シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

ザ・フラッシュ

バットさんだっ! やったあ~~~~!


2023年。アンディ・ムスキエティ監督。エズラ・ミラー、マイケル・キートン、サッシャ・カジェ。

バットマンがフラッシュを電気椅子で半殺しにする中身。


よしゃ、元気もりもりでやるで~。
先日、当ブログのフィクサーであるサク君からクレームがきました。
「最近、前書きが長いぞ。どうでもいい戯れ言をタラタラと。あまりに長いと、映画評が読みたくて来てくれた一見さんが『いつ始まるの、映画の話…』って、読めども読めども戯れ言ばかりで、スクロールするほどに魂が摩耗されるんだぞ。もっと要点を絞って、簡潔に書きなさい。おまえはカーニバルが終わっても踊り続ける猿ですか」だって。
叱られちった!!!!
誰がカーニバルが終わっても踊り続ける猿やねん。
まあ、でも反省することにしました。
要点しぼろ。
考えて、簡潔に書こ。

そうそう。数日前、おれが使ってた伝説の0円スマホが潰れました。まだ2年ぐらいしか使ってないのに、急に潰れた。さすが0円。そうこなくっちゃ。
ほんで携帯ショップに行ってんけど、店員さんの説明が長大すぎて、結局3時間ぐらい掛かってようよう新しい機種をゲットしたのよ。疲れたわ~。
難儀だったのは、なんかようわからんけど潰れたスマホから新しいスマホにデータを移行する作業と、グーグルアカウントのパスワードがわからなくて右往左往したこと。
機械のことは全くわからんから、店員さんの説明はほぼ聞いてなかった。長大すぎたし。
なにひとつ理解しないおれに、店員さんは噛み砕いて説明してくれたわ。
なんか、「無事にデータ移行できるかどうかは博打」ってことと「グーグルアカウントのパスワードがわからなかったら詰み」やねんて。博打? 詰み?
むちゃむちゃやんけ。
だから、おれは願ったよ。ただただ願った。そしたら店舗BGMから「愛をとりもどせ!!」が結構な大音量で聴こえてきた。思わずちょっと笑ったけどな。
なんでクリスタルキングやねん。
おれ「北斗の拳ですやん」
店員「ああ、お好きなんですか?」
おれ「レイが好きですよ」
携帯ショップの店内BGMで『北斗の拳』は絶対ちゃうやろ。ハードロックやぞ。でも『北斗の拳』は大好きだから、うれしい!
でも、おれ達が手続きしてるテーブルのすぐ真上にスピーカーがあったから「愛をとりもどせ!!」をモロに浴びる形になるのよねぇ。すぐ近くにスピーカーあるから。
ていうかうるさいな。
だんだんイライラしてきたわ。「YouはShock!」やないのよ。店員さんの長大な説明が、マー坊とムッシュ吉﨑の声に掻き消されてんねん。部分部分で。
そんなこって「愛をとりもどせ!!」を聴きながら、おれは必死でパスワードを思い出し、店員さんはデータ移行作業をしてくれたんだけどさぁ。
なんなんこの状況。
何ショップなん。本当にここ携帯ショップか?

「俺との愛を守る為 おまえは旅立ち
明日を見失ったー!」

パスワード見失っとんねん。
ばか。

「微笑み忘れた顔など 見たくはないさ
愛を取り戻せー!」

データを取り戻してほしいねんけどな。

結局、パスワードは永遠にわからずじまいで新しいアカウントを作るはめになり、データ移行は失敗に終わりました。
「取り戻せてへんやん。愛も何もかも」ゆうて、店員さんとけらけら笑った。
くそみたいな一日だったな☆
そんなわけで本日は『ザ・フラッシュ』です。



◆速い映画について考えたよ◆

 最も速い映画とは何だろう。
「速い映画」というワードを脳内検索エンジンにかけて真っ先に出てきたのは『椿三十郎』(62年) における三船敏郎と仲代達矢の決着シーンなのだが、「本当かな?」と思って改めて観返したところ、えらいもんで、さほど速くなかったんだよな。記憶とは恐ろしいもんだ。両者が間合いに入った状態での睨み合い(遅延的サスペンス)が緊張感を醸しすぎたせいで、その直後のビュッと斬りあう動作が実際よりも速く映った(かのように脳が錯覚する)というカラクリ、ザッツオールだったのだ!

