あれを答えよ! これを答えよ! 全国の真性シネフィル勢に襲いかかる数々の難問! 魔のクイズ番組へ送られた刺客の名はおゆきさん。ピンポン!アレです! ピンポン!コレです! ことごとく正解する早押し女の正体は…そう、おゆきさん。
1966年。鍛冶昇監督。和泉雅子、笠智衆、松尾嘉代。
平山家に映画好きのお手伝いさんがやってきた! 青春明朗大作!
ハイ、おはようとしか言いようのない状況が巻き起こっていくっ!
恥ずかしいけど、これ、日常生活における口癖なんだよね。昨日もキッチンで麺つゆをこぼして「ちょーもーえーて、としか言いようのない状況が巻き起こってるやん」って呟いたし。大人なのに。
ちょーもーえーて…「ちょっと、もういいって…」の関西弁。うんざりの意。何かロクでもない事が起きたり、誰かがしつこい事をした時に使うのがベター。素早く発音した場合は「チョモエッテ」となる。チョモエッテ!
ちなみに先週は、洗い物してるときに足元に包丁をストーン!と落として「あっぶねええええとしか言いようのない状況が巻き起こりに巻き起こっていくぅ!」って叫んだ。大人なのに。
「巻き起こりに巻き起こる」って、文法的にギリ正しいのかギリアウトなのか自分でもわかんねーけど。まあ、こういう時は大体アウトだろうな。
でも、この「に」を付けて同じ言葉を繰り返すイズム? 好きなんだよ。
「渦まきに渦まく」とかね。
ただでさえ渦巻いてるのに「に」を付けてもっぺん渦巻かすっていう。これによって、めっちゃくちゃ渦巻いてる様子が想像できると思うの。だってそうじゃん。「邪悪な思惑が渦巻く」よりも「邪悪な思惑が渦巻きに渦巻く」の方がむちゃくちゃ渦巻いてる感じしない? もう右回りなのか左回りなのか自分一人では判断できないくらいグ~ルグル渦巻いてる。家族の意見、聞かなあかん。「この渦巻きって右回り? 左回り?」って。でもたぶん家族でも分からないと思うよ。ここまで激しく渦巻いてると。「さすがにこれはなぁ」って。「逆に渦じゃないんじゃない? ここまでくると」みたいな。
それくらい激しい渦を作りたい人は「渦巻く」よりも「渦巻きに渦巻く」っていう書きかたをした方がいいっておもった。おれは。
そんなわけで本日は『おゆきさん』です。最近、1万字前後におよぶ評が多いので、もういちいち推敲とか読み返しとかしてません。出たとこ勝負や。
◆映画好きの女中さんがテキパキ動く青春明朗大作◆
いやはや。またまたおもしろい映画を観ちゃったな。
『にごりえ』(53年) や『好人好日』(61年) に続く良作エブリデイに柄にもなくゴキゲンなわたくしであります。
三人家族の家に元気印のお手伝いさんがやってきた。名は祐紀子。通称おゆきさん。
奉公初日、時計を見るなり「はぅあう」と吃驚、おゆきさん!
「来る早々に申し訳ないんですが、テレビを見せて頂きたいんです。ゴールデン・クイズって番組があるんです。映画部門だけ欠かさず見てんです」
なんたるハキハキぶり。その勇み肌に圧倒された一家がテレビをつけてやると、パッパーン♪ 折よくその番組が放送されていた。
「では映画部門の第4問です。円月殺法といえば眠狂四郎。音無しの構えといえば机竜之助。では、諸羽流正眼崩しと言うと、誰が発明した剣法でしょう?」
知るかぁ! チンプンカンプンや。
おゆきさんと一緒に放送を見ていた一家もすっかり白旗の様子。
娘 「難しいナー」
妻 「ぜんぜんわかんない」
主人「答えが、というより質問の意味がそもそもわからない」
するとおゆきさん! 主人の湯飲みにお茶を入れながら、まさにそう…お茶の子さいさいとばかりにポツリ呟く!
