シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

テイク・シェルター

いま画面の中で起きてることが必ずしも真実とは限らない系の嵐接近型ホームドラマ!

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2011年。ジェフ・ニコルズ監督。マイケル・シャノンジェシカ・チャステイン、キャシー・ベイカー。

 

田舎町で妻と娘と幸せに暮らしていたカーティスは、異常気象に襲われる悪夢を見て以来、その恐怖にとりつかれてしまう。避難用のシェルター作りに没頭するカーティスに対し、家族や周囲の人々は次第に不信感を募らせていくが…。(映画.com より)

 

長らく無視していたのですよ。
「どうせ巨大嵐が襲ってくるディザスター・ムービーでしょ。お腹いっぱいだわ!」つって。

でも、ぜんぜん違った。

嵐が来るか来ないかについての映画だった。

 

統合失調症マイケル・シャノンは、毎晩、巨大な嵐が町を襲う悪夢にうなされている。

日ごと憔悴するシャノンは、精神科医に通ったり抗精神病薬を飲み続けるが症状は一向におさまらず、妻のジェシカ・チャステイン聴覚障害を持つ娘との関係も悪化していく。

「嵐が来る」という強迫観念に取り憑かれたシャノンは、家族を守るためにローンを組んで自宅にシェルターを造設するが、家族や仕事仲間からは「いよいよヤベえぞ、あいつ」と冷たい目で見られ、キチガイ扱いされるのであった…。

 

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「あっふー! 夢か!」

悪夢を見すぎて寝小便まで垂れるマイケル・シャノン

 

ハッと起きると夢だった…というパターンが劇中で何度も繰り返される。

いわゆる夢オチというのはありふれた手法だが、本作ではその夢オチが間歇的に何度も何度もカマされ、しかもその夢が何かのメタファーだったり何かをミスリードするためのギミックとして重畳的に機能しているので、二重三重のおもしろさがある。

あまつさえ、シャノンが見るのは嵐の悪夢だけではない。

むしろ嵐はひとつの前兆で、そのあとに黄色いエンジンオイルが空から降ってきたり、人々が狂暴化したり、妻が自分に包丁を向けるといった夢の続きがある。

したがって、もしも本当に嵐が起きたとしてもそのあとの展開すら夢かもしれないという可能性が絶えず留保されているのだ。

しかも嫌らしいことに、あえて天気の悪い日ばっかり選んでロケーションをしてるんだよ、この映画。曇りだったり小雨だったり。だから余計に、いま観ているシーンが夢なのか現実なのかが判然としない。

夢と現実の境界線が滲んでいくという意味では、デヴィッド・リンチにも通じるシュルレアリスム映画だ。

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子供との組み合わせがすこぶる悪いマイケル・シャノン。父親役、似合わねー。


だが本作は、現実と悪夢の狭間を去来して「何がどうなっているでしょう?」と問いかけるミステリー映画ではない。

根幹にあるのは家族についての物語だ。

統合失調症の夫の妄言や奇行を受け止める妻、娘に人工内耳手術を受けさせたいのに日ごと逼迫する家計、そして家族を守りたい一心でシェルターを造設する夫…。

こうした家族の物語が主軸を担いながら、不穏に進展していく作品なのである。

 

妻を演じるチャステインは、不安と恐怖でピリピリしている夫の八つ当たりに耐え、娘の人工内耳手術の費用を工面するために謎の編み物をバザーに出品して叩き売りするような努力も厭わない善き妻。

しかし、夫が勝手に大枚はたいてシェルターを造設した上に、会社の重機を無断使用してクビになったことで、夫の保険で娘の手術費をカバーすることができなくなり、いよいよ怒髪天を衝く。

いくら愚鈍とは言えさすがに妻の限界を感じ取ったシャノン、「出ていくのか…?」と訊ねると、チャステインは「私は仕事を見つける。あなたは治療に専念。家族旅行のために貯めておいたヘソクリを使って、友達からお金も借りれば、どうにか手術費は工面できるわ」と具体的な解決策を提示して夫に寄り添う。

普通、「もう我慢の限界よ!」とぶち切れて妻子が逃げちゃうような定番コースだが、そうならないあたりが妙にリアルで。

しかし、そのあと家族で参加した町内の食事会で、仕事仲間がシャノンに突っかかって大喧嘩に発展。ぶち切れたシャノンが食卓をひっくり返し、「俺の話を聞けええええ!」クレイジーケンバンドみたいなことを叫ぶ。

そして「お前ら、俺のことをイカれた奴だと思ってるんだろう? だがな…、もうじき嵐が来る。とんでもない大嵐がくるというのに、おまえらは何も備えちゃいない!」と災害時備蓄メソッドを演説。

みんなドン引き。娘もドン引き。

しかしチャステインだけはドン引きするどころか、泣きだす夫を「帰りましょう…」と言って優しく抱きしめるのだ(←ここ重要ですよ!)

