ナックルズってなんてラブリーな奴なんだろ。

2024年。ジェフ・ファウラー監督。ジェームズ・マースデン、ティカ・サンプター、ジム・キャリー。
その他、ソニック、テイルス、ナックルズ、シャドウら珍奇生命の皆さん。
珍奇生命たちが頑張るといった中身。
抱いて抱いて抱いて セニョリータ
強く強く強く 離さないで
あなたのその唇が じれったいのよーん
ぐわああああ! まだや思て山下智久の「抱いてセニョリータ」歌ってしもてたああああ!
しもたなぁ~!しもた~。下田東急ホテル。
トリバゴ。
どうでもいいけど「抱いてセニョリータ」を反対にしたら「おぶってセニョール」になりかねないよね。危ないとこやったな。山下智久。危ないとこやった。
毎日、毎日、アツイヨー。
制汗スプレーを噴霧する。家でる。汗でる。意味なさすぎて「汗でるスプレーなん?」と効能疑う。オーノー。疑う。制汗スプレーの霧が、汗にとりこまれ、汁となる。
アツイヨー。
制汗スプレーはもうええから、生還スプレーがほしいわ。
目の上に汗腺ができた。昔はなかった。そこから汗が流れると目に入ってごっつ痛い。レモン汁が目に入ったやう。レモン汁なんかな? だとしたら制汗スプレーが意味をなさなかったのも頷ける。なぜなら俺はレモンなのだから。俺の身体ってレモンですか。唐揚げにかけたろか。
まあ暑いけど、ぼちぼちやってるわ。楽しい日もあるし。
読者の皆さんはどないやの。たぶん「アツイヨー」と日々おまえは言っていることだろうけど、その裏に隠された、本当のことを言ってみそ。暑い日に「アツイヨー」と言うことは、抒情の一元化、それ以外のいっさいをド紫の夕暮れに屠る行為にひとしーんだ!
言うてること、わかるけ。別にわからなくてもいいけどよ。美味しいものを食べたときこそ「オイシー」以外のことを感想せねばなりませんよ、みたいなハナシ。
ほな、いってみよか。
そんなわけで本日は『ソニック×シャドウ TOKYO MISSION』です。

◆ハングリーシャドウ(アングリーでもある)◆
別におれは『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』のゲームを遊んできた人間ではないし、テレビアニメも見ていないからストーリーもキャラクターもわからない。親戚や知人のなかにSEGAの社員がいてそいつに弱味を握られているわけでもなければ、ソニックのモチーフがハリネズミだということさえ4年前に知ったばかりのドブネズミだ。
そんなおれが、早くも3作目を迎えた当シリーズをやたらに好む理由は前2作の評に詳しいから未読の御仁はぜひとも読んでほしいっていうか、たぶんこの手の作品ってコアな映画好きほど「どうせ凡百のエンタメ大作でしょ。ぼかあ、もっと深い映画が好きなんだ」つって敬遠するんでしょうけど、その態度がすでに浅いっていうか、エンタメ大作を俗的なものとして遠ざけるおまえが一番の俗物と断じざるをえないので僕の書いた前2作の評を反省しながら読んでくださいよ。そして一回ちゃんと死んだあとに甦ってください。生き返ったおまえを、おれは抱きしめるから。
ぎゅっ。
やって参りました、『ソニック×シャドウ TOKYO MISSION』。気がついたら上映が終わってたのでU-NEXTで有料鑑賞。大事なポイントを奪われました。
アバンタイトルでは東京湾の沖合にある監獄島からシャドウという最強珍奇生命が50年の眠りから目覚め、すべてを破壊して脱走する。目が光ってたからたぶん怒っているんだと思う。
その後の本編はいつも通りの和やかな雰囲気で、ごきげんなソニックが前作で出会ったテイルスとナックルズの珍奇生命三銃士でレース遊びをする幕開け。三銃士の親がわりは保安官のジェームズ・マースデンとその妻ティカ・サンプター。1作目で家族ができて2作目で仲間に囲まれ、平穏そのもの幸せいっぱいのソニックはすばらしい日々を送っていた。

珍奇生命三銃士によるレース遊び。
シャドウはその逆。
驚異的な身体能力を持っていたために軍の施設で理不尽な生体実験を受け続け、施設内で出会った人間の少女アリーラ・ブラウンだけが生きる希望だったのに不幸な事故で彼女まで失った挙句、その驚異的な能力を恐れた軍によりコールドスリープという形で50年間も封印されていた。
なんて悲しいんでしょうね!