「旗本退屈男ですよ♪」
すると解答者のシネフィル男子が「旗本退屈男!」と叫び、司会者が「そうです。よく出来ました!」と褒めた。
おゆきさん、つよ。
シネフィル男子より素早く解答してたやん。しかもお茶汲みながら。
そんな真性ガチシネフィル勢のおゆきさんが、持ち前のチャキチャキ気質で一家に可愛がられてゆきます。一方、大学教授をやっている主人は一人娘の縁談にやきもきとしていた。一人娘を嫁にやる寂しさからぷりぷりと拗ねているのです。
おゆきさんを演じたのは和泉雅子。
吉永小百合や松原智恵子とともに「日活三人娘」と呼ばれ、1960年代を中心に青春スターとして大活躍した女優だが、80年代に入ると幼少期から憧れていた冒険へと繰り出し、日本人女性として初めて北極点を踏破するという偉業を成し遂げた真性ガチ冒険勢。
爾来、女優から冒険家へと肩書きを改め、主に北極地方をバンバン攻め続けたという。
ちなみに趣味は「生け花、長唄、鼓、日舞、タップダンス、釣り、合気道」とのこと。
冒険ちゃうんかい。
冒険家に転身してからは子サモハン(子供のサモ・ハン・キンポー)といった風貌で親しまれた和泉だが、女優時代はチョット格別に美しかったのよね。
冒険好きの和泉雅子。
そんな和泉雅子(以下「おゆきさん」と役名表記)を豪華俳優陣がぐるりと取り囲む。なんといっても奉公先の主人役が笠智衆!
またおまえか。
この時代の日本映画を観ると大体いるよな。笠って。「今回はいないかな…?」と思った時ほどいよんねん。
しかも笠! 本作では家族から「タタ」という愛称で呼ばれてます。かわいい。
そんなタタの妻役は小夜福子。1930年代に活躍した元宝塚スターだが、本作ではふっくらとした柔和なお母さんです。
恋人との結婚を控える娘役には松尾嘉代。2時間ドラマの主演を欲しいままにした「サスペンスの女王」だな。ドラマ見ないから知らんけど。その活躍を。
わずか79分の中で描かれた明朗家庭劇『おゆきさん』。
物語は「タタが娘・嘉代の結婚を認めて嫁に出すまで」と「身寄りのないおゆきを家族に迎え入れるまで」の双輪で疾駆する!
早い話が、娘を嫁にやった父親がその寂しさを埋めるように女中を戸籍上の家族として迎え入れる…という、割と節操のないお話であります。どこが明朗なんだと。
しかも当然ながら、映画はおゆきさんの視点に立っているので、彼女がタタと疑似親子関係を育む過程ばかりがクローズアップされ、最も肝心であるはずのタタと嘉代の親子物語はしれっと棚上げされてしまう。
したがって観る者は「このおっさん、実の娘(嘉代)よりアカの他人(おゆき)の方が気に入ってるやん」という強大な違和と格闘せねばなりません。どこが明朗なんだ。
あまつさえ、タタとおゆきの関係性が“疑似親子”を超えて“疑似恋愛”にも見えてくるあたり、チィとばかし変態性を帯びた映画ともいえますね。
どこが明朗やねん。
日活の公式サイトで「青春明朗大作!」と表記されてたから引用したけど。これのどこが明朗や。ジジイが娘の結婚そっちのけで女中さんとイチャイチャして。「タター」ゆうて。「おゆき~」ゆうて。明でも朗でもないわ。
居眠りしたおゆきに「おやすみ」と囁くタタ。
◆死闘! ゴールデン・クイズ◆
おゆきはめっぽう活動的な女であった。床掃除をすればバケツをひっくり返した挙句に足を滑らせすっ転び、野球をすればバッターこそ務まれどダッシュできないタタのかわりに塁を爆走してスライディング、「アウツ」と言われても「セーフ!」と言い張るなど、活発快活! ファイト一発! 跳ねっ返りのぎゅんぎゅん娘!