では『狼たちの午後』(75年) の冒頭シーンはどうか。
長方形のギフトボックスを抱えて銀行の窓口に立ったアル・パチーノが、やおら箱の中から散弾銃を取り出す、わずか0.6秒ほどの身振り。おれが生まれて初めて“映画を観た”記念碑的体験として折に触れて語ってきた名シーンならぬ名瞬間だが、これもイマイチだ。
なんとなれば、箱から銃を取り出さんとするアルパチの動作が一瞬だけ愚図つくためである。その際、梱包用のリボンが銃身にフワッと絡みつき、忌々しそうに「リボン…くそォ!」とリボンを振りほどくアルパチの焦燥感に駆られた癇癪の面持ちを見たまえよ!
わずか0.6秒。この刹那のなかに、今まさに銀行強盗をしようとする主人公が、無計画で小心者で、おまけに癇癪持ちのポンコツ男であることをアル・パチーノは“演技”した。ゆえに私は「映画史的0.6秒」と称してこのショットを陶酔の対象として久しいのであるが、目下本稿にて俎上に載せている「速い映画」という論点からいえば、むしろ遅ェだろ。わずか0.6秒の中に主人公に関する多彩なキャラクター情報を圧縮しているため、この0.6秒は“永久に引き延ばされた一瞬”という意味において「映画時間の延長」とも言えるからだ。


そもそも「速い映画」とは何だろう。
まずもって、普段われわれが過ごしている“実時間”と、スクリーンの中で流れゆく“映画時間”はまったくの別物である。
…と聞いて、ほとんどの読者は「そらそうだろ。んなこたぁ分かってるよ」と思っただろう。
分かってねえ。
お約束だ。深く考えず「んなこたぁ分かってるよ」と思うこと自体がなにも理解してないことの傍証なんだよなああああ~。
まず、先に説明した『狼たちの午後』における伝説の0.6秒を理解して頂きたい。頭で理解してもあまり意味はないが、何も理解しないよりはマシだろ。とりあえず頭で理解してほしい。話はそれからだ。
いいか、こっから先はポンポンいくぞ?
つまるところ「映画の速さ」とは、ただ「運動の速さ」だけを指すのではない。
瞳の攪乱だ。
クソめが…。説明してたら日が暮れる。
要するに、実映画時間−時を忘れる被写体の動態×24コマの閃光=瞳の攪乱である。
ワケわからんか?
奇遇だな、オレもだ。
かっ飛ばしてるんだ。なんせこのあと『ザ・フラッシュ』の話をしなきゃいけない。「映画における時間とは?」なんて話をイチから懇々としてる暇なんてねえ。ワケなんか分からんでよろしい。
で、なんだかんだ思案してオレは結論した。

最も速い映画とはハワード・ホークスだろうと。ありがとうな。

『赤ちゃん教育』(38年) のラストシーンで、古生物学者のケーリー・グラントが長年にわたって組み立ててきた恐竜の骨格標本がキャサリン・ヘプバーンのおっちょこちょいによって全壊してしまう急転直下の結末。あるいは『ヒズ・ガール・フライデー』(40年) のロザリンド・ラッセルが、女らしいと言うべきか男らしいと言うべきか、スカートの裾を押さえながらヒールで街を全力疾走して情報主にタックルをかます、ガッツ溢るるハードアクション。『リオ・ブラボー』(59年) での銃の受け渡しは…コレはいろんな評で語ってるから、もういいか。
じゃあさ! じゃあさ! 『赤い河』(48年) でインディアンの夜襲に遭ったモンゴメリー・クリフトがライフルの狙いをさだめて敵を何人か始末したあと、隣りでべらべら喋り続けるジョアン・ドルーの方を「喋ってないで装填しろよ!」と言いながら振り返ったところ、彼女は矢で肩を射抜かれ負傷しており、その心配をかけまいと、あえて普段通りに長広舌のピエロを演じることでモンゴメリーを戦闘に集中させていた…ということに瞬時に気づいたときのモンゴメリーの顔つきの変わりようは?
つまるところ速い映画とはそういう事なのだ。

