シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

この子の七つのお祝いに

岩下志麻は速い。

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 1982年。増村保造監督。岩下志麻、杉浦直樹、根津甚八。

 

ルポライターの母田耕一は、磯部大蔵大臣の私設秘書である秦一毅の身辺を探っていた。だがその矢先、秦の家で働いていたお手伝いが殺されてしまう。手型占いをしているという秦の内妻の青蛾を追う母田は、後輩の須藤に連れて行かれたバーのママゆき子と知り合うが、そのあと何者かに殺害されてしまった。須藤は母田の仕事を引き継ぎ調査を進めるが、青蛾も変わり果てた姿で発見される。やがて須藤は、ゆき子から驚くべき過去を知らされるのだった。(Yahoo!映画より)

 

おはようございます。

洋画一本槍ピープルたちにはゴメンナサイなんですけど、昨日Amazonプライムの「シネマコレクション by KADOKAWA」に無料トライアルしたので旧作日本映画のつるべ打ち現象は当分続くと思われます。

レンタルビデオ店や他の動画配信サービスではほとんど取り扱っていない森一生、三隅研次、増村保造、市川崑などの貴重な作品が見放題なので、これはもう飛びつかない手はないというわけです。

通常のフリートライアルなら14日間無料らしいんですけど、7月16日までなら60日間無料の拡大コースを味わえるらしく、その無料期間のうちに観たい映画を観尽くしてタダ同然でゴールドエクスペリエンス(黄金体験)の恩恵に浴してやろうという大作戦なわけです。

そんなわけで本日は 『この子の七つのお祝いに』

案の定というべきか、日本映画に傾斜した途端にGさんがまったく出没しません。海外映画と海外ドラマばっかりですからね、あの人。西洋かぶれめ!

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もう志麻ちゃんやん

 

通りゃんせ 通りゃんせ

ここはどこの 細道じゃ

天神さまの 細道じゃ

ちっと通して 下しゃんせ

御用のないもの 通しゃせぬ

この子の七つの お祝いに

お札を納めに まいります

行きはよいよい 帰りはこわい

こわいながらも

通りゃんせ 通りゃんせ


あばら屋で寝たきりの生活を送る老いた母親・岸田今日子は、幼い娘に自分たちを捨てた父親を怨め怨めと言い聞かせたあとにこの童歌で娘を寝かしつける…という不気味なルーティーンの実践者であった。

「私が死んだらあの男に復讐しておくれ…」

そう言い残して、娘の七つの誕生日に頸動脈を切って自殺した。その脇には娘とそっくりの日本人形が飾られている…。

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この禍々しいアヴァンタイトルに始まり、トラウマ映画として名高い『この子の七つのお祝いに』増村保造の遺作となった。

増村ほどの前衛作家が最後の最後に角川映画に手を出したことはちょっぴり残念だが、そのお陰でたいへんな珍作を世に残すことには成功したようだ。


東京都内のアパートで女性の惨殺死体が見つかり、ルポライターの杉浦直樹は後輩・根津甚八(以下ジンパチ)と協力して犯人究明に乗り出す。

二人は、被害者の女が大臣秘書・村井国夫の女中であることから村井の内縁の妻・辺見マリ(辺見えみりのリアルマミー)に目星をつける。彼女は怪しげな手相占いで政界を裏から操る「現代の卑弥呼」であり、その何らかの秘密をバラそうとしたために女中は殺されたと推理したのである。

それはそうと、どうやら本作の主人公らしき杉浦直樹はピッチリ10:0分けの中年オヤジだった(以下ジューゼロ)。

ウソでしょ。これが主人公?

え…ウソでしょ?

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ごめん…嫌なんだけど。

10:0でナイわ。華もヘチマもなし。最後までコレを見なければいけないのだろうか…。

ジューゼロは周囲の仲間から「あまり深入りすると今度はあんたが殺されますよ」と忠告されるも「がはは。このジューゼロ、そこまで間抜けではありませんよ!」と一笑に付すほどの自信家である。

しかし、そんなジューゼロだが、雨が降ると全身の関節が痛んで気絶するという持病を持っていた。その苦しみ方が尋常ではなく、のたうち回って「ああああああああ!」と絶叫したのちに失神してしまうような人騒がせな奴なのである。

そんなことで大丈夫か、ジューゼロ。

ある雨の夜。例によってジューゼロが「ああああああああ!」と絶叫して路上でのたうち回っていると傘を差した麗人が優しく介抱してくれた。そう、彼女こそが岩下志麻である!