シャドウとアリーラの絆。
人間を恨んで暴走するシャドウを止めようとするチームソニック。
だが三人掛かりでもまったく歯が立たない。その理由はシャドウが瞬間移動の使い手で、あっちこっちパッパパッパ消えたり現れたりしながら、それもソニックを凌ぐほどの音速で殴りつけてくるからだけではなく、家族も仲間も手にしてぬくぬく幸福に浴するソニックに対して、家族同然だったアリーラを失い仲間もいないシャドウにはハングリーがあったからだあ!!
あまつさえ宿敵ドクター・ロボトニック(演ジム・キャリー)だけでなく、その祖父ジェラルド・ロボトニック(演ジム・キャリー)まで立ちはだかり、シャドウと手を組んで地球全体絶対破壊キャノンを起動させるとかわけのわからないことを言い出したからサア大変。きわめつけにキャノンを起動させるキーカードをソニックたちが盗んだと勘違いした軍のエージェント、クリステン・リッターまでもが敵に回り、完全アウェーの四面楚歌。
も、もうダメだぁ~~!

どうする三銃士。
◆ナックルズに推し変◆
今回の作品は“映画”ではなく、いわば『ソニック3』という“シリーズコンテンツ”として楽しみました。
この言葉の意味がすんなり伝わるほど我が国の映画リテラシーは高くないし、かといって説明するのも億劫だから説明はしないけど、まあ要するに1作目と2作目を楽しんだファンであれば流れで“楽しめてしまう”が、映画単体としては特に見るべきところは残念だけどない、ぐらいの、だからアレですよ『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』(24年) みたいな感じですよ。ごめんなさいね。
流れで楽しめてしまったよ。
ギャグセンスも光ってた。やや欧米寄りの笑いではあったけれど。ロボトニックたちが踊りながら赤外線センサーを搔い潜るシーンで流れるケミカル・ブラザーズの「Galvanize」の選曲と、久しぶりにジム・キャリーがジム・キャリーしていることの喜ばしさ! …ただ一点、かかる厳重警備を「まるでトム・クルーズだ」と言って『ミッション:インポッシブル』に喩えていたソニックですが、そこは『エントラップメント』(99年) のキャサリン・ゼタ=ジョーンズでしょうに。
また、USBを差し込んでも反応しなかったので、USBポートに直接息を吹き掛けたら立ち所に問題解決、大喜びして「やっぱ90年代っしょ」とうそぶく平成ゲームあるあるなどに、頬を染めてのにっこり。
あとポスターデザインね。これは本ビジュではないんだけど…

これは何ハード? ってくらい『ダイ・ハード』(88年) すぎて。

まあ、主要人物の多さが作劇をモタつかせてもいたけどね。
今回はチームソニックだけでなくその保護者であるマースデン夫妻も物語後半の大仕事に一丁噛みするうえ、敵側もシャドウとロボトニックだけでなくその祖父(以後、祖父トニック)、さらには軍サイドまで動き出すためストーリーラインが散りがちに。
ストーリーラインが散ってしまうと活劇性が損なわれ、果たしていま誰が何の目的でどういう行動をとっているのかというポリティカル・サスペンスじみた様相を呈してしまうンだ。
物語序幕はTOKYOが舞台。『AKIRA』もやる。