…と、かように「映画における速さ」について再考のきっかけを与えてくれるほどには『ザ・フラッシュ』はノロくてダルくてアクビが止まらないジェットコースター・ムービーだった。
よかったところも沢山あったけどね。



◆フラッシュの悪口を言ったよ◆

 いつも通りの朝。エズラ・ミラー扮するバリー(フラッシュ)が喫茶店でサンドイッチを作ってもらっていると、アルフレッド(バットマンに仕える執事)から病院を襲った悪党一味を捕えよとの緊急指令が入ったため、超スピードでスーツに着替えて病院に向かうべくクラウチングスタートの姿勢に入った途端、通行人の女性から「フラッシュでしょ。大ファンなの!」と呼び止められ、フラッシュともども観客ズッコケ。
そのあと病院に着けば、すでに倒壊が始まった巨大病棟はおもいきり斜めに傾いており、新生児室にいたベイベー数名が空中に放り出されている。
瞬時に機転を利かせたフラッシュは、空中に散らばった瓦礫から別の瓦礫へと跳び移り、すさまじい速さで“複数のベイベーが同時に助かるピタゴラスイッチ”を完成せしめた。例えばそう。ベイベーAにむかって大量のメスが降り注げば、ビリヤードの要領ですべてのメスを弾きうる角度からモノを投げてみる。あるいは、今まさに業火に包まれそうなベイベーBを、近くにあった電子レンジの中に放り込んで一時的に炎から守る。さらぬだに、かかる救助活動を光の速さでおこないながらも、複数のベイベーがばらばらにならないよう全員を紐で数珠繋ぎにして手術台に固定し、見事無傷のまま全ベイベーを救出せしめる。
物語内時間にしてわずか3秒ほどの出来事だろうか。なんたる空中救助劇。
このファーストシーンが本作の“掴み”になっている。つまりフラッシュの速さを体現したパワーシーンだ。



でも15分ぐらいあるのよ、このシーン。
本末転倒もええとこやで。
もう結論から言ってしまうな。

遅ぇよ。

本作の上映時間は144分。そして掴みのファーストシーンだけで15分も使ってる。
“めちゃくちゃ速いヒーロー”を表現したすぎて、結果的に“映画進行がめちゃくちゃ遅くなる”という皮肉な逆説。
しかもこのベイベー救出劇…最初から最後までハイスピードカメラで撮影されてるからね。つまり超スローモーション。スローモーはここぞってときに使うから効果的なのに、このシーケンスではスロー映像を延々と見せられる。
ノロい。だるい。アクビが止まらん。
もちろん製作側の意図はわかるよ。フラッシュは音速男。あまりに速すぎるがゆえに、常人=観客の目には却って遅く見える。だからこそ、あえて“遅さ”を徹底的に表現することで「すげぇ遅え! てことは…すげぇ速え!」って思わす作戦なんだよな?
ここが映画の罠です。
“速すぎるがゆえに遅く見える映像表現”だと意味は伝わっても感覚には伝わらん。
「すべてがスロー。てことは、それだけ速いんだろうな」って意味は伝わる。頭では理解できる。でもそれは“理屈”だ。ただの理屈。残念だが映画は“感覚”なんだ。速すぎて逆にスローなんてやっても意味ねーよ。視覚のうえでも皮膚感覚のうえでもまっすぐ遅えよ。そりゃそうだろ。現に遅いんだから。15分も使ってんだから。
監督のアンディ・ムスキエティは、“速すぎる”の映画的表現にひとつの解答を叩きつけた痛快作としての『ソニック・ザ・ムービー』(20年) を「タダの娯楽作」として楽しみ、その金脈の価値を見落としたのだろう。おなじ“音速ヒーロー”という共通点から『ソニック』を(資料的に)鑑賞しない理由はないからな。
もし未見であれば、それはそれで大バカだろ。

