみたいな、やたらスチームパンクな鉛の眼鏡を掛けさせられて「見える? 見える?」って訊かれながら見える日がくるまで一生レンズを入れ替えられる大会ね。
ビューティ「これ見える?」
ふかづめ 「見える」
ビューティ「こっちはどう?」
ふかづめ 「見える」
ビューティ「どっちが見えるん?」
ふかづめ 「どっちも見える」
ビューティ「どっちが見えよい? 互角?」
ふかづめ 「互角」
ビューティ(こうなったらどうしたらええんやろ)
ふかづめ 「…………」
ビューティ「じゃあ最初の方で」
ふかづめ (どっちでもいいかってなってテキトーに選んだっ)
そんなわけで、ビューティ・チョイス・フレームにテキトー・チョイス・レンズを嵌め込み、見事完成したふかづめ専用眼鏡(テクニカルアドバイザー:ビューティ黒縁)を掛けて眼鏡屋から脱出したるおれ。
しめしめ! 生まれ変わった眼鏡でいろんなものを見ていくぞ~と気持ちを高ぶらせ、いつものスーパーにいって赤エビを見た。こんなにも赤かったなんてね。