シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

ドクター・スリープ

こりゃネムター・スリープだ。

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2019年。マイク・フラナガン監督。ユアン・マクレガー、レベッカ・ファーガソン、カイリー・カラン。

 

40年前、狂った父親に殺されかけるという壮絶な体験を生き延びたダニーは、トラウマを抱え、大人になったいまも人を避けるように孤独に生きていた。そんな彼の周囲で児童ばかりを狙った不可解な連続殺人事件が発生し、あわせて不思議な力をもった謎の少女アブラが現れる。その力で事件を目撃してしまったというアブラとともに、ダニーは事件を追うが、その中で40年前の惨劇が起きたホテルへとたどり着く。(映画.comより)

 

はーい、どうもねー。

先月マンションのオーナーからマスクを頂戴した。こんな便所のダメ虫にも劣るチンピラゴボウに何たる心遣いか。ポストに入っていたので遠慮するわけにもいかず、いまは神棚に飾ってゐます(大事に使うつもり)。

その数日後、エントランスですれ違ったおじさんに「先日はマスクありがとうございました。飾ってます」とお礼を述べると「いえ、僕じゃないですけど…」と言われた。住人かい。

同じく先月、近所のスーパーでよく会うおばさんからウェットティッシュを頂戴した。こんなシミだらけの心をチェーンで繋いだ人間刑務所ごときに何たる心遣いだろうか。「まずは自分の心配や。絶対人にあげたらあかんで!」と言われたので、いまは神棚に飾ってゐます(大事に使うつもり)。

「まずは自分の心配や」と言いながらこんな私の心配をしてくれるなんて、なんて格好いい矛盾の仕方なんだ。人の思いやりが心に沁みると同時に、果てしなく申し訳ない心持ちにもなるん。

そんなわけで本日は『ドクター・スリープ』ね。最初に自白しておくと真面目に書いてないです。 

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◆キングファーストがすごい◆

控えめに見積もってもスタンリー・キューブリックの100分の1程度しか才能を持たないマイク・フラナガン『シャイニング』(80年)の続編を作ると聞いたとき、私は「もうバカ」の四文字でこの件を鮮やかに片づけてしまった。

だが、そのあと主演がユアン・マクレガーと知り「まくれるの!?」と過剰反応。そのお陰で“『シャイニング』の続編として”ではなく“ユアン最新主演作として”本作に臨むことができたのであるるるるるうrr。

当ブログにおいては私が熱心なマクレガリストであることは皆までユアンでの共通認識かと思うが、結果的にユアン目当てで鑑賞に臨んだことは、この『ドクター・スリープ』と名のついた『シャイニング』の続編を観るうえで何ら妨げになるものではなかった。なぜならこれがキューブリックの様式美が凝結したホラー映画の金字塔『シャイニング』とは何ら関係のない映画に仕上がっていたからである。

 

本作は呪われたホテルで斧オヤジに殺されかけた超能力少年ダニーの40年後を描いた作品なので物語としては『シャイニング』の地続きになっているが、監督のタッチといい映画のルックといい、まったく別モノの作品として作り替えられていたのだ。

もともと原作者のスティーヴン・キングはキューブリック版『シャイニング』に批判的で、テレビシリーズ版『俺のシャイニング』(97年)では「本当のシャイニングはこうじゃあー!」とか言いながら自ら脚本を手掛け(その2年後にキューブリック死去)、2013年には小説『The Shining』(77年)の40年後を描いた『Doctor Sleep』(13年)を出版。それを映画化したのが今回の『ドクター・スリープ』なので、いわばキューブリック版のレガシーを継ぐことなく、もっぱらキングファーストで作られている。

キングファースト…原作者スティーヴン・キングの意思を最優先していこうという日和った姿勢。

だもんでサイキック・バトル・エンターテイメントになっとったわ。

今に始まったことではないが、超常現象に満ちたキングの小説はえてして映画化した途端にマンガのごとき荒唐無稽に陥りがちである。キングの小説は映画にするとマンガになるのだ。『地獄のデビル・トラック』(86年)における地獄のデビル・トラックとか、『IT』(90年)におけるITとか(あの蜘蛛ね)。