 

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終盤では現実に嵐がやって来る(しかしシャノンが悪夢で見たような大嵐ではない)。

一家はシェルターに避難して夜を過ごし、無事に嵐をやり過ごしたが、夫は「まだ外は嵐だ…」といってシェルターの扉を開けることを躊躇する。妻は「嵐は去ったわ。私たちと一緒にいたいと思うなら、扉を開けて。お願い」と懇願し、ようやく夫がシェルターを開けると、すでに嵐が去った町には陽光が降り注いでいた。

すっかりハッピーエンドのつもりで家族旅行に出かけるラストシーン。シャノンと娘が浜辺で城を作っていると、急に娘が立ち上がって海の向こうを見つめる。それに気づいたシャノンとチャステインも同じ方角を見て戦慄する…。

巨大嵐がやって来たのだ。

黄色いエンジンオイルが降りかかった手を見つめながら、チャステインの「わかったわ…」という意味深な台詞で映画は終わる。

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 来るべき終末。

 

観客の間では、このラストをめぐって様々な推論が立てられている。

 

(1)シャノンの予知夢が現実のものとなった。
(2)シャノンの幻覚が家族に伝染した。
(3)すべてはシャノンが見ている夢。

 

私が「こうだ」と断言してこれから鑑賞する人の見方を狭めてしまうのもアレだけど、まぁ普通に考えれば(2)が妥当でしょうね。

最初に嵐に気付いたのは娘。統合失調症の遺伝率は10%ときわめて高く、中盤にはシャノンが見ている夢と見せかけて娘が夢を見ていることを仄めかすシーンがあったし、妻のチャステインは食事会のシーンで夫の妄言や奇行に徹底的に付き合うことを決めた。だから最後に、夫と娘が見ている嵐を幻視して「(あなたの苦しみが)わかったわ…」という一言を漏らしたのだ。

いずれにせよ、「夫(統合失調症患者)に合わせる」ことを選んだ一家の暗い未来を示唆する、やりきれないラストシーンだ。


精神不安定を演じさせたら右に出る者はいないマイケル・シャノンがよくハマっているレボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで『狂気の行方』でも似たような男を好演)

だがそれ以上に、型通りの芝居の一歩先に踏み込んだジェシカ・チャステインの巧さに舌を巻く。

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『マン・オブ・スティール』(13年)ではシェルターなんて一撃で壊しそうなゾッド将軍を演じていたマイケル・シャノンだが…。

 

映画は終始ロートーンで、「かったるい」という感想を忌々しそうに吐いたレビュアーも目立つが、的確な画運びと役者陣の芝居が魅力的なので、長編小説を1ページずつじっくりと読んでいくような味わい深さがある。

元ネタはヒッチコック『鳥』(63年)でしょうね。近年の映画だとシャマラン『ハプニング』(08年)や、スコセッシシャッター アイランド(10年)にも近い。
いま画面の中で起きていることが必ずしも真実とは限らない系の嵐接近型ホームドラマの金字塔!

拾い物でした。

 

 

さて、レビューのストックが尽きてきたので、次回あたりから好きな女優ランキングでもやりますか。着々と準備を進めてます。アディオス。アディダス

 

 

エコール

 無垢や純粋ほど恐ろしいものはない

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2004年。ルシール・アザリロビック監督。ゾエ・オークレール、ベランジェール・オーブルージュ、リア・ブライダロリ。

 

森の奥深くにある学校「エコール」に、6歳の少女イリスがやってくる。高い塀で外部と遮断されたその学校では、6歳から12歳までの少女たちが年齢を区別するリボンと白い制服を身につけ、ダンスと自然の生態を学んでいた。男性のいない女性だけの閉ざされた世界にイリスは順応していくが、ある少女は耐えられず、壁を乗りこえて脱走を図る。(映画.com より)

もくじ


アート系やインディーズ系の映画をやたらに好む後輩から「これは観なければなりませんよ」とおすすめされていたので、「じゃあ、わかった」つって観た。

おぼこい少女がわんさか出てくる映画である。宮崎駿が大喜びしそうだ。

もはやこれはロリータ映画を通り越してチャイルド・ポルノと言っていい。年端もいかぬ少女たちのヌードがばんばん出てくるからだ。

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①謎だらけの幼女映画

深い森の中にある、高い塀に囲われた学校と寮。ここには女性しかいない。教師は少女たちに基礎教養とバレエを教えている。

毎年、春になると新入生を外界からに入れて運んできて、白い制服赤いリボンを与える。この学校では最年少の少女たちは赤いリボンを、最年長は紫のリボンを髪につけるというルールがあるのだ。

そして最年長の子は教師に連れられるまま「卒業」していくが、どこへ連れていかれたのかはわからない。

この学校から逃げ出したいと思っている少女も少なからずいるが、外界に出るのは禁忌とされており、脱走した者は後日「お別れ会」と称して火葬される。殺されたのだ。

そして最年長の少女たちは夜になると森道を通ってどこかへ行き、外部の「お客様」に向けてバレエの発表会をおこなう…。

 

明らかに怪しい映画だ。大いなる謎を孕んでいる。

この学校が何を目的に運営されているのか。

なぜ女性だけなのか。

なぜ外界に出てはいけないのか。

あるいはなぜバレエのレッスンをさせているのか。

毎年どこから新入生を調達してくるのか。

どうして新入生は棺に入れて運ばれてくるのか。

そして卒業生はどこに連れていかれてどうなってしまうのか。

 

これらの謎は最後まで明かされない。

なるほど。これは後輩から私への挑戦状というわけか。

「映画好きのふかづめさん、あなたはこの映画をどう観ますか!」

よろしい。ならばお答えしましょう(尤も、後輩がこのブログを読んでいる確率は限りなく0パーセントに近いのだが。教えてないし)。

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②耽美主義のゴシック・ロリータ

まず率直に感想から言うと、『エコール』には魔性の吸引力があり、なかなか見応えがあった。

美と頽廃を混ぜ合わせた映像設計と、思わせぶりなストーリーテリングに惹きつけられる。何よりフラフープやブランコに興じる無垢な少女たちが画面によく映える。ダラダラした調子で121分続くのだが、飽きない。

耽美主義のゴシック・ロリータものという点では大成功しているのではないかしら!