女中でありながら家族同然の寵愛を受けたおゆきは、一家の優しさに報いるように嘉代の縁談に協力するが、タタにはそれが気に喰わない。それもそのはず。嘉代はタタの知らないうちにボーイフレンドを作り、一言の相談も報告もなく突然結婚するなどと言い出したのだ。
嘉代のボーイフレンドの平田大三郎は、タタの教え子でもあった。それだけに結婚を認めてくれないタタに苛立ちを募らせ、おゆきさんに向かってタタの陰口を吐きます。
大三郎「ネェ、おゆきさん。先生はエゴイストですよ! そりゃあ、娘を放すのは寂しいでしょう。だけど本当に娘のことを考えているなら、もっと素直に祝福してやればいいんだよ。先生は嘉代ちゃんのことを考えてないんだ!」
これがタタ推しのおゆきの逆鱗に触れた。
おゆき「なんでしょう、あなたは! 嘉代さんのことを世界で一番考えてるような大っきなこと言って! 嘉代さんのことを世界で一番考えているのはあなたじゃありません。ご両親です。ご両親以上に娘のことを考えてる人なんて世界にいませんヨ!」
ヘンな代理戦争おきてる。
ふしぎ。もともと「嘉代&大三郎 vs タタ」の2対1構図だったのに、大三郎がタタ推しのおゆきの前でタタをディスったために「嘉代&大三郎 vs タタ&おゆき」の混合ダブルスが成立しとる。ふしぎ。
思わぬ反論を受けた大三郎、「イヤ、それはだね…」と形勢を立て直そうとするも…
おゆき「黙ってください!」
黙らしていくん?
パワーディベートが過ぎるで、おゆきさん。
話し合いの最中に「黙れ」は絶対言っちゃいけないよ。妻叩く男専門の言葉やわ、それ。大黒柱意識がムチャクチャになってる男が都合悪くなったときにすぐ切るカードやねん、それは。「黙れぇー」ゆうて。「誰のお陰でメシ食えてる思とんねん」ゆうて。
発言を押さえつけられた大三郎が「グ、グムゥー!」と怯んでいると…
おゆき「あなたは今、私の言うことだけ聞いてください!」
最もサイコな発言権の奪い方するん?
パワーずっと私のターンがすごいな。
これ、アレやん。おびえてる人質の顔の前で人差し指をチュッチュッチュッチュッチュッ…って振って「し――っ。聞かれたことだけ答えてりゃあいい。分かったか? いい子だ」ってするサイコな悪役と軌を一にする論法やん。大体そのあと、人質が勝手に喋った瞬間にバンって撃ち殺してやれやれみたいな気だるい口調で「いつオレが話せと言った? ハン?」って死体に訊ねるんだよな、この手のタイプは。最もサイコな発言権の奪い方をするんだよ。力任せに聞き手に回らすっていう。
するとおゆき、大三郎を諭すように“タタ論”を展開します。
おゆき「先生には自分の身勝手がよくお分かりになってらっしゃるんです。理屈にならないことをおっしゃってるのはよく分かってらっしゃるんです。もともと反対する理由なんかないんです。ないけど癪なんです。お二人があんまり話をトントン進めていくもんだから、先生、癪なんです。
こういう苛立たしい父親の気持ちを、私は何度か映画で観ました。ちょっと古いけど『花嫁の父』(50年) って映画を観ると参考になると思います。
あっ。スペンサー・トレイシーが父親でした!」
映画薦めていくん!?