ただ、その中ではよくまとまってたわ。それはシナリオのフォーマットが前作 『ソニック・ザ・ムービー/ソニック VS ナックルズ』(22年)とまったく同じだからです。
ロボトニック=祖父トニックにそそのかされて悪事に加担してしまったナックルズ=シャドウがソニック=人間を逆恨みして復讐しようとする…っていう。
そのあとナックルズもシャドウも頭に血がのぼって好戦的になっていたけど冷静に考えたらムチャクチャな道理で勝手にキレていただけってことに気づいて、ちゃんとごめんなさいしてソニック側につく。
今んとこ、このパターンの一本槍やからな。
ナックルズといいシャドウといい、珍奇生命ってすぐカッとなるのねえ。
それで言ったら、今作はついにソニックまでもがカッとなるのよ。
まず、シャドウは自分を50年間封印した軍を恨んでおり、その軍のえらい人にホログラム変装したマースデンをそうと知らずに腹パンしてしまい、マースデンぐったり。変装が解けて「あっ、ぜんぜん違う奴ど突いてもた!」とばつが悪そうにシャドウ。そこに駆けつけたソニックはぐったりマースデンを見て、死んでもうとるやないかい、と勘違い、シャドウにバチギレして暴走する…。
このシーンは個人的パワー見所で。
ソニックは逃げたシャドウをど突き回すべくマスターエメラルドの隠し場所をナックルズに訊ねる。そのエメラルドを使えばスーパーソニックに変身できるのだ。しかし、あまりに危険が大きいからやめとこな、使わんとこな、ナックルズが一括管理して誰も知らんとこに隠しててな、という協議が三銃士の間で行われていたわけ。
にも関わらず、禁断のエメラルドに手を出そうとしたソニックに対して「あかん。あれは使わんとこ、言うて3人で約束したやんか。ぐったりマースデンは俺にとっても父親みたいなもんやさかい、それが死んだのは俺も悔しい。俺かてシャドウをど突き回したりたい。でもエメラルドに手を出すのは違うやんか!」とナックルズ。
だが、なおも食い下がり、ついには喧嘩も辞さない勢いで「うるさい、ナックルズのばか。黙ってエメラルドをよこすんだ」とか柄にもなくひどいことを言いだす爆発寸前のソニックに「それだけはあかん。エメラルドは絶対渡さへんで。たとえいまこの瞬間、この場でおまえとの友情があじゃぱーになろうともな…」とナックルズの方も全身の毛を逆立てての臨戦対戦。ふたりの対立の狭間でテイルス、泣きそうな顔して「わやくそやないの…」と心で思った。
ぎゃんぎゃんの睨み合いの果て、折れたのはナックルズ。

そう、いまから俺が言うことは完全に間違ってるんだけど『ソニック×シャドウ TOKYO MISSION』の主人公はナックルズです。
ナックルズが初登場した前作では、誇り高き戦闘民族で、ソニックと和解してチームに加入したあともプライドの高い脳筋キャラのヘンコ、という性格だったが、本作で新たに見せた一面は兄貴肌。
復讐に駆られて暴走するソニックを理性で宥め、それでも引かないソニックに「この先の結果がどうあれ、俺はおまえの決断を信じてる」と言ってエメラルドの使用を渋々許可した、その器。
それだけじゃないぜ。シャドウに腹パンされて救急車の人となったマースデンを心配そうに見つめるソニックに「マースデンならきっと大丈夫だよ…!」と気丈に振舞うテイルスに対してソニックがなんて言ったと思う?
