シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

アメリカン・ティーン

 青春舌打ち族をも納得させるリアリティ学園ムービー。

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2008年。ナネット・バースタイン監督。ハンナ・ベイリーコーリン・クレメンズ、ジェイク・トゥイッシー。

 

父親からの期待とスランプに悩むバスケ部エース、映画監督になりたい変わり者の少女、マーチングバンドとゲームにしか興味のないオタク少年、裕福な家庭に育ったいじわるな少女、変わり者に恋したイケメン青年など、どこにでもいるようなティーンたちの高校最後の1年間をカメラが追う。(映画.com より)


アメリカ中西部のハイスクールに通う5人の高校生を対象に、10ヶ月に渡って1000時間も密着取材し、さらに1年かけて編集したという高校生密着型ドキュメンタリーの真打ちである。
まぁ、一応ドキュメンタリーという体だが、明らかに不自然な演出が散見されるので、正確にはモキュメンタリー(フェイクドキュメンタリー)だろう。

早い話がテラスハウス』の学校版。そう思って頂きたい。ありがとうございます。

 

恋愛や友情や受験や進路など、さまざまな悩みを抱えながらも青春の輝きと蹉跌にその身を投じる彼らを見ていると、自分の学生時代が何度もフラッシュバックして、そのたびに舌打ちしてしまう

何を隠そう、私こそが青春舌打ち族である。どうかよろしく。
学生時代の私は、学業も進路も恋も部活動も「いらんのじゃあーとばかりにかなぐり捨て、青春のいっさいを芸術と学問に捧げてきた文化系戦闘民族なので、いわゆる学園モノみたいな汗と涙の青春とかやられると「早く家帰れ」と思ってしまうタチなのである。申し訳ないけど。

校庭にいる奴らは早く家帰れ。繁華街をうろうろしてる奴らも家帰れ

和気藹々とみんなで文化祭の準備をしたり、帰り道にカラオケに行ったりプリクラ撮ってたりしてる暇があったら家帰れ

家に帰って教養を身につけろ!

それか図書館行け

図書館で精神統一をしろ

とにかく、青春という美名のもとに騒ぐな

当時の私はそんなふうに思っておりましたねー。ハイ。

 

だもんで実際、この作品を観始めてから最初の数十分は、どのキャラクターも好きになれなかった。いかにも青春真っ只中でございといった全員に対して「騒ぐな。家帰れ」と思いながら観ておったのですよ。


バスケのエースで校内ではヒーロー扱いされているコーリン

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アゴすげえなコーリンどうやったん?

アゴーリンって呼んでいい? ダメ? ダメか。ごめんね。

学園が一丸となってコーリンのチーム「ワルシャワ・タイガース」を応援している。猫も杓子もコーリンコーリンつって。アゴーリン、アゴーリンつって。

それもしてもバスケが好きなヤツ多すぎるだろ、この学校!

ワルシャワ・タイガースで活躍されているコーリンさんには「コーリン、ここに降臨」という鬼のようにつまらないギャグをプレゼントするので、ぜひコートの中で連発してね。


美女グループを率いて女王様のように振舞うセレブ気取りのメーガン

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交友関係が広くFacebookでも数百人の友達がいるという、私のような人間とは決して相容れない人種。

誰とでも仲良くなれる人を信用してはならない。

メーガンは、肩で風切って廊下の真ん中を歩くようなタカビーである。しかも仲間と横一列になってアルマゲドン歩きをするというふてぶてしさ。

私はアルマゲドン歩きをする人間が本当に許せないのですよ。繁華街を歩いてるアホな大学生とか酔っ払ったサラリーマンとかね。

アルマゲドン歩きをしていいときは小惑星を破壊して地球を救うときだけだろ!

それ以外はドラクエ歩きをしろっつーの!


甘いマスクで女子たちのハートを射抜くモテ王子、ミッチ

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まぁ、軽薄ですよ。

べつにチャラチャラしているわけではないし、スケコマシでもないのだけど、なんだろうなぁ…、人として深いところが何もないというか、掘れども掘れどもたぶん何も出てこないだろうなっていう空洞人間ですね、ミッチは。

たとえばミッチという砂浜で潮干狩りしても、貝なんて一個も出てこないでしょう

よそ様のことを潮干狩りに喩えるのもどうかと思うけどさぁ。

 

ジェイクはゲームとアニメが大好きなオタク男子。

やっときたでー、同系統の人種が!

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だけど、そのわりには恋愛に積極的で、手当たり次第に女子をデートに誘いまくるような胆の据わったカミカゼボーイだし、バンドもやっている。それにニキビまみれだが意外とかわいい顔してるので要注意人物。

こういう奴が大学に上がった途端に一気にハジけるんだよ!

油断も隙もねえわ。

 

唯一、アートとロックが好きで、周囲からは変人扱いされてる映画監督志望のハンナにだけシンパシーを感じた。

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ハンナがんばれ!

むしろハンナ以外全員、口から腸でろ。

そして二度と戻んな、腸。口から腸出したまま生活しろ。

 

とはいえ、それぞれが抱える事情や悩みがにわかに浮上してくる中盤あたりから、それまではハンナがぶっちぎりで先頭を走っていた私の頭の中の好感度レースが大接戦を巻き起こすことになる。

 

バスケ野郎のコーリンは、スポーツ推薦のために一人だけ目立とうとしてチームを掻き乱し、連敗続きのスランプに陥る。周りの友人が次々と志望校に合格する中、一向に推薦入学の声が掛からず、焦るコーリン。ここに降臨。

しかも、バスケの夢を諦めた父親からの過度な期待がプレッシャーとしてのしかかり、いよいよ自我崩壊の危機に立たされるのだ。


ビッチ女王のメーガンには、自殺した知的障害の姉がいたという暗い家庭事情が明かされる。

お、おぉ…。なかなかキツいな…。

でもだからといってアルマゲドン歩きをしていい理由にはならんが、同情はします。


そして非リア代表のジェイクは、ようやくゲットしたガールフレンドを体育会系のバカに寝取られ、プロムの相手がいなくなるという緊急事態発生。

アメリカの学生は、我々の想像を遥かに超えるほどプロムに執着するらしい

プロム文化なんて日本にはないからねぇ。日本で言ったらなんだろう。法事とかかな。法事に家族が来なくて自分一人だけだったらバツが悪いものね。

わかるわかる、法事に置き換えたらわかるぞ、ジェイクのきもち!


そしてハンナは、付き合っていたボーイフレンドから「やっぱなんか違うわ」とフラれて不登校に。

失恋して不登校ってさ。いや、わからんでもないよ。

でもハンナは芸術家肌で、パンピーを超越したような感性の持ち主だからさ、そんなベタな理由で不登校になるなんてがっかりだわ!

 

ミッチはミッチで、次々とガールフレンドを鞍替えして優雅な日々を送っている。こいつだけ悩みなし!