 

たしかに物語を追い始めると難解でスッキリしないが、映画はスッキリするための道具ではないのでこれは問題ない(逆に言えば「オチ」とか「伏線」を重視する人にとっては堪らなく苦痛な映画だろう)。

たとえ本作の意味するところが全然わからなくても、少女たちを眺めているだけで「ええのぅ、ええのぅ~」とほっこりした気分を味わえるので、幼女趣味やゴスロリ好きの人に広くすすめられる作品になってござります(※私はロリコンではありません。むしろ子供なんて嫌いだ)

 

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とりわけ、最年長のビアンカはキューティが爆発している。圧倒的美少女。

面倒見がよく、下級生たちの世話をするええ子。夜な夜なバレエの発表会に行き、「お客様」からたいへん気に入られている。

 

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イリスは新しくやってきたアジア丸出しの新入生で、寮生活の面倒を見てくれるビアンカを慕っている。

ビアンカのためなら鉄砲玉になることさえ厭わないぐらいビアンカを尊敬している最年少だ。

 

 

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外界出たがりのアリスはバレエの達人。

アリス!

当ブログで推してるパワーワードと同じじゃないか。

「バレエ好きの校長先生に選ばれた子は飛び級扱いで外界に出られる」という特別ルールに望みをかけてバレエの猛特訓に励むが、校長先生がほかの生徒を選んだことに嫉妬して脱走を企て、殺される。

 

そして、バレエの先生を演じているのがマリオン・コティヤール

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こんなところにマリオン!

思わぬところでコティヤール!

しかも貴重なレオタード姿をここぞとばかりに披露している。眼福以外の何物でもない。

 

ご覧のように、基本的に『エコール』は楽しい楽しい学園青春映画である。

まぁ、たまに少女が殺されたり焼かれたりするだけだ。

では、そろそろ絵解きに移るとしましょうか。

 

③生まれ変わるサナギ

この映画のおもしろいところは、観客一人ひとりの理解度によって解釈がまったく異なる多重構造を持っているところだ。

 

いちばん浅いところで表面的に解釈すると…

(1)無垢な少女を育てる淑女養成学校のお話(見たまんまの解釈)。

 

次に、少しだけ深読みして解釈すると…

(2)少女たちを育てて競りにかける売春婦養成学校のお話。

 

最後に、メタファーを読み込んで解釈すると…

(3)無垢な少女たちが思春期を迎えて性を知るまでの通過儀礼のお話。

 

どんな風に解釈しても楽しめる映画なのだけど、手っ取り早く結論から申し上げると、これは(2)と思わせた(3)についての映画でしょう。

たしかに(2)の「売春婦養成学校」という解釈はなかなかおもしろい。バレエの発表会に現れる「お客様」は男性客がほとんどだし、気に入った少女に薔薇を投げて薄気味悪い笑みを浮かべるのだ。どう見ても少女を狙ってる野獣の目つきだよ!

また、校長先生がバレエのテクニックよりも少女たちのうなじを選定基準にして品定めするシーンまであるのだ。

しかし、それでは新入生を棺に入れて運んでくる理由や、脱走した生徒を殺す理由の説明がつかない。

 

ところが(3)の「無垢な少女が思春期を迎えて性を知るまでの通過儀礼」をメタファーとして描いている…と考えるとおおよその辻褄は合う。

彼女たちが純粋培養されている学校は、穢れなき少女時代そのもののメタファーだ。

そして少女たちはバレエ(厳密にはロマンティック・バレエを通して少しずつ女になっていく。バレエは官能性の象徴。一人の女性が「女」になるまでの過程を描いたブラック・スワン(10年)もバレエを題材とした映画だ。

そしてビアンカがバレエの発表会でもらった赤い薔薇は初潮を迎えたことを示唆している(絵画でも薔薇は「性的なメタファー」として描かれる)。もらっただけでなく、ビアンカがその薔薇を愛おしそうに腹部に当てるシーンまであるのだ。

純粋無垢だったビアンカが性に目覚めたことを仄めかすシーンは、外界に連れ出されて始めて目にした男の子と噴水で戯れるラストシーンにも顕著だろう。全身ずぶ濡れになりながら水の柱を抱き、恍惚の表情で少年と見つめ合うのだ。

また、バレエ発表会に出る少女たちは背中に蝶の羽をつけている。

先生が夜な夜な昆虫標本を作っていたり、サナギが羽化するシーンがあるように、これは少女というサナギが女という蝶になるまでを描いた通過儀礼の物語なのでしょうね。

俗世から調達してきた新入生を棺に入れて運んでくるのは、俗世で染みついたものを一度殺して無垢な状態で生まれ変わらせるための、いわば純化の儀式だろう。だから棺の中の少女はスッポンポンで、棺から出た直後に白い制服(無垢である証)を着せられるのだ。

 