志ぃぃぃぃ麻ちゃああああん。

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大袈裟に苦しむジューゼロ(しらこい)を心配する志麻ちゃん。

 

志麻ちゃんはジューゼロとジンパチが活動拠点にしているスナックのママだ。もしかして志麻ちゃんが犯人なのかもね~。

瀕死のジューゼロをタクシーで家まで送り届けたあと、目が覚めるまでベッドの傍で看病してくれた彼女の気立ての良さにいたく感動したジューゼロは「好き」とかふざけたことを言ってキスを迫り、志麻ちゃんと一夜を共にした…。

何してけつかる、ハゲこらぁ!

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図に乗りやがって、このハゲがぁぁぁぁ。

 

ここから物語は加速していきます。

警察の調べによると、どうやら女中殺しの犯人は女であるらしい。

この時点でわれわれ観客の頭には「やっぱり志麻ちゃん犯人説」がよぎる。『疑惑』(82年)では疑惑を晴らす側の弁護士役だったが、今回は志麻サイドに疑惑がかけられるというわけか!

さらには、事件の真相を突き止めたジューゼロが性懲りもなく志麻ちゃんとベッドインした翌朝ジューゼロが死体となって発見されたのである。

だはは、死んでやんの!!

え、お死になさった? 臨終あそばされた?

仕事仲間に「深入りすると殺されますよ」と忠告されて「がはは。このジューゼロ、そこまで間抜けではありませんよ!」とか大口叩いてたのに、ご逝去され申した?

おっほ! ドンマイ、ドンマイ。

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10:0で死んでいる。

 

ていうかもう志麻ちゃんやん。

映画はまだ折り返し地点も迎えてないのに犯人ほぼ確定だよ。自宅で志麻ちゃんと寝た翌朝に死体が発見されたんでしょ。じゃあ志麻ちゃんやん。

それはそうと、ジューゼロが退場してくれてホッとしております。こんな人騒がせな10:0分け絶叫オヤジを2時間も見せられるなんて堪ったもんじゃないからな。しかも志麻ちゃんをたらし込みやがって、このド畜生がぁ。毒婦・志麻ちゃんに惚れたのが生死の明暗を分けました。あの世で思う存分に髪を分けてください。合掌。

そんなわけで物語の主人公はジューゼロの意志を受け継いだジンパチへとバトンタッチされます。「ジューゼロ先輩の敵を討つためにも絶対犯人を見つけてやるパチ!」と意気込むジンパチだったが、じつは秘かに志麻ちゃんを恋慕しており、いわばジューゼロとは恋敵。自分の知らないところで愛する志麻ちゃんとジューゼロがねんごろな関係にあったと知ればきっと犯人探しなど早々に打ち切っていたであろう。


ジンパチは、かつて大臣秘書・村井が通っていたバーに手相占い師がいたことを知り、その女が犯人だと確信してバーの元オーナーからその女の学生時代の写真を見せてもらう。

するとそこに映っていたのは志麻ちゃんだった!

もちろんジンパチは「志麻ちゃん!?」とびっくりして大ショックを受けるが、そんなことは分かりきっていた我々観客は別の意味でびっくりする。

志麻ちゃんのセーラー服姿に。

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なんぼなんでもこれはキツいでぇ…。

ベテラン女優、岩下志麻。当時41歳。まさかセーラー服を着る羽目になるとは思ってもみなかっただろう。セーラー服の方もまさか志麻ちゃんに着られるとは思ってもみなかったはずだ。しかもクールな弁護士を演じた『疑惑』と同年に。あの格好いい弁護士役をやった数ヶ月前後にこんな姿になっていたなんて…(だからこそ興奮するのが上級志麻ラーだというのか?)。


事ここに至って、アヴァンタイトルで老いた母親から「父を怨め、怨め」と言い聞かされて育った幼い娘が志麻ちゃんだったことが発覚する。

どうやらこういう事らしい。家族アルバムに貼ってあった父親の手形を研究して手相占い師となった志麻ちゃんは「父は将来大物になる器」と診断して、大親友の辺見マリをスケープゴートとして大臣秘書・村井に嫁がせ、その自宅で各界の大物の手相診断を始めた。この診断を長年続けていれば、いずれ自分と母親を捨てた憎き父が現れるに違いないと考えたのだ。