さすが貝不在の潮干狩り底の浅さたるや。

 

事程左様に本作のおもしろさは、さまざまなタイプの高校生を、決してステレオタイプに描いてないという中間色の豊かさにある。
リア充だけどリア充のポテンシャルを大いに秘めたジェイクなんてその典型。
体育会系=モテるという図式は全世界共通だが、バスケ一筋のコーリンは本作屈指のブサメンというかバナナフェイスで恋愛とは無縁のストイックな体育会系だし、私があれほど応援していた芸術家肌のハンナは「私はそのへんの女の子たちとは違うの。芸術こそすべて」とか言ってたわりには恋に破れたぐらいで不登校になるような紙メンタルの持ち主で、要は「そのへんの女の子たち」と何も変わらない俗世間の人間だということが明かされる(そのあと潮干狩り…ミッチと付き合って立ち直る。結局ただの面食いかよ!)。


ゆえに、「あいつは好きだ」、「こいつは嫌いだ」という好感度レースがあれよあれよという間に逆転していくのがまた面白くて。

ひとりの人間が持つさまざまな側面がミラーボールのように映し出されていく。
「この人はこういうタイプ」なんて誰ひとり単純化できないし、ましてやスクールカーストにはめ込んで偏見を持つなどナンセンスの極致。
凡百の青春群像が描くことをやめてしまうその先まで描ききった複雑な人間模様には深い味わいがある。

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アメリカン・ティーンの生態とハイスクール事情を覗き見るような感覚が味わえる、モキュメンタリーの佳作。 

必死で青春している彼らに「早く家帰れ」とか「口から腸出ろ」とか言ってすみませんでした。

 

ドメスティック・フィアー

かつてオオカミ少年のレッテルを貼られたことのある人が酒を飲んで観る分にはまあまあ泣く映画。

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2001年。ハロルド・ベッカー監督。 ジョン・トラボルタヴィンス・ヴォーン、テリー・ポロ。

 

ボートの設計技師フランクは数年前に妻と離婚、いまは11歳になる愛する息子ダニーとも離ればなれの生活を送っていた。このたび、元妻が裕福な工場経営者と再婚することになる。息子の幸せを願うフランクだったが、ダニーは短気な継父に馴染むことが出来ずにいた。そんなある日、ダニーはひょんなことから継父の殺人を目撃してしまう。あわてて警察に駆け込むダニーだったが、彼の話を誰もまともに取り合ってくれない。そんな中、ただ一人、彼の言葉を信じるフランクは、さっそく継父の身辺を独自に調べ始めるのだった…。(Yahoo!映画より)


ハロルド・ベッカーの名を記憶している者はいるかー? つって。

いないかー? つって。

いても不思議ではないが、いない方が自然かつ健全である。かくいう私も記憶していない。

誰だ、ハロルド・ベッカーって。


ハロルド・ベッカー。

この男は90年代のサスペンス映画の粗製濫造者である。

その最大の特徴は、やたらにビッグスターを起用するわりには出来上がった映画は妙にせせこましいという、スケールが大きいのか小さいのかよくわかんねえような映画をしきりに作ること。
アル・パチーノを主演に迎えた『シー・オブ・ラブ』『訣別の街』ニコール・キッドマンの妖婦ぶりに目をつけた冷たい月を抱く女、とどめはブルース・ウィリスがドタバタと活躍する『マーキュリー・ライジング』

…何とも言えない作品のつるべ打ちだ。

アメリカ映画史に爪痕を残すでもなければ、一石を投じるでもない、主力にも補欠にもならない野球部員みたいな活躍だ。まぁ、人畜無害な監督である。


そんなハロルド・ベッカーさんの現時点で最後の作品になっているのが本作。

これ以降、かれこれ17年も映画を撮っていないので、何かが原因で完全に干されたのかもしれない。 ちなみに御年89歳。たぶんこれが遺作になる。

主演は、本作の前年にバトルフィールド・アースという世紀のゴミ映画に出演して輝かしいキャリアに一生傷をつけてしまったジョン・トラボルタ

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ジョン・トラボルタ…そのパンチのある顔面力を活かし、70年代からハリウッドの第一線でバリバリやってる大スター。代表作にサタデー・ナイト・フィーバーミッドナイトクロスパルプ・フィクションフェイス/オフなど多数。

 

また、脇役でスティーヴ・ブシェミが出ているので、世界で54億人はいるであろうブシェミ好きは必見。

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スティーヴ・ブシェミ…その奇妙な顔面を活かし、90年代アメリカ映画屈指のバイプレーヤーとして活躍。代表作にレザボア・ドッグス『ファーゴ』ゴーストワールドなど。


この世には、殺人鬼が善良な市民のフリをして、そいつの正体を知っているのは殺人現場を目撃した一人の少年だけで、その少年が「あいつは人殺しだ!」と言っても周りの大人たちは聞く耳を持ってくれない映画というジャンルが確かに存在する。

たとえばこの映画とか、狩人の夜とかね。

え、そのほか?

そのほかは思いつかないよ。


本作の特徴は、父親のトラボルタだけが子供の言葉を信じて、世界でただ一人、オオカミ少年扱いされている息子の味方になる…というハートフル親子愛ドラマを盛り込んでいる点だ。

この息子と同じく、しばしば幼年期にオオカミ少年扱い(※)されていた私なんかはここにグッときてしまった。

筆者ふかづめは、普段からイタズラをしたりデタラメばかり言っていたせいで、悪さをしていないときでさえ謂われのない罪を押しつけられました。

そのうち、ふかづめ少年は身の潔白を示す意志を放棄し、「この件に関しては僕は無実だが、恐らく自分は原罪を背負っているし、生きていること自体の罪過があるから、多少は理不尽な目に遭っても仕方ないのかもしれない」と太宰的な結論に至り、たとえ冤罪だろうが甘んじて罰せられようとする自己処罰的な性質が身についた。
また「言い訳をするな!」というフレーズを多用した教育を受けたせいもあり、「やったのは僕じゃない」と弁明しなくなり、「やったのは僕じゃないけど、僕がやったということにして早いとこ謝ってしまった方が合理的に事態を収拾できる」という諦念的思考回路を獲得。
人から受けた誤解を割とそのままにしておく癖というか、「まぁ、誤解も理解も同じようなものだし、もうどっちでもええわ」と開き直る癖がついてしまったのだ。

どうして注釈という形をとって映画とは何ひとつ関係のないオレオレトークをしているのかと言えば、実はこの映画、語ることがあまりないのだ!
いかにも90年代のハリウッド製サスペンスの定型という感じで、特筆すべき点は見当たらないが、定型というものが約束してくれるそこそこのおもしろさはあるし、息子のために頑張る父っちゃんトラボルタの雄姿はアツい。

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正直に告白すると、酒でベロベロになった状態で鑑賞したため、ショットや筋運びがどーのこーのとか、そんな細かい批評をするためのディテールなんてほとんど覚えちゃいないのです。文句あるか。

だけど酩酊していたお陰で、オオカミ少年扱いされる息子を唯一信じるトラボルタ父ちゃんの愛にボロ泣きしました。べつに泣くような演出なんてどこにもなかったのだけど、我が身に照らし合わせると泣かずにはいられないよ!


