シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

黒い十人の女

恐怖の10股愛憎劇。だが一番怖いのはこの映画の脚本家。

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1961年。市川崑監督。船越英二、岸惠子、山本富士子。

 

妻がいるにもかかわらず、他に9人の愛人をもつテレビプロデューサー風松吉。たまりかねた女たちは共謀して彼の殺害を企てた…。(Amazonより)

 

おはようございます。

本日は『黒い十人の女』を取り上げていくんだ。なかなか質の高い評ですよ!

よく恥ずかしげもなくこういう事を言うなー…って自分でも思うけど、決して自画自賛しているわけではなく客観的に判断してるだけなんです。信じて。

逆に、うまく書けなくて大いに不満が残ったのは『処刑の教室』(56年)だなぁ。第1章は作品の背景を小気味よく語っているので、これは及第点。しかしその後がひどい。どこにも批評のピントが合っておらず、酷評の切り口は凡庸、文章もグチャグチャにもつれまくってて、批評の有効性はほとんどゼロです。この評に自分で点数をつけるなら…2点だな。

言い訳になるけれども、『処刑の教室』はきわめて中身が薄いっていうか…細胞の数が極端に少ない作品なので、批評するときにいちばん困るタイプの映画なんだ。もともと語ることがあまりない。だから3言えば済むハナシを無理やり10に引き延ばしてこのザマ。2点です!

…なぜ私は自分で書いた映画評論を評論しているのか。みじめなきもちがする。

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◆伝説の長寿コンテンツ◆

9人の愛人が手を組み、プレイボーイ・船越英二の抹殺を計画する。首謀者は妻なのでこれを合わせて合計10人。

女たちは船越のことを愛している。愛しているからこそ浮気をやめない男を憎むのだ。自分だけの物にならないならいっそ殺してしまいたい…というマインドを共有した「黒い十人の女」は邪悪な女子会を開いて殺害計画を煮詰めていく。船越の運命やいかに!

さて、本日取り上げる『黒い十人の女』市川崑の爛熟期を示す作品のひとつである。

この映画は舞台にもなっているほか、2002年には市川自身によってテレビドラマ化されており、鈴木京香、浅野ゆう子、小泉今日子、深田恭子などが出演。わたくしは未見であります。

また、バカリズムが脚本を務めた二度目のテレビドラマ版が2016年に作られており、こちらは見ております。イェイ。船越英二の息子・船越英一郎が10股のプレイボーイを演じていて ちょっぴり感慨深かったな(ちょうどその翌年に「松居劇場」の餌食になった)

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(C)日本テレビ『黒い十人の女』

 

公開から50年以上経ってもドラマや舞台として生き続ける長寿コンテンツ『黒い十人の女』。それではキャストを見て参りましょうね。

物語の中心点をなす鬼畜10股オヤジは船越英二

「和製マルチェロ・マストロヤンニ」の異名を持つ大映の二枚目スターで、その精悍な顔立ちと二重タレ目の甘ったるさが唯一無二の船越ハーモニーを醸しております。まるで、そう…グレゴリー・ペックの甘美さとケーリー・グラントの逞しさを合わせたようなハンサムタフガイ!

主演女優を引き立てる優男役が多い俳優だが、本作では悪気もなく10股をかける好色家を飄々と演じて新たな船越サイドを見せつけた。代表作は数えきれないほどあるが、強いてひとつ選ぶとすれば『野火』(59年)だろうか。

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見た目によらず猫なで声。

 

そんな船越に10股をかけられる不憫な女房に山本富士子

昭和の銀幕に輝く椿のような女優である。あっ、この例えステキだな! 我ながら「椿」という例えの美しさにうっとりしております。うっとりするでしょ?

1951年にミス日本として公式訪米した際にマリリン・モンローと会っており、モンローをして「うつくしィー。これがヤマトナデシコだとでも言うわけえ?」と言わしめた。50年以上の歴史を誇る「ミス日本グランプリ」の第1回チャンピオンである。

しかし1963年、大映社長・永田雅一の邪悪な罠*1により映画界から追放される。五社協定を悪用した山本の締め出しは人権蹂躙として国会でも取り上げられた。詳しくは記事のケツに書いたので興味ある人は読んでみて。

なお、代表作は教えてあげない。

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モンローびっくりさせ女優。


そして愛人1号に岸恵子

こちらは薔薇のように棘のある女優です。うーん…花の例えも二度目はクドいか。

まだ日本人が海外旅行をすることができない1957年にパリに移住し、もはや本職不明の天才映画作家ジャン・コクトーや『嘔吐』で知られるゲボ吐き哲学者サルトルらと交流を持つ…というドエライ経歴の持ち主。元祖・異文化コミュニケーション。

代表作は皆さんご存じ『君の名は』(53年)

ただしぶきっちょな笑い方をめがけてやってこない方である。

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元祖・異文化コミュニケーション。

 

愛人2号は宮城まり子

本職は歌手。代表曲は皆さんもよくご存じの「毒消しゃいらんかね」

…知るかあ!