比較論は好かんから多くは語らんが『ソニック』は99分にまとめ上げていた。評のなかでも「90分台の壁」という言葉を使って、いかに“ソニックの速さ”が“映画の速さ”に集約されるかという持論を展開したように、フラッシュもまたフラッシュという音速ヒーローである前に“映画”という時間芸術の媒体に閉じ込められた操り人形に過ぎない…ということを弁えぬままキャラクター・オリエンテッドな映画を作ってしまったのだろうなあ!!!
たとえば本作のストーリーは、あまりに速すぎるフラッシュが全力疾走をしていると時空を超えて過去にすら逆行できるという能力に気づき、かつて強盗に殺された母の運命を変えるべく平行世界の過去へと渡ってバッドエンドを覆す…というタイムリープものなのだが、それこそ時間芸術たる映画の恩恵に浴した最たる題材じゃん。
きわめつけに映画中盤は(MCUやDCEUの病理とも言える)くだらないダイアローグによる中弛みの嵐。
どこが「フラッシュ」なんだと。
音速ヒーローを標榜してるなら無駄口叩かずチャチャッと魅せてパッと終わってみせろよ。



◆バットさんを応援したよ◆

 まあ、グチャグチャ言いましたけどね。なぜ私が今回『ザ・フラッシュ』を観たのかというと、公開前のトレーラーでバットマンの登場シーンに「はぅあ!」と吃驚したからなのですョ!
もちろんDCEUにもバットマンは登場する。だが、それはベン・アフレックが演じる“今のバットマン”だろ? あるいは2021年にロバート・パティンソンがバットマンを演じた『THE BATMAN-ザ・バットマン-』なんて映画もあったし、その前には『ダークナイト』三部作でクリスチャン・ベールもバットマンを演じていた。

あんま興味ないのよねぇ…。

聞いてもらおうか。おれは小学2年生のクリスマスプレゼントにバットマンの基地(バットケイブ)とバットモービルのラジコンカー、それにバットマンやロビンのフィギュアを買い与えられた。海外製の玩具だった。いま思えば『バットマン & ロビン Mr.フリーズの逆襲』(97年) の公開に合わせた輸入品だったのだろう。
その際、VHSでバットマンの映画も見せられた。ティム・バートンが監督した『バットマン』(89年)『バットマン リターンズ』(92年) 、およびジョエル・シュマッカーへと引き継がれた『バットマン フォーエヴァー』(95年)『バットマン & ロビン Mr.フリーズの逆襲』(97年) である。
脳から何かがほとばしるほど格好よかった。
あまりに格好よすぎて、当時小学生だったおれはバットマンのことを「バットさん」と敬称で呼び始めた。バットさん四部作のなかでも特にお気に入りだったのはティム・バートンが手掛けた最初の2作である。そこで主演を務めていたのがマイケル・キートンだった。
そのマイケル・キートンが『ザ・フラッシュ』でバットさんを演じたのだ。
「I’m Batman.」



本作でフラッシュが向かった過去はパラレルワールドである。そこでのバットマンは、現行のベン・アフレックでもなければロバート・パティンソンでもクリスチャン・ベールでもなく、いわんやヴァル・キルマーでもジョージ・クルーニーでもアダム・ウェストでもロバート・ロウリーでもルイス・ウィルソンでもなく、マイケル・キートンだったのだ。バットモービルもバットシグナルもティム・バートン版準拠の、あのデザイン。
26年前に憧れたキートン版バットマンが、令和のいま、スクリーンに…。
泣いた。
…と言いたいところだが、そりゃウソだ。
泣いてない。
泣くことさえ忘れるほどに、御年70歳のキートン版バットマンは(スタントダブルを使ってるにせよ)圧倒的な身体能力と遊泳術に長けた戦い方で老将ならではの立ち回りを披露しており、只々その風格に見惚れっぱなしの映画中盤を私は過ごすことができてんで?
もう『ザ・フラッシュ』でも何でもねえよ。
『バットマン』だよ。
おれにとって『ザ・フラッシュ』は実質『バットマン』。
この記事のタイトルも…『ザ・フラッシュ』になってるけど『実質バットマン』に変えたろかな。
たとえば、ロシアの軍事基地に閉じ込められていたスーパーマンが実はスーパーマンではなくてサッシャ・カジェ演じるスーパーガールだったとか、フラッシュが幻視した平行世界ではクリストファー・リーヴ版のスーパーマンとヘレン・スレイター版のスーパーガールのツーショットがCGで実現されてたりとか、さらにいえば監督ティム・バートン×主演ニコラス・ケイジで製作されるはずだった『スーパーマン・リブズ』の幻が(これまたCGで)叶えられてたりだとか、本当の意味でDCファンを楽しませる数々の演出でさえ些事に思えるほど、おれにとってはキートン版バットマンの復活がうれしかったのだよね~。