「きっと大丈夫? どこが大丈夫や。気休め言うな!」
そう言って、大事な友達であるテイルスに強く当たるのよ。
瞬間、テイルスファンの俺は「おいソニック。テイルスに当たんなよ!」と思ったが、それと同時にナックルズ…
「テイルスに当たるのは違うだろ。こいつはおまえを心配させまいとして言っただけだ」
そう言ってテイルスを庇ってくれたのよおおおおおおおおおお。
これまで優しさなんて見せたことのない荒くれ小僧のナックルズが、テイルスを庇い、ソニックを諭し、挙句ソニックの復讐心を間違っていると頭では思いながらもその意思を尊重して禁断のエメラルドを使用許可する。しかも「この先の結果がどうあれ、俺はおまえの決断を信じてる」なんて友情チックな言葉まで添えて。
かっこよすぎやろ。
この瞬間、推し変ちゅうの? 俺はテイルスファンからナックルズファンに鞍替えしました。これからナックルズのことをナックルニキと呼んでいくよ、俺は。
実際、本作にはナックルニキ萌えが盛りだくさん。勇敢な戦闘民族なのにオバケが苦手で『キャスパー』(95年) でさえ悲鳴をあげながら鑑賞する姿とか、退院後のマースデンのために作った全部盛りサンドイッチを辛抱たまらずうまうま食べちゃう姿とか。
身体が大きいからその可愛さに気づかずにいたが、よく見ると垂れた耳がとってもチャーミンでもあるのだし。
なんてラブリーな奴なんだろうな~。
見かけによらずビビりん坊(歯かわいい)。
他方、テイルスには表彰状を授与したいと思っていますねえ、オレは。
なんせ活躍が地味だったので氏の働きに気付かなかった愚かな観客も多かったと思いますが、あなたは正確に三度、敵も味方も関係なくその大事な命を救いました。
一度目は軍本部に突入するソニックの命。火の玉になってぶっ飛んでいくソニックが建物全体を包み込むように張られゆくバリアに間に合わずバリアの熱で溶ける寸前、そのキュートな尻尾でソニックをぐる巻いて建物内部に投げ込んだシーンをわれわれは生涯忘れることはないでしょう。
二度目は奈落の底に突き落とされたロボトニックを自慢の尻コプターで救出した圧巻のラスト・ミニッツ・レスキュー。もうダメだという瞬間に助けが現れるこの演出は、映画の父D・W・グリフィスが発明した古典技法です。
テイルスったら、それをやって~。
そして三度目。力尽きて大気圏に放り出されたソニックを救い出すべく死なばもろともで自らも大気圏に突入したテイルス。結果はちょっぴり残念で、Gに耐えきれず「むりー」ゆうて意識パッパラパーになってしまうんだけど、この窮地を救ったのがナックルニキでした。ここはナックルニキがチームソニックの長男(いざという時の頼りの切り札)であることを示す決定的なシーンなんだけど、いわばそのフリとしてソニック救出に失敗したテイルスの大気圏飛び込みをこそオレは評価したい。
テイルスはいつだって優しさと思いやりを忘れない奴なんだ。たとえGに耐えきれず意識パッパラパーになろうとも、それでも大気圏に突入する奴なんだ。そのちっぽけな心意気に胸を打たれました。テイルス殿を表彰します。2025年3月17日。テイルスのちっぽけな心意気応援隊隊長ふかづめ。
ソニックの為にちっぽけな命を懸けるテイルス。
ソニックは…、まあ今回に関しては持ち前のよさは掻き消えていたけど、それはしょうがない。そういうプロットだもん。マースデンぐったり事変によって早とちりして激昂してテイルスに八つ当たりした挙句ナックルズの制止を振り切ってひとりで暴走する。
だけどシャドウにとどめを刺す直前に「ハートが大事」とかいうマースデンの言葉を思い出し、急遽ハートを大事にしはじめてシャドウと和解、ナックルズにも正式に謝罪して「やっぱりチームってええね」となり、今まで以上の結束力で絆を再生さす。そんな物語だからさ。
でもテイルスには謝罪してないけどな。
テイルスにも謝ってくれ、ソニック。頼む。
おまえが大気圏に落ちて燃え始めてたとき、いの一番に助けに来てくれたのはテイルスやねんぞ。あんなひどいこと言われたのに。その事実を知ってか知らずが、なにをおまえ、「あんときごめんな」なんてナックルズだけに謝って大団円然とした顔してんねん。チャンチャン♪然とした顔すな。