ほかにもさまざまな活動をしており、紅白歌合戦にやたら出場、社会福祉施設のぶっ立て、日本の長編アニメ映画の先駆け『白蛇伝』(58年)の声優…など多岐に渡る。

とりわけ最も知られているのは大人気アニメ『まんが世界昔ばなし』の語り部であろう。

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毒消し女。

 

愛人3号は中村玉緒

ご存じ、勝新太郎のパートナー。数えきれないほどの時代劇に出演した女優でもある。

勝亡きあとは明石家さんまに見出されてバラエティに進出。CM「マロニーちゃん」でも人気を博し、ダミ声愛嬌ばばあ、またはマロニーばばあとして広く国民から愛される存在に。

パチンコ狂いとしても有名で、2002年には自身のタイアップマシン「CR玉緒でドッカン!!」を発表。評判のほどは不明。

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マロニー広報係。

 

愛人4号は岸田今日子

皆さんご存じ『ムーミン』におけるムーミン、『この子の七つのお祝いに』(82年)における縫い針ババア、『卍』(64年)におけるマジ卍である。

和製ミア・ファローといっても過言ではないほど弱虫女がよく似合う女優。本来はそこそこ別嬪だがこの映画ではブスめに映っている。

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ムーミン谷のなかまの一人。

 

ほかにも愛人役が6人いるが…グレードが下がるので割愛する。

あ、ちなみに『あなたと私の合言葉・さようなら、今日は』(59年)で「電話です」と言っていた倉田マユミが愛人10号を演じているぞ。倉田マユミファン必見!

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電話呼び出し女。

 

◆真の復讐者・和田夏十◆

おもしろい映画ですよ、これ。

妻・山本富士子は愛人9人を集めて夫殺しを計画していたが、逆に夫と共謀して女9人を出し抜こうとする。空砲のピストルで夫を殺すフリをして9人の留飲を下げようと企てるのだ。

彼女が殺害計画を中止したのは夫を愛していたからではない。むしろ夫の軽薄さに呆れ返ったからである。わざわざこんな男を殺して刑に服すのも阿呆らしいと考えた妻は「誰か、あの男が欲しかったらあげるわよ?」と言う。そして愛人1号にアッサリとくれてやるのであった。


ここで一人のスタッフの名を出さねばならない。本作の脚本を手掛けた和田夏十である(夏十は「なっと」と読みます)。市川崑の妻であり、多くの市川作品を手掛けてきた公私に渡るパートナーだ。

本作は女の執念深さがドロドロに溢れた恐ろしい作品だが、なにより恐ろしいのは和田夏十。2010年に女優の有馬稲子が自身の告白本『私の履歴書』のなかで市川とのあいだに不倫・中絶があった過去を暴露したのだ。そして小説を映画化することが多い市川作品において、本作は珍しく和田夏十によるオリジナル脚本。

もう明らかに市川と有馬の不倫をモチーフにした作品なのである。

映画のなかで夫・市川崑を裁く。

これが和田夏十の復讐だ。

公私ともに支え続けた夫からあっさり裏切られた和田は、しかし決して市川を非難することも離婚を切り出すこともしなかった。ただ黙って脚本を書き始めたのだ。

自らの悲憤や怨讐すらも作品にすることで、市川の過ちを未来永劫に渡って断罪し続けたのである。

脚本家ならではの恐ろしい復讐であるよなぁ…(松居劇場とは比ぶべくもない)。

だから本作でも夫殺しの首謀者は妻。誰よりも愛と憎しみに燃えているのも妻。そして妻・山本は廃人と化した夫を女優役の岸恵子…愛人1号にくれてやるのだ(もちろん有馬稲子がモデルなのでしょう)。

現実では夫に裏切られた和田だが、映画のなかでは夫を裏切る。決して妻役の山本に自らを重ね合わせて自己憐憫に滑り落ちはしない。むしろ「このロクデナシをどうしてくれようか」と薄笑いを浮かべる強かなヒロインをスクリーンに発現させたのである。

そうここは和田夏十の世界だ。

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和田夏十(左)。その横で手塚治虫ごっこをしているのが市川崑
 

したがって山本富士子は凄絶な芝居を見せます。

愛人軍団を家に招いた山本は、玄関に脱ぎ散らかされた9人の靴を丁寧に揃えはじめるが、ハッと我に返って「なんで私がこんなことしなきゃいけないのよ!」とばかりに靴を蹴散らす所作がまったく素晴らしい。もともと和田のト書きにあったのか、あるいは山本のアイデアか。いずれにせよ男にはなかなか思いつかない心理描写である。

そして和田の怨念が憑依したような山本の意味深な微笑み。

だが涼しげな微笑みとは裏腹に、フィルムは血を流している。

美しい笑みの奥にある怒り、憎しみ、苛立ち、殺意。そうした感情をよく覗き込めばボンヤリ見えるという微妙な塩梅で表現した山本富士子に…1等賞をあげちゃう!