パワーレコメンドがすごいな、おゆきさん。
言いたいこと言うだけ言うたあとに映画1本薦めて。キャスト情報までしっかり入れて。
とはいえ、大三郎に向かって「…大学出の人にナマイキ言いました。スミマセン。帰りますっ」と詫びてペーッと走っていくのがおゆきの愛嬌。その後ろ姿を見送った大三郎は、やけに晴れがましい顔で「見てみるか、花嫁の父…」みたいな笑みを浮かべていました。
心動かされてるやん。
未来の義父濃厚者との付き合い方のヒントを『花嫁の父』から得ようとしてる!
不思議なロジックを駆使して大三郎を論破したおゆき(でも最後に映画1本すすめた)。
おゆきの仲立ちもあって、ようやくタタは二人の結婚を認めます。
おゆきの根回しに感激した嘉代は、そのお礼としてゴールデン・クイズの出場者募集要項におゆきの名前で応募します。
やってることジャニーズの家族やんけ。
「親が勝手に履歴書送ったんですぅ」ゆうて。「ハイハイまたその方便ね」ってやつね。
さて。映画後半はタタとおゆきの間にあらぬ艶聞が立ち、やっと素直になりつつあるタタが憤慨しすぎてまたぞろ意固地に。嘉代の結婚式には出ないと言い出すわ、おゆきの顔を「しょせん他人!」つって引っ叩くわ…と荒れに荒れます。
まあ、タタにしてみれば、ようやく実の親子のように感じ始めていた自分とおゆきが、しかし傍目には色惚け老人とその妾に映ったことで、それまで“父親になった気でいた自分”を恥じ、かかる自意識との格闘ゆえに思わず嘉代やおゆきに八つ当たりしちゃったのだろう。
この出来事を機に、おゆきに対して急によそよそしくなるタタ。雨の日に駅まで迎えにきたおゆきの傘を拒んでグショグショに濡れながら足早に歩くショットは、穏やかな昼下がりに2人が初めて出会ったシーンの反復になっているだけに心痛い。
おゆきの傘を拒否するタタ。
しかしタタは「しょせん他人ビンタ」を深く反省していた。あんな技は撃つべきではなかったと。せめてもの罪滅ぼしにと、ゴールデン・クイズ出場を控えたおゆきに映画参考書を買ってくるタタ。タタのぶきっちょな愛情に涙したおゆきは、嘉代と福子ママンの無償サポートを受けながらクイズ対策の猛勉強をします!
愛すべきキャラクターたちが巻き起こす明朗家庭劇に感動している私だが、ただ一点だけ…クイズ出場へ向けて勉強するおゆきのことは応援できないナ。
まあ、クイズだから「傾向と対策」に万全を期すのは当然なのだけど…でも映画クイズでしょう?
映画の知識って暗記して身につけるものだっけ?
現在、我が国には映画検定というものがあって、そのための参考書も売っているけれど、それを丸暗記して「ボク、映画検定2級です! めちゃくちゃ映画詳しいです!」とか言われてもねぇ。「たしかに知識はすごいすごい。…で、実際オマエはどれだけ観たのーん。どれだけ自分の頭で理解できてますのーん。感性は豊かなのーん。皮膚で感じてんのーん」なんて思っちゃうんだよね。
で、そういう奴って頭で映画を見てるんだろうな。目で観てねえ。「ボク2級ー!」とかやってる奴はだいたい頭ばっかり発達してピクミンみたいになってますよ。よく見ると頭頂部に花とか咲いてるかも。今度から注意して見よ。
一丁前に知識だけつけて、経験も感性も伴ってない、ただ博識強記なだけの奴ね。
それって映画好きかね?
違うね。
単に物覚えのいい奴だろ!
引っこ抜くぞおおおおおおカタログ知識の駄目ピクミンがああああああああ。
まあ、おゆきさんの映画愛はホンモノだとは思うが、少なくともオレは参考書で知識を付けるようなやり方は好かん。
というわけで、この後クイズシーケンスがあるんだけど…オレも出場するし。
オレもおゆきと一緒にクイズ考えるし。参考書で全身武装したおゆきと、丸腰のオレと、どっちが強えーか見せつけたるわ。
おゆき潰すし。 泣かすし!