まぁしかし、腐ってもハロルド・ベッカー。やはりせせこましい映画だ。しょうもない町で起こった、わりとどうでもいい事件を熱心に描いている。

 しかも人を殺した継父がヴィンス・ヴォーンなので緊張感なし。コメディアンですよ、この人!

まぁ、若干殺人者顔だけどね。

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ヴィンス・ヴォーン…代表作にドッジボール『ハニーVS.ダーリン 2年目の駆け引き』『南の島のリゾート式恋愛セラピー』など。ベン・スティラーオーウェン・ウィルソンとやけに仲がいい。

 

ドーベルマン・ギャング

石か玉か、それが問題だ。

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1973年。バイロン・ロス・チャドナウ監督。バイロン・メイブ、ハル・リード、ジュリー・パリッシュ。

 

高度に訓練されたドーベルマンを使って銀行強盗を企てるというワン・アイデアだけで押し通した出たとこ勝負の快作。

 

こんな映画ばかりレビューしてたら読者が離れていってしまう気もするが、話題作や有名作ばかりが映画ではない。アッと驚くカルト映画や、玉石混合のB級映画の中にこそとんでもない怪物は眠っているのだ。

そんなわけで本日は眠れる怪作『ドーベルマン・ギャング』をご紹介。

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三人の強盗が隠れ家を出て車に乗り込み銀行を襲って逃亡するまでをわずか2分足らずで見せきってしまうといういくらなんでも軽やかすぎるオープニング。

思わず「軽やかやなぁ~」と口に出して言ってしまいました。
これはドン・シーゲルマイケル・ウィナーには決して真似することのできないリズムだ。彼らに限らず、70年代の映画でこの20年代アメリカ映画的と言うほかない光速の編集リズムを持つ作品を見つけだすことは極めて困難だろう。ていうか絶対むり。

かつて、三人の強盗が隠れ家を出て車に乗り込み銀行を襲って逃亡するまでを2分足らずで描いた映画なんてあっただろうか。断じてNAI

この時点で本作はもう異常なのである。こんな真似が出来るのは映画を極めきった天才映画を知らないバカしかいない。


「どうしてこんなことができるのか」というよりも「どうしてこんなことをしてしまえるのか」という精神のねじれについて、本作をシリーズ化して三作まで撮ったあとに忽然と姿を消してしまった監督バイロン・ロス・チャドナウ自身が言及ことはまずあるまい。もう映画界から退いている可能性がきわめて高く、生死の確認さえとれないのだ(ネットでこの監督を調べても一切なにも出てきません)。

この謎に満ちた光速編集を解き明かす手掛かりはどこにも存在しないのだ。もどかしい。


したがって、これは葬り去られた2分間だ。と同時に、こういう言い方もできる。

86分の上映時間のうち冒頭のこの2分こそが本作の神髄である、と!

まだドーベルマンすら出てこない段階から、ドーベルマン・ギャング』はすでにその名を70年代アメリカ映画の片隅に署名してしまったのだ。

こうなると、もはやドーベルマン・ギャング』というよりはただの『ギャング』で終わってしまってもいいわけだ。

 

そのあと、三人の強盗団は「こんなこといつまでも続かない」「いつか捕まるで」といった消極的な話をする。家出て2分で強盗を成功させたにも関わらず。
そして、確実に銀行強盗を成功させながら一切のリスクを回避する究極のメソッドとして、何を思ったのか強盗リーダーのバイロン・メイブは根拠もなくこんな結論に至る。

ドーベルマンに銀行を襲わせればいいんだ!」

 

はい、ちょっと待ってねー。

冒頭2分の光速編集でも「ちょっと待て。こんなのアリか」と思ったが、いよいよ口に出して待ったをかけるよ!

ドーベルマンに銀行を襲わせる?

なかなか興味深いので詳しく話を伺いましょう。

 

リーダー曰く…

ドーベルマンって強いよね。そんなことはみんな知ってる。俺も知ってるし、お前も知ってる。今年6歳になる甥のウィリアムだって知ってる。したがってドーベルマンを訓練して、犬だけで銀行強盗をさせたら最強だよね。かつ安全だよね。万が一なにかあっても、俺たちは捕まらない。犬が捕まったとしても、犬は人語を話さないので俺たちの名前を決してバラすことはないよね。ワンキャンクゥ~ンしかボキャブラリーないからね。犬はね。グルルル…とも言うけれど」

 

……膝を打ちました。

すげえ、これ考えたやつ天才じゃない!?

いわば犬をスケープゴートにすることで逮捕される危険性を回避するという理論ね。

スケープゴートとしてのドーベルマンスケープゴートとか言っちゃうと犬なのかヤギなのか分からないけど、空前絶後の妙案である。

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ドーベルマンを調達(かわいい)

 

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パワードスーツで完全防備してドーベルマンを訓練。

 

というわけで、この馬鹿げた作戦が動き出した瞬間、あれほど私の瞳を撹乱した前衛的な光速編集は、ひたすらドーベルマンの可愛らしさで観る者を癒す弛緩した映像/編集に姿を変える、という白魔術のごときラブ&ピースが全面化する。
野原をダッシュするドーベルマンをローポジで捉えてスローモーションで見せる、というドッグフードのコマーシャルみたいな映像のつるべ打ち。
人はもう、思いきり梯子を外されたような冒頭との落差に三半規管が焼き尽くされ、あとは痴呆のような顔で残りの上映時間を行儀のいいドーベルマンを「かしこいな、かしこいな」と思いながらただただ眺め続けるというペットショップにおける客的な行為に当てていればよい。

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銀行で金を要求するドーベルマン(かわいい)。


見事強盗を成功させた6匹のドーベルマンの内の1匹がたまたま自動車に撥ねられ、志半ばにして天に召されるという何の説話的必然性もない展開を迎えたあと、残りの5匹が飼い主でもある三人の強盗を噛み殺すという悪徳の裏切りを演じる。

そのあと5匹のドーベルマンは、リーダー格のバイロン・メイブの恋人に付き従い、「なるほど、女の一人勝ちということか。まさかの結末だな…」と早合点した私の虚を突くかのように、この5匹は奪った現金が入った犬用バッグを身につけたまま、女すらも裏切って気持ちよさそうに草原へと逃げてゆくのであった。

逃げる犬たちと「待て~」と言いながらお茶目なフォームで追いかける女のロングショットに、陽気なカントリー・ミュージックがテンテロテンテロ流されて、終劇。

ある意味、驚愕のラストシーンだよ!
最初のシーンと最後のシーンでまったく辻褄が合っていない。映画の体温というか、緊張感の辻褄だ。

すごいものを観てしまったという気もするし、とてつもなくいい加減な映画を観たという気もする。

これは何かありそうだぞと思わせる開幕から急速に映画は無害化されてゆくが、終わり際になってある意味この上なく有害な映画なのかもしれないと頭を抱えるような、ハチャメチャな映画体験だった。

畢竟、この映画は石か玉か。
ドーベルマンたちは実によく動く。こんなバカ丸出しの強盗作戦を本気で達成させようとする俳優陣のシリアスな芝居も見どころ。

改めて思う。本作が石であれ玉であれ、70年代のアメリカ映画は本当に素晴らしかった。

 

セント・エルモス・ファイアー

ブラット・パックの総本山的作品にしてシュマッカー先生の底なしバケツ映画!