だが、この学校制度は明らかに極端で、完全にイカれた世界だ。

外界(大人の世界)に憧れを抱いて脱走した少女たちを殺すように、早熟は忌避すべきものという倒錯したイデオロギーが蔓延っているのだから。

しばしば善きこととして使われる無垢とか純粋といった言葉こそ、実は最も危険なのだ。

無垢とか純粋なんていうと天使みたいなものをイメージしがちだが、これは逆で、むしろ最も悪魔に近い概念だと思う。

無垢な子供はどこまでも残酷になれるし、純粋な子供はどれだけ残酷なことをされても平然とそれを受け入れてしまうのだ。

墓を建てるために生き物を殺していく無垢な少年少女を描いた、本末転倒の墓ブッ立て映画禁じられた遊び(52年)のように。

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④ノエに捧げんな

ラストシーンのあと、「ノエに捧げる」という一文が出る。

「なんでギャスパー・ノエ*1に捧げんのじゃい!」と驚異的な瞬発力で突っ込んでしまったが(私はギャスパー・ノエが大嫌い)、あとで調べてみると本作の監督はルシール・アザリロビックという女性監督で、ギャスパー・ノエの嫁はんだったみたい。

道理で粒子の粗い映像とかむやみなポルノ感を推してたわけだ。

そうと知って合点がいったのだが、物語のディテールに絡みつく謎や整合性を欠いた描写は、すべて雰囲気だけの可能性が高い。

単なる思わせブリトニー。

すべてのシーンを理詰めで絵解きしようとすると嫁はんの術中にはまってしまうので、あまり深く考察しない方がいい映画でしょう。

そんなことをする暇があるなら、ビアンカのキューティ爆発に心ときめかせ、急に出てくるマリオン・コティヤールに「こんなところにマリオン! 思わぬところでコティヤール!」と大騒ぎしていた方がよっぽど有意義だ。

 

*1:ギャスパー・ノエ…アルゼンチンの問題児。妻をレイプされた主人公が犯人を見つけだす…という単純な映画だが、時間軸を逆回転して見せた『アレックス』(02年)、死んだ主人公の魂視点でホテルを散策して他人のセックスを160分傍観し続けるエンター・ザ・ボイド(09年)、主人公が泣きながら「失踪した恋人」との肉欲の日々を思い出し続ける『LOVE3D』(15年)など、過激な性描写でカンヌ映画祭を騒がせてきた奇手だけの人。

ゲット・アウト

 十年に一度の「顔」が集まった顔芸ホラー

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2017年。ジョーダン・ピール監督。ダニエル・カルーヤ、アリソン・ウィリアムズ、ブラッドリー・ウィットフォード

 

アフリカ系アメリカ人の写真家クリスは、白人の彼女ローズの実家へ招待される。過剰なまでの歓迎を受けたクリスは、ローズの実家に黒人の使用人がいることに妙な違和感を覚えていた。その翌日、亡くなったローズの祖父を讃えるパーティに出席したクリスは、参加者がなぜか白人ばかりで気が滅入っていた。そんな中、黒人の若者を発見したクリスは思わず彼にカメラを向ける。しかし、フラッシュがたかれたのと同時に若者は鼻から血を流し、態度を急変させて「出て行け!」とクリスに襲いかかってくる…。(映画.com より)

 

皆さんこぞってゲット・アウトの評を書いてらっしゃったので、便乗して僕も書いちゃお。

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人種差別ネタが多いお笑いコンビ、キー&ピールジョーダン・ピールがメガホンを取っているので、人種差別に対する風刺やブラックコメディがてんこ盛りのサプライズ・ホラーだ。

2010年代はサプライズ・ホラーが流行している。

サプライズ・ホラーというのは完全なる私の造語で本来は存在しない言葉だが、便利な言葉なので誰か認定してくれ。

私が勝手に決めたサプライズ・ホラーの定義は、従来のホラー映画のお約束を逆手に取ったツイストの利いた脚本と、映画そのものを俯瞰視点で捉えたメタ構造を特徴とする2010年代のホラー映画の潮流で、『サプライズ』(11年)『キャビン』(12年)『ヴィジット』(15年)『イット・フォローズ』(14年)ドント・ブリーズ(16年)などを含む。

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おすすめのサプライズ・ホラー、『イット・フォローズ』ドント・ブリーズ

 

最近、この手のひねったホラー映画が多い。本作ゲット・アウトも間違いなくその一派と言えるでしょう。

 

白人のガールフレンドの実家に招待された黒人ボーイが、ガールフレンドの家族や知人(オール白人)から「私たちは黒人差別なんてしないよ」とか「ていうか黒人ってイカすよね」といった差別しないという差別を受け、居心地の悪さを覚える…。

この辺の描写はとてもおもしろい。

この家族の振舞いは、一見すると黒人青年を優しく歓待しているように映るけど、結局、彼らがやっていることは無自覚の差別なんだよね。ジョーダン・ピール(コメディアン)ならではのイヤらしい風刺だ。

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にこやかな青年と、目バッキバキの恋人。

 

個人的な話になって申し訳ないけど、小学生の時分、知的障害を持ったクラスメイトがいて、担任教師が「〇〇君はみんなとは少し違うけど、差別はいけないことだから、からかったりしないように!」と我々に向けて再三注意を繰り返していた。