それです。

今回もその系譜です。“シャイニング”と呼ばれる特殊能力を持つサイキックたちが鼻血噴きながら他人の頭の中に入り込んだりテレパシーでお喋りしちゃう…といった大味極まりないハリウッド大作『ドクター・スリープ』。ポップコーンが進むわー。

f:id:hukadume7272:20200421095743j:plainシャイニングごっこに興じてみるユアン。

 

気になるあらすじを紹介しちゃう。

オーバールックホテルの惨劇を生き延びたダニー坊(以下ユアン)は、その後ママンを亡くし、シャイニングの能力に苦しめられながら馬齢を重ねた。中年になった現在は酒浸りの生活を送っていたが、フロリダからニューハンプシャーに越し心機一転、ホスピスで働く傍らアルコール依存症の自助グループに入って穏やかな日々を過ごしていた。

一方、レベッカ・ファーガソン率いる吸血鬼たちの自助グループ「トゥルー・ノット」が各地の子供たちを拉致殺害しては「スチーム」と呼ばれるあくびみたいな生気をうまうま吸っていた(これを吸えば力が漲ってイイ感じになるらしい)。

そんなレベッカが「どこで壊れたのohフレンズ」などと歌いながら惨たらしく子供を殺害した現場をたまたまシャイニングで幻視した霊感少女カイリー・カランは、テレパシーでユアンに接触を図り「あなたが誰か知らないけど、私たちでトゥルー・ノットを倒さなくてはダメよ」と協力を仰ぐが、ニューハンプシャーでぬくぬく暮らしていたユアンは「いま禁酒生活してるんだから話しかけないでよね!」と取り付く島もなし。そんなことユアンで…。

その後、三顧の礼をもって彼の心を変えたカイリーは「ダブル・シャイニー」っていうサイキック・アイドル・ユニットを結成し、ユアンと力を合わせてトゥルー・ノットに立ち向かいます!

どこが『シャイニング』の続編なんだ。

f:id:hukadume7272:20200421095244j:plain吸血鬼自助グループの長、レベッカ・ファーガソン(左)。フレンズを集めます。

 


レベッカの「フレンズ」です(Youtubeです)

 

ユアンの禁酒日記です!

ご丁寧にもシェリー・デュヴァルによく似た女優を連れて来てまで幼少期のダニーから話を続ける手際の悪さに「さすがキングファースト」と辟易していると、ようやく40年経ってダニー役がユアンに変わったあとも時制や場所がコロコロ変わり、その割には大して何も語っていない欠語症的映像の弛緩ぶりには、思わずクワッとあくびしてしまった私を「はっ。ドクター・スリープってそういう事か…」と納得させるだけの眠気が漂っていた。

「ドクター・スリープ」という題は、死期の迫ったホスピス患者にシャイニングの力で安寧をもたらすユアンに付けられた通り名だが、と同時に手際の悪いストーリーテリングで観客を眠りに誘う本作そのものでもありました。

しかもこの『ネムター・スリープ』、映画中盤まではユアンパート、レベッカパート、カイリーパートを順繰りにカットバックしながらモッタラモッタラ進行するので全編152分というあまりに悠長な上映時間を誇る(ディレクターズカット版は180分らしい。死にさらせ)。

ユアンは自助グループでお友達を作ったりアパートの壁に落書きするなどして禁酒生活をエンジョイしており、吸血鬼グループの女族長レベッカは同族の彼氏と映画館で『カサブランカ』(42年)を観ちゃうなど思い思いに日々を過ごす。ネムター。

レベッカたちは映画館で出会った異能者エミリー・アリン・リンドを誘惑し、あくびみたいな煙を吸わせて自分たちのフレンズにする。二度と戻れないohフレンズ。

かくして吸血鬼グループは全国行脚しながら美味しそうな児童を探し回り、『ワンダー 君は太陽』(17年)におけるワンダー君を惨たらしく殺害。これほど陰惨な事件が起きているというのに、ワンダー君がシンダー君になったときドクター・スリープことユアンは家ですやすや眠っていた。