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1985年。ジョエル・シュマッカー監督。エミリオ・エステベスロブ・ロウアンドリュー・マッカーシー

 

大学を卒業したての若者たちが自分の道を見つけたり見つけなかったり、未来を切り拓いたり切り拓かなかったり、明日にむかって翼を広げたり閉じたり、希望を持ったり投げたりするといった意味内容の青春群像劇。


ブラット・パックの代表作ですね。
ブラット・パックと聞いて血液パックやブラッド・ピットを連想してはなりませんよ。
ブラット・パックとは1980年代の青春映画を彩った一部の若手俳優集団を指す言葉。次代のアメリカ映画を担うヤングアダルト・スターとして大々的に売り出された連中の総称である。
うーん、日本に置き換えるなら若くて軟派な石原軍団みたいなものでしょうか。 いや、男女混成のAKBグループと言った方がわかりやすいかもしれない。
ブラット・パックの面々だけで固めたブラット・パック映画というのがあって、その代表作が、スクールカーストものの古典『ブレックファスト・クラブ』、キムタクがマイフェイバリットムービーとしてよく挙げるアウトサイダー、そして本作。

そしてブラット・パックの主な構成員は、エミリオ・エステベスジャド・ネルソンアンドリュー・マッカーシーアンソニー・マイケル・ホールモリー・リングウォルドアリー・シーディなど。
この名簿にピンときた人はほとんどいないでしょう。それも無理からぬこと。彼らはブラット・パックという流行に乗せられた束の間のアイドルに過ぎず、その多くは90年代に入った途端にほぼ消え去ったのだ。しょぼいブームでした。

アメリカの流行を好んでいた今の50代の人たちぐらいしか知識も興味も思い入れもない。それがブラット・パック。80年代アメリカの青春の代名詞なのだ。


ブラット・パックとして世に出て成功をおさめ、今なお第一線で活躍している俳優といえば、トム・クルーズショーン・ペンロバート・ダウニー・Jrぐらいだろう。
ロブ・ロウマット・ディロンデミ・ムーアも、細々とではあるが現在も活動している。

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ブラット・パックの看板俳優だったロブ・ロウトム・クルーズ


本作は、そんなブラット・パック揃い踏み映画の総本山
大学時代に仲のよかった7人組の男女が大人になってから再びつるみ始め、主に恋愛を中心としたショボい群像劇が展開される。
監督は、恐ろしく打率が低いわりには30年以上もハリウッドで活躍して駄作~凡作の映画を量産し続けるしぶとさと厚かましさに定評のある三流監督ジョエル・シュマッカー先生*1

私はこの人の映画を観るたびに、「こんな平凡な人でも映画を撮り続けられるんだから、アメリカって寛容でステキな国だなぁ」とほっこりしてマシュマロココアが飲みたくなります。
ただし、唯一フォーリング・ダウンという奇跡の傑作*2を撮ってしまった、という歪なキャリアゆえに、忘れたくても忘れ去ることができない監督としていつまでも私の頭にインプットされて記憶の容量を地味に圧迫している、嬉しい反面迷惑でもある監督です。

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セント・エルモス・ファイアーにご出演された皆さん。


そんな本作は、シュマッカー先生には群像劇が撮れないという、観る前からだいたい予想できていることを確認するにはうってつけの作品なので、ジョエル・シュマッカーって群像劇が撮れるの? 撮れないの?」という疑問がF1レースみたいに脳裏をギャンギャンよぎって何も手につかないし心なしか体重も減った…という人は早め早めに観ておいた方がいいです。ご自身の健康のために。

それ以外の人はまったく観る必要がない作品なので、安心してマシュマロココアでも飲んでおくつろぎ下さい。


まず主要人物7人の顔と名前の不一致、そして人間関係の不明瞭、さらには時系列と空間が混乱する編集など、シュマッカー先生の雑な仕事ぶりをたっぷり111分も堪能できる。なんてお得な作品なんだ。
とにかく全編通して私が気になったのは、移動が描かれないこと。
たとえば、真夜中にジャド・ネルソンの家にデミ・ムーアから電話がかかってきて、「いまホテルでエジプト人たちとコカインやってるんだけど、なんかレイプされそうな流れになってるから助けにきて丁髷」と言われる。
すると次のカットでは、ホテルの部屋の前までやってきたジャド・ネルソンへと飛ぶ。家を出てホテルに向かうまでの道中のショットがひとつも挟まれないのだ。

これはジャンプカットという映像技法で、時間経過を省略する際によく用いられるけど、この場合はジャンプしちゃダメでしょ

ジャンプしたらワープみたいに見えちゃうでしょ。自宅からホテルに瞬間移動って。孫悟空でもしないわ、そんなこと。

 

一事が万事この調子で、おまけに舞台が誰かの家だったりバーだったりするので、基本的に街(野外)が映されないのね。なぜかフルハウスみたいなシチュエーション・コメディを地で行っている。
この形式を7人もいる群像劇に適用したらどうなるか?
いま現在誰がどこにいて、ここがどこなのかまったくわからないという時間的/空間的な混乱がもたらされるだけザッツオールである。

もう111分間ずっと「ふふふ、私はどこにいるでしょう?」ってウォーリーじみたクイズを出されてる気分。頭が痛くなってくる。


また、7人の恋模様とやらも鼻白むばかりで。

 

浮気性のジャド・ネルソンは、恋人アリー・シーディが意趣返しとして浮気したことに対して、自分が浮気性であることを棚上げして理不尽なキレ方をする

バカ男代表として平昌オリンピックに出場してしまえ。理不尽ギレという種目でメダル狙えるぞ。

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ジャド・ネルソン…ブラット・パック構成員。代表作に『ブレックファスト・クラブ』セント・エルモス・ファイアー。以上。

 

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アリー・シーディ…代表作に『ブレックファスト・クラブ』『ショート・サーキット』『ハイ・アート』など。『ブレックファスト・クラブ』における陰のある少女役(画像参照)はアリー・シーディ史に刻まれるべき。


自らを恋愛至上主義者と豪語してやまないエミリオ・エステベスは、病院で一目惚れした研修医師アンディ・マクダウェルにしつこく付きまとい、彼女が恋人と休暇を過ごす別荘にまで付いてきて「男がいたなんて…」と勝手にいじけて別荘の前に居座り謎のストライキを敢行。

ストーカー行為もここまでやれば立派なもんだ。平昌オリンピックのストーキングという種目に出てみては?