子供ながらに、何かが引っかかった。

もともと僕のまわりの友だちは誰もその子のことを差別なんてしなかった。僕自身もその子とはよく遊んでいたし、よく喧嘩もした。

だから先生の言葉は甚だ疑問だったのだ。まるで障害者の取扱説明書を渡されたような気分だ。

もし、いま僕が当時の先生から同じ言葉を言われたら「ちょい待て、やっこさん」と。「それっておかしくない? 僕はほかの友達をからかうようにその子のこともからかうし、喧嘩もするし悪口も言うよ。その子を傷つけまいとセンシティブになって配慮すること自体が彼を障害者として差別していることにほかならないのでは?」といって確実に腹を立てていただろう(私はよく腹を立てるのだ)。

 

「無自覚の差別」で言えば、マイノリティの人をマイノリティだと認識している時点で、差別はすでに始まっているのかもしれないよね。私の恩師は「可哀想と思うこと自体がすでに差別かもしれませんね」と仰った。

究極的にフェアな人間がいるとすれば、電車の中で目の前に誰が立っていようとも絶対に席を譲らない人なのかもしれない。ある意味においてはフェアでいることは冷酷であることだ。だとしたら私はアンフェアになることを選ぶ。

そういえば、私は『アンフェア』というドラマを観たことがないのだけど、主演の篠原涼子はアンフェアなヒロインなの? それともアンフェアなものに立ち向かうフェアなヒロインなの?

誰か、気が向いたら教えてください。

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思っくそ話が脱線してごめん。知らんうちに思い出話とアンフェア話をしてしまってたわ。

閑話休題

 

話を戻すと、悪意のない黒人差別が序盤では描かれるが、黒人の家政婦と庭師の様子がおかしくなり始める中盤から、黒人差別のファクターがミスリードだったことに気付く。

「どうやら人種問題が云々みたいな映画ではなさそうだぞ」と。

その後は、もう予想の斜め上をいく展開のつるべ打ち。「あ、そうなっちゃいますぅ?」の連呼祭りである。

ネタを割らないように説明すると、本作は一種のボディスナッチャーものである。

ボディスナッチャーっつうのは……、おっと危ね。意味を仔細に説明するとネタバレに直結する危険性があるので解説は省きます(「今のヒントでわかっちまったじゃねえか、バカヤロー!」と思った方はごめんなさい)。

あと催眠術映画でもある。

中盤からはかなり突飛な映画になっていくのだ。

ついでに言うとキャサリン・キーナーコーヒースプーン掻き回し映画でもある。まぁ~掻き回すよ、この映画のキャサリン・キーナーは。コーヒースプーンを。

どうでもいいが、たまたま観た映画にキャサリン・キーナーが出てくると、ちょっぴり得した気分になる。「野鳥を見にいったらリスも見れたわ」みたいな。

野鳥観察におけるリスとしてのキャサリン・キーナーだよ。

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キャサリン・キーナー…主にインディーズ映画で活躍する名脇役。スパイク・ジョーンズ作品の常連として有名。代表作にマルコヴィッチの穴』(99年)カポーティ』(05年)40歳の童貞男』(05年)など。

 

でもなぁー、「予想外の展開で超おもしろかった!」という巷の感想に反して、私は終始淡々と観てしまったんですよね。あまり物語で映画を観ないので、たとえばヒッチコックを観るときも、ミステリー(脚本)ではなくサスペンス(演出)に興奮したり感動することが多くて。

それで言えばゲット・アウトは、やってることはホラーやスリラーだけど、不思議と緊張感がない。「緊張感が続かない」ではなくて「緊張感がない」

居間で談笑していた一同が、主人公が二階に上がった途端にピタリと会話をやめるシーンの不穏感はよかったし、何といっても夜中に韋駄天走りしてくる庭師「No... No... No... No. No. No. No. No. No.」の家政婦ね。

笑いと恐怖が表裏一体になったような、ああいう瞬発的な演出はコメディの世界で培われたものなんだろうけど、技の引き出しが極端に少ないから映画の表情が最初から最後まで固定されっ放しで。窓やスマホといった小道具をもっと巧く活用すれば、サスペンスフルなシーンに緩急をつけられたと思う。


一方で、私が絶賛したいのは「予想外の展開」などではなく役者の顔選びである。
怪しい人物が怪しさを通り越して、もはや気味が悪い。特に家政婦役のベティ・ガブリエル

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こんな逸材、どこで見つけてきたんだ!

 今すぐデヴィッド・リンチの映画に出ろ!

 

シュールレアリスティックな催眠下の心象風景といい、家政婦の不気味な顔といい、だだっ広い地下室に置かれた旧型テレビとソファといい、やっぱりデヴィッド・リンチを意識している確率は高い。

また、主人公を演じたダニエル・カルーヤの顔芸も忘れがたい。

十年に一度の「顔」が集まった顔芸ホラー、とくとご覧あれ!

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女神の見えざる手

嗚呼、素晴らしきチャステイン・ワンマンショー!