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不倫だョ! 全員集合

 

◆夜空にイカ墨ぶちまける

『黒い十人の女』言葉遊びに富んでいるのでちょっぴり愛想のある作品といえるで。

十人の女たちの役名が、市子、双葉、三輪子、四村、五夜子、虫子、七重、八代、櫛子、十糸子…とナンバリングされており、彼女たちはまるで分裂した10通りの人格のように十人十色なのである(10人合わせてひとりの人間だとすれば…やはりそれは和田夏十なのだろう)。

それにしても虫子のパワーネーム感がすごい。虫子て。

おもしろいのは愛人1号の岸恵子が「市子」で、妻の山本富士子が「双葉」というあたり。つまり本妻より愛人の方が上ということだな。こういうところに主人公(船越=市川)のクズっぷりがよく出ている。言葉遊びがすげえ。

 

また、暗い路地で真っ黒な恰好をした女たちが百鬼夜行のように蠢くファーストシーンは文字通り『黒い十人の女』で、闇に紛れて顔が識別できないほど真っ黒なのだ。『黒い』って物理的な意味も含んでたんかい。

このシーンでは、愛人8人が妻をリンチしているところに一台の自動車が現れ、中から出てきた愛人1号・岸がヘッドライトを背にして妻のまえにバーンと立ちはだかる。「私だってヒロインよ!」とばかりに。

なるほど、これは妻の物語であると同時に愛人の物語でもあるわけだ。さらに、映画中盤では船越の仕事風景を淡々と描いたシーケンスもあるように、本作は妻・夫・愛人の「3つの視点」から描かれた10股愛憎劇なのである。

恐るべき和田夏十の怜悧。私生活での怨嗟を映画に持ち込まず、むしろフェアに三者を描くことでわれわれ観客に善悪をゆだねて裁かせる…という視聴者参加型の恋愛裁判を始めようと言うのかぁー!

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暗闇の契約。妻・山本富士子は愛人1号・岸恵子に夫を譲る(クーリングオフ対象外)。


一方、船越のモデルが自分であることを重々承知している市川は、だから決してこの男を美しく撮りはしない。船越の仕事はテレビ局のプロデューサー。さすがに映画監督の設定にするのは露骨なので共通点の多いプロデューサーということになっている。

そんな彼がテレビ局の屋上で夜空を眺めていた駆出し女優と知り合い、さっそく口説いてキスしちゃうわけだが、このシーンの夜空がとてもロマンチックとは呼べないほどキッタネェのである。月も星もなく、まるで空にイカ墨をぶちまけたような漆黒が張り付いてやがるのだ。風情もヘチマもなし!

撮影は『穴』(57年)『妻は告白する』(61年)小林節雄。宮川一夫の中間色豊かなモノクロームとは好対照のベッタリとした黒味を得意とする撮影監督であり、市川はこの黒味を称して小林ブラックと呼んだ(うそだよ)。

しかし、船越が海辺で女たちに殺される妄想シーンだけは唯一白い。小林ブラックはこの鮮烈な「白のイメージ」を際立たせるためのギミックでもあります。

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イカ墨の夜空(画像上)、海辺の妄想(画像下)。


また、船越のだらしなさは女性関係以外でもさりげなく描かれている。

屋上で抱き合ったあと「いけね、妻に電話するんだった!」と言って女の子を放ったらかしたまま事務所へ急ぎ、電話を手にしたと同時に「ちょうど今から皆で帰るんですけど、乗っていきます?」と部下に誘われ「乗ってく、乗ってく!」といって受話器を戻し事務所を出てしまう。このデタラメさである。プレイボーイは刹那主義。よって5秒前のこともすぐに忘れるのだ。

この男の人間性を誰よりもよく知っているのは、やはり妻。

「あの男は浮気性ですけど皆さんに対して優しいんですヨ」という愛人2号・宮城まり子に、山本は微笑みながらこう言った。

「誰にでも優しいってことは、誰にも優しくないってことよ」

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(C)KADOKAWA

 

*1:永田雅一の邪悪な罠…大映の看板女優・山本富士子は「他社作品に年間2本出演してよい」、「自社の出演本数を少し減らす」という契約更新時の約束がまったく守られないことに業を煮やし、大映社長・永田雅一にフリー転向の意思を伝えたところ、激怒した永田が一方的に山本を解雇した。さらには五社の大手映画会社が「会社とトラブルを起こしてフリーになった俳優はどの社も使わない」と口裏を合わせていたので五社協定山本は映画業界から干されることになった。

「五社協定」とは日本の大手映画会社(松竹、大映、東映、東宝、新東宝)のあいだで結ばれた「所属監督・俳優の引き抜きや貸し借りはしない」という協定である(新たに参入してきた日活の引き抜きを封じるための策であり、この協定は1953年~1971年まで続いた)。五社協定によって多くの映画人が自由な活動を縛られ、所属会社に飼い殺しされた俳優・丸井太郎は自殺を遂げている。

ちなみに、山本を追放したあとの日本映画界は愚行の報いを受けるかのように斜陽化し、大映は1971年に倒産。ざまぁ味噌漬け! これをもってスター・システム(映画会社専属制)は完全崩壊し、五社協定も自然消滅したのであった…。