 余談だが映画鑑賞時、おれの前列には黒人4人組ニキがポップコーンをもりもり頬張っては「ヤー」とか「ヨ~」などと意味不明語を発しており、後列には初々しき高校生カップルが慎ましやかに映画を見ていた。最初こそおれは「うるせえな、この4人組ニキ。後列にいる高校生カップルの礼儀正しさを見習えよ」と思っていたが、バットマン登場シーンに至っておれ、ニキたちと共鳴するように…

4人ニキ「ヨォ~~~~ゥ!」

ふかづめ「やったあ~~~~!」

カップル「…………」

って感じになっとったな。
うら若き高校生カップルは、マイケル・キートン扮するバットマンを見て「このお爺ちゃん誰ー」という顔をしていた(まあ、おれの後列にいたから顔なんて見えちゃいねーんだが)。
対して4人ニキ、「バートン! キートン! バートン! キートン!」と大喜び。ポップコーン、ぶぅわ~撒き散らかして。おれも負けじと「やっとキ(来)-トン! マイケル・キートン! やっとキートン! マイケル・キートン!などとのたまい、その様はあたかも『うたの☆プリンスさまっ♪』の応援上映回。行ったことねーけど。
ほんで、うら若き高校生カップルだけが「これ誰ー」

そんなこんなでラストシーンですわ。平行世界にいたバリーがやっとの思いで元居た世界に帰ってこれたかと思えば、彼を出迎えたブルース・ウェインがなんとあの人だった…という大オチ。
「なるほど、その手があったか」、「ていうか、よく実現したな」、「サービスとパロディとテリングの三位一体っ」の思案渦巻く私の感情をよそに、前列の黒人ニキたちは「ヤッタァアアアア!」と絶叫し、後列の高校生カップルは例によって「これ誰ー」フェイス。
その狭間で、オレはぐちゃぐちゃになりました! うれしかった!!!

私の後ろで見ていた高校生カップルのようす(予想)。

 そんなわけで本作。
DC映画はDC映画でもDCEUから入ったDCZ世代や、バットマンと聞いてすぐ『ダークナイト』を連想するショーモナイトたちには、リドラーの服の模様よりも多い「?」が頭に飛び交うだろう。
でも、まあ…“知らない人”に不親切な映画ではあるよね。昨今のアメコミ映画において深刻化している自閉的なまでの内輪ノリ、およびノリの強要…とまでは言わないまでも、ノリを知らないとノれないコードの複雑化。
かく言うおれも、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85年) の主演は当初エリック・ストルツだったが撮影中に役を降ろされマイケル・J・フォックスに取って代わられた…なんて裏話を知らなかったから、バリーが迷い込んだ平行世界の『BTTF』ではエリック・ストルツがマーティ役だったので映画談義に齟齬が生じる…というギャグの意味がいまいち分からなかった(そもそもオレは『BTTF』を激しく憎んでいるので、どうせ分かったところで楽しめなかったとは思うが)。

 とはいえ“バットマン最新作”としては大いに楽しみました。イェイ。
あとスーパーガール役のサッシャ・カジェがいいよね。初登場シーンなんて『28日後...』(02年) のゾンビみたいにぽきぽきしてたのに、そのあとスーツを着たときの格好よさったらない。憂いを帯びた瞳とウェッティな黒髪ショートが、子供らしさの中にもスーパーな色気を生み出していたんだよなぁ。
器用にお空飛んで…。

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