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2016年。ジョン・マッデン監督。ジェシカ・チャステインマーク・ストロング、ググ・バサ=ロー。

 

敏腕ロビイスト、エリザベス・スローンは、銃所持を後押しする仕事を断って、大会社から銃規制派の小さな会社に移る。卓越したアイデアと決断力で、困難と思われていた仕事がうまくいく可能性が見えてきたが、彼女のプライベートが暴露され、さらに思いも寄らぬ事件が起こり…。(Yahoo!映画より)

 

もくじ

 

クールすぎてもはやコールドのジェシカ・チャステインが途方もなく格好いい。

最初にトレーラーを観たときに「若干ケイト・ブランシェットとキャラ被っとるがな」と感じたが、本編を観て得心。この役をこなせる女優はそうそういない。

 

マイティ・ソー バトルロイヤル(17年)ケイト・ブランシェットは、たしかに恰好よかった。

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アトミック・ブロンド(17年)シャーリーズ・セロンも、なるほどバリいかしてた。

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だけどやっぱりチャステイン

彼女の格好良さは画像なんかでは伝わらない。映画俳優を写真だけで判断して「格好いい」とか「綺麗ね」とか「なんちゅう顔しとるんだ」などと人は言うが、まったくのナンセンスだね!

映画俳優はスクリーンを通すことでしか見ることができない幻影なのだ。

俳優たちがスクリーンに息づき輝けるのは、カメラや照明や録音技術があってこそ。一人の俳優を映画で観るのと画像で見るのとでは、それぞれにまったく異なる次元の体験である。

とはいえ、まぁ、画像もバシバシ載せていくのだけど。

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①社会派映画の根底に流れているのはロックの血脈。

大手ロビー会社のコール=クラヴィッツ社で辣腕を振るう政治ロビイストジェシカ・チャステインが、銃擁護派団体から新たな銃規制法案の成立を阻止してほしいという依頼を突っ撥ね、銃規制派のピーターソン=ワイアット社に移籍して規制法成立へ向けた活動を開始する。

 

私は社会派映画が大好物だ。

というより、義憤に駆られて社会の欺瞞や腐敗を告発するというジャーナリズム精神にめっぽう弱い。なぜならロックンロールの精神に通じているからだ(ただしロックは「告発」するのではなく「破壊」する)。

近年では『ニュースの真相』(15年)スポットライト 世紀のスクープ(15年)のような、少人数のジャーナリストが世の腐敗を暴くというチームものが非常にアツうござんした。 

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②無情なるチャステイン・ワンマンショー。

本作でも、反りの合わないクラヴィッツ社を辞め、部下を引き連れてワイアット社に移籍したジェシカ・チャステイン演じる最強ロビイストが、部下と協力しながら古巣クラヴィッツ社に立ち向かうが、チャステイン様は長いつき合いの部下たちを「駒」としか思っておらず、クラヴィッツ社を出し抜くために徹底的に仲間を利用する。一応チームだけど、チーム感まるでなし!

そんな本作は、チャステイン様の冷酷無比な人物像がぐいぐいとドラマを牽引するチャステイン・ワンマンショー映画だ。

「毒を以て毒を制す」というキャッチコピーの通り、これは決して正義を掲げた戦いではない。銃ロビー側が、癒着買収脅しといった汚い手を使うならば、負けじとチャステイン様も盗聴監視サクラ、挙句の果てには仲間をダシに使うなど、法的にも倫理的にも一線を越えた奇策で立ち向かう。まさに海千山千の泥仕合

 

政治というシビアな世界において、「敏腕」「冷酷」はまったくのイコールだろう。

とりわけ、銃規制の権威である部下ググ・バサ=ローがかつて銃乱射事件の生存者だったことを知ったチャステイン様が「このことは誰にも言わない」と約束していたにも関わらず、生放送の討論番組で彼女の忌わしい過去を思いきり暴露、一気に世論を銃規制ムードに持っていく…という無情なる奇策!

このことで銃規制活動の顔になってしまったググちゃんは、ある晩、銃規制に反対するバカ野郎に銃を向けられて殺されそうになるが、たまたま銃を携帯していた民間人に命を救われたことで銃規制ムードは覆ってしまう。

皮肉なことであるよなぁ。

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本当は裏方仕事がしたいのに、チャステイン様の命令でメディアにばんばん露出させられるググちゃん。

チャステイン様「テレビに出な、お嬢ちゃん」


③興味のない人にほど勧められる作品。

政治用語が連発する上に、キャラクターが全員のべつ幕なしに喋りまくり、おまけに会話が超ロジカルなので、サークルと飲み会と不純異性交遊のことしか頭にないunder20のいちびった大学生にはやや難しい内容かもしれないが、物語の細部が分からなくても大筋は感覚的に理解できるように作られているので安心されたい。

ぜひとも大学生の皆さんには飲み会を即刻キャンセルしてこの映画を観ていただきたいですね。

また、政治の裏側でさまざまな議員や有権者に根回しするロビイストを描いた映画なので、「ロビー活動ってなんですか? ホテルのロビーでお茶をぶちまけたりすることですか?」みたいなファンシーな想像を膨らませている方々にもおすすめの一本である。

 

余談だが、政治の世界だけでなく、たとえばアカデミー賞なんかもロビー活動によって受賞作品が決まったりする。

アカデミー長編アニメ賞が新設された2001年に、興行的にも批評的にも高く評価されたモンスターズ・インク(01年)ではなく、いまいちパッとしなかったシュレック(01年)が受賞したのは、シュレックを作ったドリームワークスの創業者がスティーヴン・スピルバーグという超大物で、彼がアカデミー会員に対してロビー活動(接待や根回し)をおこなったからだ。大人の事情とはこのこと。