おまえが寝ててどないすんねん。

人を眠らせる側のドクター・スリープが有事に気付かず爆睡こいちゃってさ。

現に本作の登場人物たちはよく眠る。ユアンだけでなく彼に介護されたホスピス患者や霊感少女カイリーの就寝シーンも用意されてるし、吸血鬼グループに入ったエミリーは「眠れ」と命じるだけで相手をオネムにする催眠能力の持ち主。ユアンとお友達になった同じアパートの住人クリフ・カーティスは深夜に叩き起こされて眠い目をこする。そんな彼らの漫然たる日常がボヤッとした午睡感覚の中に描き出されていきます。

いよいよネムター・スリープだ。

ユアンこっちゃないで。

f:id:hukadume7272:20200421095113j:plainめちゃくちゃ寝てる。

 

そんな本作。ユアンとカイリーが出会ってレベッカと対峙するまでがとてつもなく長いので、物語の輪郭を掴みあぐねた観客はユアンの禁酒日記と仮定してスクリーンの鈍重な推移を見守るが、次第に点と点が緩やかに繋がっていくさまは程よく楽しい。それに何といっても実空間を越えたサイキックバトルこそが観客を眠りから覚ます最大にして唯一の見所である。

この三者には、自分の精神を他人の意識に潜り込ませたり別の空間に同時存在させられる力があるので、早い話が『マトリックス』(99年)『インセプション』(10年)のような仮想現実映像が展開されていく。

たとえば、悪役らしからぬ愛想をふりふりショッピングを楽しんでいたレベッカは、スーパーマーケットのウインドウに映ったカイリーから波動拳を食らってKOされてしまうが、そこに映ったのは彼女の精神であって本当のカイリーの肉体は自宅のベッドの上。そういう事です。

また、これを脅威とみなしたレベッカがカイリーの意識に潜って住所を突き止めようとするシーンで、潜入先のカイリーの意識…つまり精神世界は巨大な図書室としてビジュアライズされる。レベッカは彼女の“記憶”を盗もうとしてるわけだからね。

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霊感少女カイリー。こわ。

 

余談だが、この図書室シーンでカイリーの罠に掛かったレベッカが鼠捕りの要領で引き出しに手を挟まれ「痛いよー」と苦しむ姿を見て「ボスキャラなのに踏んだり蹴ったりだな、この人」と同情したのは私だけではあるまい。引き出しに手ぇ挟まれたり、波動拳喰らったり、ラジバンダリ…。とにかくユアンの相棒であるカイリーがやけに強くて、ボスキャラであるレベッカが妙に弱くポカばっかりしちゃうのである。おまえは何をしても孔明に出し抜かれる司馬懿か?

ちなみにクライマックスではユアンが仕掛けた罠にもがっつり掛かる。

誰の罠にも簡単に掛かってしまう駄目ボスだ。しかしえらいもんで、ポカばっかりして罠ばっかり掛かるレベッカがだんだん愛おしく見えてきます。

レベッカ・ファーガソンは『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』(15年)でトム・クルーズに見出された36歳の新人だが、『スノーマン 雪闇の殺人鬼』(17年)でも『グレイテスト・ショーマン』(17年)でも没個性な美貌を虚しく披露した光ってるだけのペンライトみたいな女優だったが、光るだけならホタルやクラゲにだって出来る。俳優が放つべきは光ではなく輝きなのだ。

だが、ティム・バートン作品のジョニー・デップを彷彿させる華美な佇まいで米国版・司馬懿の芝居をした『ネムター・スリープ』のレベッカ・ファーガソンは、それなりにまくれ上がっていたはずのユアンを凌いで主役的ポジションに鎮座してのけた“ティム・バートン的ヴィラン”である!