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エミリオ・エステベスチャーリー・シーンの兄。アウトサイダー『ブレックファスト・クラブ』セント・エルモス・ファイアーの三大ブラット・パック映画すべてに出演した。だからどうということもないのだが。


デミ・ムーアはコカイン常習者のパーティー・ガールという見たまんまの不良少女。いわゆるパリピという人種。

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デミ・ムーア…80年代後半~90年代前半にかけては米国屈指のトップスター。大ヒット作ゴースト/ニューヨークの幻でろくろを回すシーンは死ぬほどパロディ化されている。ブルース・ウィリスの元嫁。アシュトン・カッチャーの元嫁。趣味は離婚、ろくろ回しなど。

 

ロブ・ロウはデキ婚した相手と別れて色んな女性を渡り歩いては捨てられ、勝手に傷心した挙げ句「自分探し」と称して単身ロサンゼルスに旅立つ。もう帰ってくんな。

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ロブ・ロウ…80年代前半はトム・クルーズを凌駕するアイドル俳優として大人気だったが、淫行スキャンダルで失墜。ロウと言えば?選手権で首位をキープしていたが、ついにその栄冠をジュード・ロウに譲ってしまった。


どいつもこいつも身勝手で、散々周囲を振り回しておいて、最後にはなぜか勝手にスッキリして前向きになっているという。無反省とはまさにこのこと。全員、平昌オリンピックに出て独り相撲という種目でメダル狙え。一人ぐらい取れるだろう、これだけいりゃあ。

そんなわけで、80年代青春映画の堕落した面だけを寄せ集めました、という感じの総集編的な負の結晶体こそがセント・エルモス・ファイアーなのです。 楽しいですね(真顔)。

 

ちなみに現在では、主要人物7人を演じた出演者は映画界から綺麗さっぱり淘汰されたが、いちばん淘汰されねばならないシュマッカー先生は、今なおカメラをブン回して映画やドラマを作り続けている。解せない。

 

*1:ジョエル・シュマッカー…アメリカの映画監督。ゲイであることを公言しており、自作バットマン & ロビン Mr.フリーズの逆襲』におけるバットスーツは尻と股間がやたらに強調され、胸部に乳首をつけるという趣味丸出しのデザインでファンの顰蹙を買った。だがいちばん嫌だったのは、そのスーツを着させられたジョージ・クルーニーだろう。

*2:フォーリング・ダウン…平凡な中年親父がストレスを爆発させるブチギレ映画の最高峰。マクドナルドでぺちゃんこのハンバーガーを出されたことに激昂して「メニューの写真と違うじゃないか。もっとふっくらさせろ!」と騒いで店内でショットガンをぶっ放すという崇高な作品である。

狂気の行方

混ぜるな危険の禁断コラボ

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2009年。ベルナー・ヘルツォーク監督。 マイケル・シャノンウィレム・デフォークロエ・セヴィニー

 

若い男が女性を殺し、人質をとり立て籠もったという知らせを受けたハヴェンハースト刑事は、すぐに現場に向かう。男は実の母親を殺したようだったが、誰を人質にしているのかまったくわからなかった。ほどなく男の婚約者イングリッドも現場に駆け付け、ハヴェンハーストと一緒に説得を試みるが…。(Yahoo!映画より)


監督がベルナー・ヘルツォークで製作総指揮がデヴィッド・リンチという、想像するだに恐ろしい雷神と風神の危険同盟

その背後に控えるのはレボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで気が狂った隣人を演じたマイケル・シャノン気が狂ったような映画に多数出演しているクロエ・セヴィニー狂気の世界によく人をいざなうウド・キア、存在自体気が狂っているようなウィレム・デフォーと、まさに最強のイカレ布陣

そのさま、まるで百鬼夜行のごとし。

 

イカレ男が母親をで刺し殺し、人質をとって自宅に立て籠もった。

映画は過去と現在をカットバックしながら、イカレ男が犯行に及んだ経緯と事件の顛末を並行して描く。1979年にアメリカで実際に起きた実母殺害事件から着想を得た作品である。
…と、映画の概要を軽くまとめてみたが、実際はこう単純ではない。

風神ヘルツォークと雷神リンチがコラボレーションすることの危険性を予め覚悟しておかねばアッと言う間に竜巻に吹き飛ばされ、雷撃に焼かれて死にます。


Q.ヘルツォークとリンチ、そもそもこの二人って相性いいんですか?

A.いいわけあるか!

どちらも映画界の狂人である。

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左:ベルナー・ヘルツォーク 右:デヴィッド・リンチ

 

ベルナー・ヘルツォーク(1942年-)

ブチギレ、近親相姦、なんでもござれの怪優クラウス・キンスキーと殺し合い寸前の対立関係を維持しながら、キンスキーの狂気を撮り続けたドイツの巨匠。

代表作に『アギーレ/神の怒り』(72年)『カスパー・ハウザーの謎』(74年)ノスフェラトゥ(79年)『フィツカラルド』(82年)など。

 

~たのしい逸話~

カリブ海のスフリエール火山が爆発するというので島民が島を脱出しているさなか、カメラを持って爆発寸前の火山に突っ込んでいった。

『ガラスの心』撮影中に、俳優たちに催眠術をかけて演技させただけでなく、何を思ったのか自分にも催眠術をかけ、寒中、氷の張った河の中に飛び込んだ(死にかけた)。

・『フィツカラルド』のアマゾンロケが難航を極め、主演のクラウス・キンスキーが「もういやだ。帰らせろ」と言って撮影放棄しかけると、「帰るならキミを射殺して、そのあと私も死ぬ」といって拳銃を突きつけた。

クラウス・キンスキーの殺害計画をよく立てる。

・アマゾンの奥地でロケをしていた『フィツカラルド』撮影中、スタッフが毒蛇に足を噛まれたのでチェーンソーで足を切断した。

 

デヴィッド・リンチ(1946年-)

シュルレアリスムとバイオレンスを掛け合わせた不条理な世界観を持つアメリカの映画作家。90年代の海外ドラマを代表するツイン・ピークスは世界中で大ブームを巻き起こし、日本でも社会現象になった。

代表作にイレイザーヘッド(76年)エレファント・マン(80年)ブルーベルベット(86年)マルホランド・ドライブ(01年)など。

 

~たのしい逸話~

・映画を撮らずにコーヒー豆の有機栽培ばかりしている。

・40年以上に及ぶ超越瞑想の実践者である。映画を撮るときは瞑想を使ってインスピレーションを得る。

・女優のローラ・ダーンが初めてリンチに会ったとき、リンチは人差し指を立て「トイレに行ってくる!」と言い残し、そのまま消えてしまったという。

・毎朝、自身のホームページで天気予報をストリーミング配信している。

・アイス・バケツ・チャレンジをおこなった際は、リンチがトランペットで「虹の彼方に」を吹き、横にいたスタッフがエスプレッソを混ぜた氷水を演奏中のリンチにぶっかけるという意図不明のパフォーマンスを披露した。