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④会話劇が主だが、会話劇特有の単調さはない。

本作は膨大なダイアローグ(対話)が主とは言え、決して会話劇に堕してないところが素晴らしい。

会話劇に堕した映画のほとんどは顔のアップショットによる切り返しがダラダラと続くから単調なのだが(名前は伏せるけど、アベンジャーズとかジャスティス・リーグみたいな某アメコミ映画の前半1時間みたいに)、本作ではアップショット、ウエストショット、ロングショットの抑揚が非常に美しいのでダラダラ感や窮屈感がない。

また、下手な監督だとダイアローグのたびに映画を止めてしまうが、いつもせかせかしていて超多忙なチャステイン様は常に何かをしながら喋るので、動的な画面が132分維持されるのだ。

キャラクターの真意をガラス越しに写し取っていくという妙技も冴える(映画にとって重要なモチーフであるガラスは、言葉よりも饒舌にキャラクターの心情を表現します)。

 

何より、ジェシカ・チャステインゼロ・ダーク・サーティ(12年)でも見せた「感情表現しないことで感情を表現する」という逆説的な演技プランが絶品。

これは、「ミシェテリー」という不可解な言葉を私に生ませた『エル』(16年)イザベル・ユペールにも通じるヒロイン像だ。

チャステイン様はサイボーグのように無感動で冷酷な女をクールに演じているが、だからこそ裏切った仲間への謝罪が本心なのか建前なのかというミシェテリーになっているし、窮地に陥った際にたった一度だけ感情的になるシーンで彼女の弱さ(=人間性)が示され、最強ロビイストである彼女にやおら敗北の暗雲が立ち込める…というサスペンスとしても機能している。

役者が感情表現しないことで、物語の隙間に幾通りもの想像を巡らせる余地が生まれ、映画は広がっていく。

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ジェシカ・チャステイン…今から8年前、当時33歳のときに頭角を現した遅咲きの女優。

ツリー・オブ・ライフ』(11年)ゼロ・ダーク・サーティで勢いをつけてからというもの、クリストファー・ノーランインターステラー』(14年)リドリー・スコット『オデッセイ』(15年)ギレルモ・デル・トロクリムゾン・ピーク』(15年)など、さまざまなビッグネームの作品に引っ張りだこ。

 

⑤チャステイン名言グランプリ!

劇中でチャステイン様が言い放った名言の中から最優秀発言賞を決定したいと思います。
選考委員はふかづめさんです。よろしくお願いします。

ふかづめ「よろしくお願いします。緊張してます」

それではノミネートされた名言を見ていきましょう。ノミネートされたのはこちらの5作品!

 

「皮肉という言葉を使う人ほど皮肉な人間よ」

 

「なぜそこまで銃規制法案に情熱を注ぐんです? 身近に誰か銃の犠牲になった人が…?」と訊かれて…

「なぜ皆そう思うの?個人的な経験がなければまともに議論ができないように見える?」

 

「長年ゲイの権利に反対し続けた議員がいたけど、弟のカミングアウトで180度変わった。人の意見なんてすぐに覆るものよ」

 

きったねえ中華食堂で「毎晩この店で食事してるんですか? 飽きませんか?」と訊かれて…

「私は死なないために食事してるだけ。必要にかられてトイレに行くのと同じよ」

 

「仲間は少ない方がうまくいく。この街には至る所に密告者がいる」

 


それでは結果を発表します。第一回チャステイン名言グランプリで最優秀発言賞に輝いたのは…
ダルダルダルダルダルダルダルダル…ジャン!

きったねえ中華食堂で言い放った「私は死なないために食事してるだけ。必要にかられてトイレに行くのと同じよ」

受賞されたジェシカ・チャステインさんには、賞品として麻婆豆腐50グラムエビチリ1匹が贈与されます。大事に食べてください。

選考委員のふかづめさんにコメントを伺ってみましょう。ずばり決め手となったのは?

 

ふかづめ「おそらく私は食文化というものを冒涜しています。チャステインさんと同じく、私にとっても食は生命維持の手段に過ぎず、いつもご飯を食べている時間がもったいないとさえ感じているのです。なので私はグルメ番組を観ません。大喜びで美食をむさぼるレポーターがさもしい豚に見えてしまうのです。さもしい豚といえば…」

 

さぁ! そろそろお時間です。

ジェシカ・チャステインさんの今後の活躍が期待されますね!

ふかづめ「いや、まだ最後まで話してない…。さもしい豚といえば――」

それではまたお会いしましょう!

 

ハードロックとヘヴィメタルの違いについて講釈を垂れる。

『シネマ一刀両断』つってるのに、ついにシネマとまったく関係のない記事を書きだす始末です。みんな最近どう。ふかづめです。

さてさて、春ですね。

春といえば花見

花見といえばバカが騒ぐ

バカが騒ぐといえばライブ会場

ライブ会場といえば興奮のるつぼ。

興奮のるつぼといえばヘドバンやメロイックサイン

ヘドバンやメロイックサインといえば、、、

HR/HM(ハードロック/ヘヴィメタル

 

どうですか、私のこじつけ力。「春」というキーワードから、わずか5手で「HR/HM」に辿り着く、この導き力。将棋だったら圧勝だよね。

ということで、世間ではハードロックとヘヴィメタルが一緒くたにされていて憤懣やるかたなしって感じなので、今回はハードロックとヘヴィメタルの違いについて講釈を垂れます。

こんな記事、誰にも望まれてないことは僕が一番よく分かってるから大丈夫

 

ちなみにこれがメロイックサイン。

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おまえ、何やっとんのじゃ。

 