テイルスにも謝ったってくれ頼む。
テイルスには謝ってないのに「やっぱりチームってええね」やあるかぇ。両方に謝ってはじめて言うてええセリフを片方にしか謝ってないのにすぐ言うて…。
テイルスにも一言謝ってくれ。
◆もう小津◆
評の前章では、シリーズコンテンツとして楽しんだがゆえにシリーズコンテンツとしての感想を書きすぎてしまったため、最後は少しだけ映画論めいたお話をしたいと思います。
本作の語り代はただ一点。映画的な狙いとして、全編これ鏡のモチーフが通底した作品になってございます。
すべてが表裏一体となった作品だよ。
まず、わかりやすくソニックとシャドウ。シルエットがほぼ同じで、目につく違いといえば色味。これまたわかりやすくシャドウは赤と黒の配色でデザインされており、さしずめ赤は怒りで黒は影といったところで、では誰の影か、まあソニックの影なんでしょう。実際、家族も仲間もいるソニックとは対照的な境遇に身を置くシャドウは“幸せになれなかった世界線のもう一人のソニック”とも言えるわけだが、ここが本作のおもしろポインツ、陰と陽ともいえる両者を並行的に対比/対立させるシナリオではなく、シャドウを追跡するうちにソニック自身がその影に呑まれ闇堕ちするというツイストがよく利いておりました。
だからこそ二人が和解するクライマックスは、―ここはシャドウの回想シーケンスでのロケーションともうまくイメージを重ねておるわけですが―、白と黒のコントラストが際立つ月面での背中合わせ(対称構図)…という綺麗なメタファーによって、いわばソニックの中にもシャドウのような一面があり、シャドウの中にもソニックの一面があるわけで、これって別に矛盾しねーじゃん、この世には陰キャも陽キャも存在せず、誰しもが両方の性質を含み持ち、バランスとって毎日がんばって生きてんだからそれでいーじゃん、無いものを受け入れろよ、もう一人の俺はすぐ後ろにいんじゃん、背中合わせなんじゃん、つーことが、文字にするとまどろっこしいが視覚的/直観的にパッとわかるように表現されている。
それが証拠に、このあとふたりは手と手を取り合って地球を救うべく大暴れするのだが、かかるアクションシーンにおける動態が一致/反復/対称化している。つまりソニックはシャドウで、シャドウはソニック。
2人で1人だけど、この1人こそが2人。
鏡のモチーフをここまで突き詰めた作品って、最近にしちゃあ珍しいよね。小津安二郎かよ。
もうどっちがどっちやら。
さらに言うなら、怒りに支配されるソニック=復讐のシャドウだけでなく、ロボトニックと祖父トニックもアナロジーの対象。これに関してはジム・キャリーによる一人二役ということが何よりも雄弁に物語っているでしょう。何かを。
ここまでくると先に述べた「シナリオのフォーマットが前作と同じ」というのも、ことによると意図的なのかも…なんて邪推のひとつでもしたくなるおれもまた、しょせん人の子。
余談だが、このクライマックス。宇宙戦艦から地球に向けて発射された地球全体絶対破壊キャノンの軌道を逸らすべく、艦内のチームソニックと共闘したロボトニックが力一杯に舵を切り、キャノン砲がぎりぎり地球をかすめると「どうだ、私のお陰だあ!」と鼻高々に叫んだロボトニックが、直後、逸れたキャノン砲が地球のすぐ横の罪なき惑星を滅ぼした途端、チームソニックに対して「おまえ達のせいだぞ!」と掌返しで他責するシーン。おれはカラカラと笑いながら「これも表裏一体…」と達観した。
そんなわけでシリーズ3作目。
まだまだ続ける気なんだろうな。エンドロール後のおまけ映像ではエミー・ローズまで出てきてもうてよぉ。楽しくなりそうではあるけれどもさ。
でも、続ければいいと思う。興収は伸び続けてるし、今回のシャドウ役だってキアヌ・リーブスが担当するほどで、あれよあれよという間に看板がでかくなっていく感覚が楽しんだよな。
調子がいいときは調子に乗るべし。
エミーちゃん、来た~~~ん!?
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