~ゴールデン・クイズ~
※スマホの前のみんなも一緒に考えようね!
司会者「いよいよ始まりました。ゴールデン・クイズ映画部門!
本日の挑戦者は2名。笠家からやって来た女中、おゆきさん! 対するは『シネマ一刀両断』からの刺客、ふかづめさんです。よろしくお願いします」
おゆき 「よろしくお願いします!」
ふかづめ「まあ、よろしくしてやらないでもない」
ゴールデン・クイズに出場したおゆきとふかづめ。プライドを懸けた頂上決戦が今始まる。
司会者「では問題。現代の映画は、ほとんど大型の時代となりました。我が国で初めて大型映画によって撮影・公開された映画はなんという名前でしょう?」
ふかづめ「えー。ばりムズいやん…」
おゆき 「『鳳城の花嫁』(57年) !」
司会者 「ピンポンピンポーン。おゆきさんが1点リードです!」
司会者「第2問。現在は映画に主題歌が入ることは珍しくありません。日本で最初に作られた主題歌入りの劇映画とは?」
ふかづめ「わかりません」
おゆき 「『船頭小唄』(23年)!」
司会者 「ピンポンピンポーン」
ふかづめ「わかるかあ!」
司会者「ここからはゲストの松原智恵子さんにクイズを出題して頂きます。松原さん、よろしくお願いします」
智恵子「ええ。よろしくお願いしたいわね」
松原智恵子がカメオ出演!
智恵子「第3問! 日本で最初に女優さんを採用して作った映画の題名、および制作年代をお答えください!」
ふかづめ「ハイ。“諸説ある”!」
司会者 「ブブー。違います」
ふかづめ「何を以て最初とするか…何を以て女優とするか…。なるほど。ハイ! “定義次第”!」
司会者 「ぜんぜん違います。ふかづめ選手は回答権を失いました」
おゆき 「えーと…。『松の緑』! 制作年は1911年。明治44年です!」
司会者 「ピンポンピンポーン」
ふかづめ「わかるかあ!」
智恵子「最終問題です! 1918年ごろ、我が国で初めて純粋劇映画運動をはじめた団体の名前、及びその主催者の名前は!?」
ふかづめ「知るかあ!」
司会者 「悪態をついた為、ふかづめ選手は回答権を失いました!」
ふかづめ「いるかあ! 今さらよぉ」
おゆき 「カエル山…かえり山…。なんだっけ。変な名前の人…」
ドッ! 会場が笑いに包まれた。
ふかづめ「なに笑ろとんねん」
おゆき 「わかったっ。帰山教正!」
司会者 「ピンポンピンポーン。して、団体名は!?」
おゆき 「映画芸術……。アッ。映画芸術協会!」
司会者 「ピンポンピンポーン! 優勝はおゆきさん!」
見事ふかづめを下して優勝に輝いたおゆきさん。
テレビの前でおゆきの活躍を見守っていた笠家の3人は、オリンピックで日本人が誰か金獲ったみたいにワーッと歓声を上げた。
さて、私ふかづめはと言うと、まあ今回はユル気っていうか、おゆきさんに花を持たせるように番組側から言われていたのでね。このような結果になったけれども。
スマホの前のみんなは何問わかったかい? 私と一緒だね? こんなクイズ、わかるわけないね。
ペテンだね!?
◆すてきな相合傘(でも傘あさい)◆
実は先ほどのクイズシーケンスと並行して“おゆきの縁談”がそれとなく描かれていました。
恋人候補は2人。1人は花屋を営む幼馴染みの松山政路。この役者はキツネの子分みたいな顔をしており、まさに見た目通りの役柄で、昔からおゆきに惚れながらも告白できずにいるヘナチョコヤンキー風情である。
いま1人は、結婚目前にして恋人を亡くした新克利。漢字3文字の芸名にも関わらず「あたらし かつとし」などと8文字も読ませるようなふてこい役者だが、非常に恰幅がよく、まるで柔道オリンピック選手みたいな顔立ち。
果たしておゆきの心を射止めるのはどちらなのか?