理屈はわかるけど確率論としてどうなのかしら…と思うような復讐計画である。

そして、自分と辺見マリの秘密を知った女中やジューゼロを次々と殺し、ついには良心の呵責に苛まれた辺見マリをも殺害してしまうのである。


唐突だが、ここで志麻ちゃんの装備および戦闘スタイルを紹介しよう。

彼女が犯行時に愛用するのはカンナ棒。母親が自殺したあとに養母の実家で白菜の芯をくり抜くためによく使っていた道具であり、これを武器に転じて相手の頸動脈をすっぱ切るという戦闘法を独自開発・発展させてきたのである。

頸動脈だけをストイックに狙った美しき志麻…、否、死魔であるが、彼女がこれほどまでに正確な攻撃で3タテを達成したことには一応の根拠がある。『疑惑』のラストシーンでは志麻ちゃんが桃井かおりの顔にワインをぶっかけるシーンがあるが、その際にテーブルの上に置かれたグラスワインを目にも止まらぬスピードで手に取り桃井の顔に浴びせたのだ。この手の動きはDVDをスロー再生しても目視できないほどの速さである。

つまり岩下志麻は速い。

その俊敏な動きは、まるで一瞬のうちに相手の顔面を射抜くボクサー。獲物の喉元を捉えるチーター。そんな彼女がカンナ棒を一振りして頸動脈をすっぱ切ることなど余裕のよっちゃん、お茶の子さいさい、あたり前田のクラッカーなのである。

この美貌にしてこの戦闘力。岩下志麻であります。

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頸動脈スッパ戦法の使い手、志麻ちゃん。このあと共謀者の辺見マリ(左)をすっぱ切りします。カンナで。そんな!


◆真っ赤な夕陽と日本人形◆

ヤケに長い第一章であった。書きすぎた。

やなぎやさんあたりのヘヴィ読者はすでにお気づきだろうが、もう今回は筋紹介と印象論に徹するつもりだ。批評はしない。したところで『疑惑』評みたいなガチ酷評になるだけだから(第一、角川映画などマジメな批評に堪えうるものなのか?…というナメが私サイドにあるので)。

それでは続けます。いよいよ映画も大詰め。


ジンパチが志麻ちゃんの正体を知ったころ、志麻ちゃんもまた父親・芦田伸介の身元を特定して会う約束を取り交わす。そこで芦田に復讐のカンナ棒を喰らわせるつもりなのだ。自慢のスピードで。

いち早く芦田に接触したジンパチは同伴の許可を得、待ち合わせ場所のあばら屋を訪れる。幼少期の志麻ちゃんが母親と暮らした廃屋だ。

そこにはすでに臨戦態勢の志麻ちゃんが待ち構えており「ウチの間合いに入った瞬間、カンナ棒ですっぱ切りや」と殺意を剥き出しにしていたが、父・芦田は「真実を話さねばならん…」と言って静かに過去を語り出した。

その話によると、どうやら芦田は幼い志麻ちゃんを捨てたわけではないらしい。

芦田と妻・岸田今日子のあいだに生まれた娘は生後間もなく死んでしまい、その悲しみから気が狂った今日子に命の危機を感じた芦田は多額の手切れ金を残して生き別れの妻のもとに走る。その元妻とのあいだに生まれたのが志麻ちゃんだったというわけだ。

自分の子を失ったうえに芦田にも逃げられた今日子は、芦田家からベイビー志麻ちゃんを誘拐して「父親を怨みなさい。私が死んだらあの男に復讐してちょうだい」と言い聞かせながら我が子のように志麻ちゃんを育てて復讐鬼に仕立て上げた。そして志麻ちゃんが7歳になった日に自殺したのである。


事の顛末を聞かされた志麻ちゃんは半狂乱と化すが、まぁ無理からぬこと。母親だと思っていた今日子はアカの他人で、しかもクレイジー。そんな女のために人生を捧げて多くの人間を殺害してきたのだから!

このクライマックスが強烈な印象を残すのは、まず夕陽に染まった真っ赤なあばら屋。

そして正気を失った志麻ちゃんがアヴァンタイトルで今日子が歌っていた「通りゃんせ」を口ずさみながら部屋のなかを虫のように徘徊するシーンである。

この日本的なおどろおどろしさを助長するのはアヴァンにも登場した日本人形。幼少期の志麻ちゃんとそっくりの日本人形は今でもこの部屋に飾られており、その絵解きをする如く「キミは人間じゃない。人形だ…」とジンパチが呟く。つまり志麻ちゃんは今日子の復讐に利用された操り人形に過ぎなかったのだ。

このようにして物語は綺麗にまとまっていくのだが、どきどきしながら見入っていた私の集中力を寸断したモノがひとつだけあって、それは芦田と今日子のあいだに生まれた娘が生後間もなく死んでしまった理由。


芦田「あの子は…ネズミに顔をかじられて死んだのだ」

 

ネズミに顔をかじられて死んだん!?