 

確かに二人の間には、悪夢的イメージ、心身症、畸形に対する執着など共通点は多いが、ヘルツォーク人間の狂気を撮り、リンチは世の不条理を撮るという決定的な違いがある。

また、ヘルツォーク人を寄せつけぬ峻厳な大自然を、リンチは人間性を蝕む機械工業を繰り返し主題化するいう特徴もある。

 

そんな二人が混ぜるな危険禁断コラボを果たした唯一の作品が『狂気の行方』だ。

もう徹頭徹尾、奇天烈な世界観

シュルレアリスム耐性がある観客にとっては多幸感で失禁するほど心地よい作品だが、シュールでも何でもないものに対して「シュールw」とか言っちゃうような観客はたぶん泡吹いてブッ倒れます。

 

もう全編に渡ってヘルツォーク&リンチの総ざらい的映像群で埋め尽くされている。

 

映画冒頭、事件現場に急行する刑事ウィレム・デフォーが、部下のマイケル・ペーニャ「警察官と犯罪者のどちらが本当の悪者か、ときどきわからなくなるときがある」と呟く。

心情吐露というより思索的な独り言に近いこの言語感覚は、たとえばマルホランド・ドライブにおけるウィンキーズで男が夢の話をするシーンや、カウボーイハットをかぶった男(死神)が若い映画監督に「俺に話を合わせようとするな。言葉にする前にまず自分の頭で考えてから話せ」と説教かますシーンに符号する。

実際、マイケル・シャノンが瞑想するヒッピーに対して「瞑想はよせ。自分でモノを考えて、一貫した主張を持つんだ」と説教垂れるシーンまであるのだ(瞑想狂いのリンチに対するヘルツォークなりの批判なのでしょう)。

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また、マイケル・シャノンの母親がいかにもリンチ映画に登場しそうな気っ色悪いババアだったり、スーツを着た小人が突拍子もなく現れるところなんて露骨にリンチ的記号。

かと思えば、マイケル・シャノンがゆるやかに狂っていくさまはヘルツォークお家芸。濁流の撮り方なんて『アギーレ/神の怒り』だし、思わぬ所に思わぬ動物がいるという対位法もバッド・ルーテナントのイグアナを彷彿させる。

サンディエゴの暖かな気候と、長閑で小さい町、そんなささやかな日常の薄氷一枚隔てた下に狂気の種が宿る…という不穏な描写はリンチのブルーベルベットだし、マイケル・シャノンの自宅のやたらファンシーで鮮やかな外観や、銀残しで撮られた殺風景な線路沿いの荒野、そしてわざとらしい青空のファーストショットなどはヘルツォーク的映像作法の賜物といえるだろう。

 

どちらも超現実的な映像感覚で観客の常識を叩き潰す達人だが、両者の超現実主義を分析してみると、ヘルツォークの場合は哲学、リンチの場合は心理学に依拠しているという試論に辿り着く。

なんにせよ、このふたつが綯い交ぜになったワケのわからん映像がフィルムの全域にドロドロと流し込まれているのだから、混乱するなという方が無理なのだ。

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本作には、シュルレアリスムの向こう側にイってしまった圧倒的にきちがい染みたシーンが3つあるので、ご紹介するね(ネタバレ注意)。


ひとつめは、本作の目玉ともいえる自力ストップモーション

映像は停止しておらず淡々と時間は流れているのに、あたかもストップモーションがかかったかのように役者たちが身体運動をやめて急に静止する…という奇妙なシーンが二ヶ所ほど出てくる(よく見ると若干ぷるぷるしている)。もちろん、なんの脈絡もなく。

ブルーベルベット頭を撃たれて立ったまま死んでる男を彷彿するわー。

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ふたつめは、マイケル・シャノンが人質にとっていたのが実は人間ではなく、自宅で飼っていた二羽のフラミンゴだったというズッコケ必至の終盤。

缶詰に描かれたおっさんを「彼こそが神だ」と崇めたり、通行人に自分のリュックサックをあげちゃう様子からして相当クレイジーな男だとは思っていたが、まさかフラミンゴを人質にとって籠城するほどのクレイジーだったとは

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人質に食料を与えるマイケル・シャノン


そしてみっつめは、警察に自宅を包囲されたラストシーン。フラミンゴを解放して投降する際に、マイケル・シャノンが忌々しそうに呟いた一言。

 

「太陽が東から昇るのが許せない」

 

おまえは『異邦人』のムルソーか?

でも不思議とこのフレーズに深い魅力を感じてしまう。名言だとさえ思うよ。

将来、私も警察に囲まれて投降する機会があれば、ぜひ忌々しそうな顔で呟いてみたい。

「太陽が東から昇るのが許せない」

 

つうこって、ヘルツォークファンおよびリンチファンおよびシュールなものが好きな人または凝り固まった常識を揺さぶられたい人ならびに泡吹いてブッ倒れたい人は必見!

超越瞑想の実践者自力ストップモーションの実践者にもすすめられる作品です。

 

悪魔のような女

 シャロン先生とイザベル校長。無理だろこんな学校!

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1996年。ジェレマイア・S・チェチック監督。シャロン・ストーンイザベル・アジャーニキャシー・ベイツ

 

全寮制の男子校の理事長ガイは心臓の弱い校長の妻、ミアがいながら、教師の1人のニコルと愛人関係にあった。それはミアも暗黙の了解としていたが、ガイの暴力に耐えかねたミアとニコルは手を組み、ガイを殺す計画を立てる。計画通りガイを殺害し、学校のプールに彼を沈めた2人だったが、翌日口実を作ってプールの水を抜かせたところ、そこにガイの死体はなかった…。(Amazonより)


折に触れてアメリカでリメイクされるアンリ=ジョルジュ・クルーゾー*1

『恐怖の報酬』の次は悪魔のような女を、シャロン・ストーンイザベル・アジャーニのダブル主演でリメイク。

 

この作品はシャロン・ストーンイザベル・アジャーニの配役こそがすべてと言っていい。

クルーゾー版のシモーヌ・シニョレとヴェラ・クルーゾーに匹敵する女優としてこの二人を選んだキャスティング・ディレクターの慧眼は、少々鈍臭いシナリオと、クルーゾーの手腕と比較することが残酷に思えるほどの凡庸演出を補填して余りある!