花屋の政ちゃん(左)、柔道オリンピック(右)。
どっちも違うだろ。顔的に。
どっちもおゆきと釣り合ってねえよ、そもそも。「おゆきの王子様」という役柄に顔が耐えきれてねえ。
だが結果的に克利がおゆきと結婚することになる。柔道オリンピックが勝った。
嘉代に続いておゆきまで嫁にやることになったタタは、あまりの寂しさから恋に破れし花屋の政ちゃんと酒を酌み交わす。
ぽろぽろ泣く政ちゃん!ぐちゃぐちゃに泥酔したタタ!
タタ「政ちゃん!バカだなぁ。どうして克利みたいな田舎者に、大事なおゆきを取られたんですか。政ちゃん! どうしてもっと戦わなかったんですか! おゆきは、アレはなんちゅうか、植物なんですよ。植物。わかりますか?」
小匙1杯たりともわからんが、政ちゃんは泣きながら頷いた。
政ちゃん、わかるん?
「おゆきは植物」に理解示したで、政ちゃん。すごい。タタと心通い合ってるやん。
タタ「おゆきは花ですよ花。花屋の政ちゃん! アレは今の人間じゃない。忘れられてる素晴らしいもんなんですよ。政ちゃん。わかりますねぇ!?」
1ミクロンたりともわからんが、政ちゃんは泣きながら何度も頷いた。
政ちゃんむちゃむちゃ理解してる!
「おゆきは花。今の人間じゃない。忘れられてる素晴らしいもん」っていう泥酔者特有のピースだけぶちまかれたパズル、一瞬で解いてるやん。点と点をスッと線に…。理解の子やなぁ。すごい。
さてさて。クライマックスを彩ったは再びの雨。
二つの傘の下で語らうタタとおゆき。何気ない話をしながら、タタは自分の傘におゆきを入れてやった。もちろんこれはタタがおゆきの傘を拒んだシーンを逆転させた演出である。
タタ 「こないだから考えとったが、おまえをウチの籍に入れてあげたいんだが…」
おゆき「おゆきはとっくに入れてもらってました。おゆきはとっくに、タタの娘に…」
沁みるな~。
沁みるけど、一般的に相合傘は“男女の親愛”。だが、ひとまずここでは“親子愛”。この変態的なダブルミーニングが本作の特殊性なのかもね。
まぁでも、差し当たっては好いシーンだな。あーだこーだ考え出すとアレだけど、深く考えないのであれば…差し当たっては好いシーン! っていう。
…にしても傘浅っせえな。
浅張りが過ぎるやろ。なんやその傘。ほぼ面やん。もう傘っていうか茶碗蒸しの蓋やろ。それは。
せっかくの「差し当たり名場面」が「傘が浅い」に上書きされちったわぁ。映画観てると、こういう雑情報によく引っ張られるのよねぇ。「カツ丼残したのに」とか。
そんなこんなの『おゆきさん』。
絶賛Amazonプライムビデオにぶっ転がっているが、いかんせんババちびるほど画質が粗いので映画として観ることはできません。筋を追うのがせいぜいだな。どれくらい粗いかっていうと全編ソフトフォーカスと見紛うほど粗い。
それでも和泉雅子と笠智衆の掛け合いは見物。欲をいえば、もっぱら物語をキックすることだけに徹したおゆきさんの「映画好き」な性格がもっと映画的に活かされればよかったのだけど。
ああ、そういえば監督の名前を出し忘れてた。監督は鍛冶昇です。
まあ、もう終わるから今さら紹介してもしょうがねーけどな。
どないもならんわ。