芦田「なんなら喉も食いちぎられた」


なんなら喉も食いちぎられたん!?


なにこの呑み込みづらいトンデモ死因。

これを聞いた志麻ちゃんは「そんなウソみたいな話あるわけないじゃない!」と疑ってみせるが(尤もだ)、芦田は「戦後間もないあばら屋なんだ…、そういうネズミが出ても不思議はないさ」と言って顔かじりネズミの存在に信憑性を持たせるための反論に出る。

まぁ、そんなやり取りはどうでもいいのだが、とにかく「ネズミに顔をかじられて死ぬ」というワードが私の笑いのツボに入ってしまって。緊迫のクライマックスだというのにカラカラ笑ってしまいました。

もっと呑み込みやすい死因なんて幾らでもあるじゃんかいさー。何故よりによって「ネズミに顔をかじられる」を採用したのだろうか…。

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気が違って「通りゃんせ」を歌い続ける志麻ちゃん。

 

◆恐怖の英才教育◆

そんなわけで、最後の最後でこの私から笑いを取った『この子の七つのお祝いに』。物語的にはミステリだが、どうやら世間的には「トラウマ必至の恐怖映画」として認知されているらしい。

そのホラーテイストを一手に担っているのがクレイジーマミーの岸田今日子。小津安二郎の遺作にして志麻ちゃんの主演作でもある『秋刀魚の味』(62年)をはじめ、『砂の女』(64年)『犬神家の一族』(76年)でも知られる名バイプレーヤー。ムーミンの声を当てていたことでもお馴染み。

その岸田今日子がねっとりした気持ち悪さを見せつけるンである。

芦田が元妻と会っていることを見抜いた今日子は「わたし、知ってるんだからね。げふげふげふげふ」と気が違ったように笑い転げ、夜な夜な布団から起き上がっては豆腐や大根におびただしい数の縫い針をプスプスプスプス突き刺しながら「殺してやる殺してやる殺してやる殺s…」と呪詛の言葉を唱える。

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ベクトル間違えまくりの針供養。プスプスプスプス。

 

そして芦田と元妻の娘…すなわち志麻ちゃんをさらって来てからは今日子の英才教育が本格始動!

アルバムを開いてフォトウェディングを娘に見せた今日子は「今はいないけど、これがお前の父さんよぉ~~う」と言った次の瞬間に父の顔の部分をプスプスプスプス! 縫い針で突く。縫い針の申し子か、このババア。

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今日子の高速突き。プスプスプスプス。

 

また、芦田から多額の手切れ金を受け取ったにも関わらず、わざと貧乏を演じて「こうなったのは父さんが私たちを捨てたからよぉ~~う」と幼い志麻ちゃんに父への憎悪を植え付ける。

トドメは熱した鉄を娘の頬に押し当てて根性焼き、「この痛みは母さんの痛みに比べればなんてことないんだからねぇ~。ぜんぶ父さんのせいだからねぇぇぇぇい?」と高度な理論を展開。将来、志麻ちゃんが頬の焼痕を鏡で見るたびに父への憎悪を思い出すというメカニズムを仕込むのであった。

そして毎晩、娘の耳元で「父を怨め怨め…」のルーティーン、ついには自ら頸動脈を切って自殺することで決定的なトラウマを植え付ける。のちに志麻ちゃんは頸動脈すっぱ切り女と化すので、今日子の自殺スタイルが志麻ちゃんの戦闘スタイルへと受け継がれて独自発展を遂げたことになる。

とんでもねえな、このババア。まさに完全なる飼育。なんたる洗脳教育。

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娘の頬に根性焼きをカマす今日子。


どこぞのレビュアーが指摘していたことの受け売りだが、本作の特徴は「金田一耕助に当たるキャラクターがいないこと」。好いこと言わはるわぁ。

確かにそうなのである。ハゲのくせに金田一気取りで謎に迫ったジューゼロはあっさり殺害され、その弟子・ジンパチには画面や物語をさらうだけの器はなく、いわばジューゼロの死によって半ば自動的に主役格に繰り上がっただけの据え膳の半可通。

この金田一不在のミステリゆえに『この子の七つのお祝いに』狂気の無法地帯と化し、狂いまくりの今日子と殺しまくりの志麻ちゃんが「やっひー」などと喜びの奇声をあげながら跳梁跋扈するのである。

『疑惑』に比べれば幾らか映画的なショット、カットもあり。楽しい映画でござんした。

 

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