 

シャロン・ストーン(1958年-)

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90年代のマリリン・モンローにして、世界的なセックスシンボル。

氷の微笑でのノーパンで生足を組みかえるシーンはあまりに有名で、世界中でパロディ化されている。VHS全盛の当時、テープが擦り切れるほど何度もこのシーンをスロー再生するノーパン・ウォッチャーが続出して、レンタルビデオ店のVHSではこのシーンだけ映像が途切れるという都市伝説まで存在したほど。

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ノーパン生足組みかえシーンに世界中の男が鼻の下を伸ばした。

 

イザベル・アジャーニ(1955年-)

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フランスの大女優にして波紋の使い手

ジョジョの奇妙な冒険の漫画家・荒木飛呂彦と同じく、ハイランダー症候群ではないか?」と憶測されているほど、何十年経っても容姿が変わらない。

 ※ハイランダー症候群…歳を取らない奇病。

 

なんといってもシャロン・ストーンの女教師役。

シャロン・ストーンが女教師を演じると聞いて、全世界が「そんなバナナ」と呟いた。

無理がありすぎるとかいう話ではなくて、無理なんですよ。

だが、そんなことは織り込み済みだといわんばかりに、教室でスパスパ煙草を吸ったり、子供たちを怒鳴りつけて蔑視したり、他の教師に皮肉をぶつけてふんぞり返るなど、徹頭徹尾全人類がイメージするシャロン・ストーンシャロン・ストーン自身が演じている。おまけにバリバリの厚化粧。

もはやセルフ・パロディになってるんだよね。

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こんな女教師がいるか!

 

そんなシャロン先生と正反対なのが校長のイザベル・アジャーニ

イザベル・アジャーニが校長先生を演じると聞いて、全世界が「そんなアホな」と呟いた。

無理がありすぎるとかいう話ではなくて、無理なんですよ。

彼女は元尼僧で、心臓が弱く、優柔不断、いつもオドオドしていて「あうあう」言っており、理事長の夫に体よく使われて、校長室でセックスの相手をさせられている。

もうむりじゃん。

この時点でむりじゃん。校長が務まる器ではねえじゃん。

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 こんな校長がいるか!

 

色気ムンムン型ノーパン女優のシャロン・ストーンが教師で、メンタル脆弱型あうあう女優のイザベル・アジャーニが校長って、もう学校経営自体むりじゃん。

一学期も持たないじゃん、こんな学校。

しかも理事長の夫はシャロン先生とも肉体関係を持っており、イザベル校長もそのことを知ってはいるが浮気を追及する勇気がなく、「胃が痛い」とか言ってんの。

いわば公認の三角関係。理事長までこの体たらく

腐敗しきっとるやないか。

なんやこの学校。

どんな思い出が作れんねん、ここに通って。

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夫への不満が臨界点に達して胃がむちゃむちゃになる寸前のイザベル校長に、「いっそ殺しちゃえば?」と囁くシャロン先生。魔性の誘惑。

「やるだけやってみましょう…」と答えたイザベル校長は、シャロン先生と協力して夫殺しを実行するが、いざ殺すという段になって急に怖気づき「やっぱむりむり」と首をブンブン横に振るので、「しゃーねなぁ」とシャロン先生、代わりに理事長を殺す!

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「死んじゃったのかしら…?」

「死んでる、死んでる!」

 

「さぁ、もう後には引けないよォーッ!」とノリノリのシャロン先生と、「やってもうたで、おい…」とさっそく後悔し始めるイザベル校長の温度差たるや。

そのあとは、頭を使って完全犯罪を成し遂げようとするシャロン先生と、夫殺しが露見する前に自首しようとするイザベル校長の押し問答が延々続きます。

 

イザベル「やっぱり殺人なんてよくないわ…」

シャロン「今さら何言ってんだい。腹をお括り!」

イザベル「自首すれば神様も許してくれるはずだわ…」

シャロン「いちいち神に頼んなァーッ!」

イザベル「自ー首。自ー首」

シャロン「お黙りッ。アンタが自首したらアタシまで捕まっちまうじゃないかーッ!」

イザベル「でもでもでも~」

 

イライラするわー。

一事が万事この調子。こういうの何ていうか知ってますか?

水掛け論っていうんだよ!

 

イザベル・アジャーニは相変わらずのメソメソ芝居っぷり。

何かといえば自首しようとしたり、思考停止で神にすがるなどして共犯者のシャロン先生を大いに困らせるなど、傍から見ていてイライラする女を好演。

シャロン先生の方が悪女なんだけど、不思議と応援したくなるんだよね。イザベル校長というたいへんなお荷物を抱えて足を引っ張られながらも懸命に完全犯罪を成し遂げようとドタマフル回転させるシャロン先生、いつもありがとう! ご苦労様です! だよ。

 

そんな二人の前に突如現れたのが元刑事のキャシー・ベイツ

言わずと知れたミザリーのおばはん*2

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キャシー・ベイツが元刑事を演じると聞いて、全世界が「そんなムチャポコな」と呟いた。

無理がありすぎるとかいう話ではなくて、無理なんですよ。

元刑事役にしてはあまりに弛緩した存在感を放っており、鋭さ皆無。悪を断罪する感じ皆無。何しろ見た目がスーパーにいるおばはんなのだから。

それに、常に微笑んでるしね。

そんなキャシーおばさんが、ずんぐりむっくりした身体でにっこり微笑みながら殺人事件を調査する…という能天気な元刑事を好演。和む。

サスペンスなのに和む。

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キャシーおばさんの干渉によって、二人のただでさえ危なっかしい完全犯罪計画はさらにグラつく。
巧みなウソで罪を隠し通そうとするシャロン先生と、あんまり罪を隠し通す気がないイザベル校長危うい二人三脚が意外と楽しい。

共犯者としてはあまりにポンコツすぎるイザベル校長の精神不安定ぶりに、シャロン先生が「ダメだこりゃ」と頭を抱える…というグダグダな関係性はコントさながら。

 

さて、いよいよ評をまとめます。

要するにこの作品、メインキャストが揃いも揃って役作りをしていないというのが大いなるポイントです。

シャロン・ストーンイザベル・アジャーニ…、まんまやないか。

キャシー・ベイツも…、まんまやないか。

っていう。

 

このまんま感を大事にしたことで、犯罪劇というよりキャラクター劇としてのメタ的なおもしろさが前景化しているんス。
シャロン・ストーンキャシー・ベイツが睨み合う場面なんてまったく違う生物のツーショットという感じだし(容姿の差もさることながら目線の高さもぜんぜん合ってない)。

それに、目と口を限界まで開いて驚いた表情をするというイザベル・アジャーニ素人演技も炸裂する(彼女の芝居の引出しにはこれ一個しかない。これ一個だけでここまで来た)。

 

後半にはアッと驚く展開が用意されているが、もはやこちらは3人のまんま感を笑いながら突っ込むのに忙しくてそれどころではない。
禁煙を誓っていたキャシーおばさんが事件解決後に煙草に火を点ける…というラストシーンは実にハードボイルドだが、いかんせんそれをやってるのがキャシー・ベイツなので喫煙おばはんの午後の一服という感じがしてしまって、どうにも様にならない。

 

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キャシー教に目覚めそう。

*1:アンリ=ジョルジュ・クルーゾー…フランス映画界の重鎮。ヌーヴェルヴァーグの始祖にして、映画史上初めて世界三大映画祭の全てで最高賞を受賞した監督でもある。代表作に『情婦マノン』(49年)、『恐怖の報酬』(53年)、『悪魔のような女』(55年)など。