本作と『シャイニング』の係累を断ったものは白昼のニューハンプシャーに注がれる無反省なまでの陽光だが、その断絶の決定打こそがレベッカ・ファーガソンのマンガ的なビジュアルなのだった。

f:id:hukadume7272:20200421095206j:plain当ブログはレベッカ・ファーガソンを応援しています。

 

事程左様になかなか楽しいサイキックバトルだが、ユアンたちを追うレベッカが他人の意識に容易く潜入できるにも関わらず自動車をぷりぷり運転しながら物理的に追いかけてくるという限りなく徒労でしかないチェイスや、ユアンが吸血鬼グループを一網打尽にした方法が銃殺という限りなくサイキックバトルとは無縁の物騒な手口であることには失笑とあくびを半々の割合で漏らさねばなりません。森の中におびき寄せた吸血鬼たちを一方的にマシンガンで射殺していくユアンには「サイキックである意味!!!」の感満載。

超能力持ってるのに銃器使うなよ。

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霊感男子ユアン。こわっ。

 

『シャイニング』的なモノが見たい人にはおすすめ(棒読み)◆

そろそろ飽きてきたので、トドメは一息ワンセンテンスで書く。

本作は『ターミネーター』(84年)に対する『ターミネーター:新起動/ジェニシス』(15年)のような同人映画なので、キューブリック版『シャイニング』の幽玄な香りを今さら紐解くまでもないが(むしろここでキューブリック論を展開する事こそが『シャイニング』への冒涜にほかならない)、それでも多くのターミネーターファンが「I'll be back.」さえ聞ければ良しとするように完成度はどうあれ『シャイニング』なモノを見せてくれれば一応満足するという無欲で慎ましい人々らしく、クライマックスの主舞台となるオーバールックホテルが素人芸によるセット感満載のお化け屋敷だったとしても「これぞ『シャイニング』!」などと鼻息荒く合いの手を入れて有難がるようだが、たしかにエレベーターから噴き出た血が濁流のように廊下を覆うイメージや、迷路のような雪の生け垣に“それらしき記憶”を呼び起こすことはできても、結局はキューブリックファンへの目配せが聖地巡礼ツアーという観光的側面で達成されただけのことなので、控えめに見積もってもキューブリックの100分の1程度しか才能を持たないマイク・フラナガンによる全力の『シャイニング』ごっこに観る者が浮かべうる微笑または失笑は、いずれにせよ“完成度はどうあれ『シャイニング』的なモノを見せてくれれば一応満足する人々”を満足させる為だけのモノにしか過ぎないのじゃい!!! あーしんど…。

で、これこそが本作が本作に仕掛けた続編映画の罠。

原作者キングの顔色を窺いつつ、キューブリック版に惚れ込んだ映画ファンのご機嫌とりも兼ねた仲裁的妥協点に埋没する一番つまらない続編映画の形『ターミネーター:新起動/ジェニシス』ぶりに更新した『ネムター・スリープ』は、どこまでもネムく、果てしなく愚かな優柔不断映画だった。ありがとうございます。

f:id:hukadume7272:20200421095446j:plain鼻水垂らして凍死した父と再会するシーンを無理くり映像化。

 

そんな本作にもオモシロポインツは山ほどあるが、どれも悲劇的なまでに低俗である。とにかく弾丸列挙してみよう。

やたら頻出する浴室のババア!

痛飲しすぎてトイレでゲボするユアンに漂う『トレインスポッティング』(96年)感!

超能力を駆使するユアンに漂うオビ=ワン感!

ユアンとクリフのホモソーシャルな友情!

パツパツのTシャツ越しに「ここにいるよ」と主張するレベッカのおっぱい!

ワンダー君を演じたジェイコブ・トレンブレイに否が応でも感じてしまうショタ萌え!

死にそうな人間を察知する猫ちゃんのつややかなる体毛!

勝負の明暗がシートベルト着用の有無!

出されたウイスキーを飲むか飲まないかサスペンス!

 

うーん、低俗なのは俺自身か。ほっとけ。

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人の死期を予見する実在の猫オスカーに着想を得た本作。

 

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