*2:ミザリー…敬愛する小説家の自動車事故を目撃したキャシー・ベイツ演じる読書好きのおばはんが、看病という名目でその小説家を自宅に監禁する、狂的ファンの生態を描いたサスペンス映画。

ムーンライト

蒼ざめた沈黙

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2016年。バリー・ジェンキンス監督。アレックス・ヒバート(幼少期の主人公)、 アシュトン・サンダース(青年期の主人公)、トレヴァンテ・ローズ(壮年期の主人公)。

 

マイアミの貧困地域で暮らす内気な少年シャロンは、学校では「リトル」と呼ばれていじめられ、家庭では麻薬常習者の母親ポーラから育児放棄されていた。そんなシャロンに優しく接してくれるのは、近所に住む麻薬ディーラーのフアン夫妻と、唯一の男友達であるケヴィンだけ。やがてシャロンは、ケヴィンに対して友情以上の思いを抱くようになるが、自分が暮らすコミュニティではこの感情が決して受け入れてもらえないことに気づき、誰にも思いを打ち明けられずにいた。そんな中、ある事件が起こり…。(映画.com より)


先日、ビデオ屋で『ムーンライト』のパッケージを手に取り「ほっほーん」なんつって眺めていたら、とあるアベックが私のそばに寄ってきて、『ムーンライト』のパッケージをチラと一瞥したる男、「ハッ!」和田アキ子みたいに裂帛の空気を吐き、「これ、アカデミー賞取ったわりにはクソつまんなかったわwww」けんもほろろに唾棄。

「へえええ、〇〇くんスゴォォーイッ! 映画詳しいィィィィッ! ヒイイイイッ!!」などと女の称讃を一身に浴びて鼻高々といったご様子。

 

こういう馬鹿豚ポップコーンみたいな連中にイライラしてしまうのが自分の悪い癖で、ついつい「あのな、『ムーンライト』が作品賞を取ったのはアカデミー会員の多くが反トランプ政権の意思表明として票を入れたからであって、アカデミー賞とは必ずしもおもしろい映画を決める賞ではないのですよ。そんな単純な話じゃない。ビーチでビキニコンテストしてるのとはワケが違うんです」というニュアンスでそのアベックを冷視してしまいました。


だが、家に帰っていざ映画を観てみると、クソつまんないという程ではないが、確かにそれほど大した映画でもなく…。
今となっては、あの男が言ったことも多少は分かる。

もちろんクソつまんなかったわwww」「ヒイイイイッ!」とまでは思わないけど、まぁそういう感想を持つ男が現れるのも止む無しというか。

少なくともクソつまんなかったわwww」という意見に対して「それはお前の理解が足りてないだけだ、ばか野郎!」と叫んでこの作品を擁護する気にはなれない…というぐらいにはどちらかと言えば僕もこの男寄りの感想を持っています。

要するに、冷視してすみませんでしたというお話。

 

LGBT*1の偏見をなくしましょうという動きが近年熱気を帯びているのは分かるのだけど、『わたしはロランス』『チョコレート・ドーナツ』のような、やや神経質なまでのLGBT推しは少し苦手だ。性的マイノリティに理解を示して精一杯擁護するという行為それ自体が、ある意味では性的マイノリティに対する差別に思えて。


だが本作『ムーンライト』は、いわゆるLGBT映画ではない。
たしかに、貧困街で生まれ育った有色人種でゲイの主人公の行き詰まりを描いてはいるが、差別や貧困をことさらにクローズアップして観客の同情を乞うようなナメた作りにはなっていない。むしろ差別や貧困にまつわる描写を大胆に省略する手つきには好感さえ持てるほど。
ただ、全編通して白人が一度しか画面に映らないという明らかな作為には違和感を持ったけど、そこを掘り下げると面倒臭そうなのでスルーします。

 

差別や貧困よりも男同士のロマンスに比重が置かれている。

実際、主人公と親友の思春期の気まずい恋模様が描かれているのだが、ブエノスアイレスブロークバック・マウンテンを引き合いに出すまでもなく、同性愛を扱った映画としては少々弱い。
主人公と親友の言外の想いや気まずさを表象するような青い海辺と静かな波音など、言葉や芝居ではないところで心の機微を紡いでいく繊細な演出が特徴的だが、そうした文芸性志向は主題の平坦さを悪目立ちさせてしまう。映画のフォーカスがどこにも合ってないというか。
だけど、海、車、シャツ、ガスコンロの青い炎など、全編に配色したブルーが基調色になっていて、孤独感を抱える主人公の心象をセンシティブに視覚化する映像設定は魅力的なので、普段顔が青ざめてて青い夢を見るほど青色が好きな人にはおすすめ

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それにしても、おかしな時間がずーっと流れてる映画だ。
親切な麻薬ディーラーのマハーシャラ・アリが「ヘイ、メーン」などと挨拶を交わして仲間と仕事の話をするファーストシーンの長回し
そんな彼に保護された幼い主人公が、名前や住所を聞かれてもリトル・ミス・サンシャイン』の長男ばりに無言を貫くファーストフード店のシーン。いつの間に「沈黙の誓い」を?

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「名前はなんていうんだ?」

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「…………」

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「家はどこなんだ?」

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「…………」

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「おまえは何なんだ?」

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「…………」

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「どうか頼む。何か喋ってくれ」

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「…………」


そして大人になった主人公が、親友が経営するレストランに行って数十年ぶりの再会を果たすクライマックスでも、やはり重苦しい沈黙が二人の上にのしかかる。

 

全編に渡って「え、なにこの言論空間?」みたいな変な間が点在しているのだ。私の言葉でいうところの死に時間*2が流れている。
いろんな映画を観ていると、たまーにこの手の映画に出くわすことがある。意図的に死に時間を設けているというか。

身も蓋もない言い方をすると、これは映画的要請もなく、ただ漫然と時間を引き延ばすことで、あたかも意味ありげなシーンであるかのように錯覚させる…という文芸映画のトリック。
端的に言って映画の遅延行為だ。
サッカーだったらイエローカード出てますよ!

 

それはそうと、壮年期の主人公を演じたトレヴァンテ・ローズの強面ぶりと筋骨隆々ぶりがなかなか凄くて、精細な心を持った気弱な主人公だからまずあり得ないとは思いつつも、急にキレて暴れ出すかもしれないという戦々恐々たる空気にヒヤヒヤしていたのは私だけだろうか?

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こわ。

 

ちなみに、プランBエンターテインメントが製作に参画している。ブラッド・ピットが設立した映画会社だ。

何気に『ムーンライト』がアカデミー作品賞を取ったことでいちばん得をしたのは、女房と別れてイメージダウン真っ只中のブラピだったかもしれない。

 

*1:LGBTレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーを略した性的マイノリティの総称。BTTF(バック・トゥ・ザ・フューチャー)と混同しないようにね!

*2:死に時間…なんの目的も役割もなく、ただ無為に流れているだけの無駄な時間。完全なる私の造語です。