もくじ

  

 

①ハードロックはやかましくない

そも、ハードロックとはブルースから派生した音楽である。わかるか。

ブルースといえば、フロリダのしみったれたクソ田舎で黒人のおっちゃんが昼間からウイスキーをのみのみ干し草のうえでギターをぺろんぺろん弾いて「今月の家賃光熱費が払えないだぁー」とか「牛が死んだだぁー」とか「今月は『ラブライブ!』のDVDを買ってPerfumeのコンサートに行ったから銭がねえだぁー」とかなんとか鼻水垂らしながら歌う、みたいな光景をイメージすると思う。

ハードロックとは、このブルースにディストーションと低音域をほんのちょっぴり利かせ、ぎゅんぎゅんのエレキギターと頭キンキンする高音シャウトをほんのちょっぴり足しただけに過ぎない。わかるか。

だからうるさいわけがない

ゆえに就寝時に聴いてもリラックスして眠りに落ちることが可能というわけだ。

わかるか。

 

むしろ、世間一般に思われている「ハードロックってやかましい音楽なんでしょう?」という先入観は、しばしばヘヴィメタルと混同されているケースが多い。表記的にもHR/HM(ハードロック/ヘヴィメタル)と一括りにされがちだが、このふたつはまったく異なる音楽だ。

そもそも、ヘヴィメタル構成主義に立脚しているので、基本的にはシンフォニックっつーか、荘厳なのである。したがって、むしろ世間のイメージとは真逆のクラシック音楽に近い。

そしてハードロックは泥臭く、ノリがいい

とはいえハードロックもメタルも、重低音、パワーコード、ハイトーンボイスが基本なので、「怖い」、「やかましい」、「怖い」、「叫びすぎ。喉の心配をしてしまう」、「そして怖い」といった印象を与えてしまうのも事実。わかるか。

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ハードロックの始祖、レッド・ツェッペリン

 

HR/HMの歴史

一言でいえば、ハードロックを母体として発展した音楽形態がヘヴィメタルである

 

ハードロックとは、もともと60年代後期に「より直情的な音表現」を目指して誕生したロックンロールの発展形。1968年にレッド・ツェッペリンディープ・パープルブラック・サバスの第一世代(ハードロックBIG3)が同時にデビューして、ハードロックの基礎を築く。

ハードロックなんて言うから「ロックをよりハードした音楽」と思いがちだが、ハードロックの根っこにあるのはブルースだ(ウイスキーを飲み飲みギターぺろんぺろんで「牛が死んだだぁー」な音楽です)。

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全国の吹奏楽部が大体やるディープ・パープル。イントロを聴いただけでピンとくる人も多いぐらい、日本のテレビやCMで死ぬほど使われているバンド。

 

ハードロック第二世代は、クイーンKISSエアロスミス。ショービズの最前線で活躍する第二世代によって、泥臭かったハードロックは洗練され、華やかになった。

ベトナム戦争がアメリカの敗北によって終結した73年、虚無感を抱える若者たちは憂さを晴らすようにパワフルでノリノリなハードロックに熱狂したのである。

アメリカではヴァン・ヘイレンY&T。イギリスではレインボーデフ・レパードホワイトスネイク。ドイツではスコーピオンズマイケル・シェンカー・グループ。そしてオーストラリアからはAC/DCが現れた。まさにハードロック戦国時代。

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顔面を白塗りにしてるのがKISS。それ以外がエアロスミス

 

80年代に入るとメディアがこぞってポップ・カルチャーの黎明を讃え、時代は超娯楽主義に。

この頃から、売れ線狙いのハードロックを揶揄した「産業ロック」というものが流行る。ボン・ジョヴィを筆頭に、ジャーニーボストンREOスピードワゴンサバイバーなど、映画やCMで今なお使われているポップでキャッチーな楽曲がロックファンの拡大に貢献した(産業ロックはコアなロックファンから馬鹿にされる傾向がある)。

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甘いマスクで、男臭いハードロックに女性層を呼び込んだボン・ジョヴィ。しばしばアンチョビと間違われる。

 

また、「ヘヴィメタル」という言葉が定着してヘビメタブームが訪れたのも80年代だ。

一口にメタルといっても、大まかにわけて二通りの路線がある。ひとつは厚化粧をしてレザーファッションに身を包んだLAメタル。ビジュアルバンドの先駆けだ。文字通り、西海岸ロサンゼルスを中心に栄えたメタル・ブームで、モトリー・クルーラットポイズンといった煌びやかな人気バンドたちは多くの女性ファンを虜にした。要するにLAメタル軟派なメタルだ。

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LAメタルの雄、モトリー・クルーLAメタル勢は大体こんなファッション。

 

一方、ヒットチャートなど無視して硬派なメタルを貫いていたのがアイアン・メイデンメタリカのような、いわゆる「ヘビメタ」と聞いて多くの人が連想するアレを地で行くバンド。

余談だが、繁華街をウロウロしているとメイデンやメタリカのバンドTシャツを着ている若者をよく目にする。バンドロゴがかっこいいので、日本ではメタルを聴かなくてもファッションとしてメタルを取り入れる人は多い。

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ドライブを楽しむメタリカの皆さん。

 

だが90年代初頭、ニルヴァーナを筆頭にオルタナティヴ・ロックと呼ばれる新しいロックの形が提唱されたことで、ハードロックは時代錯誤とされ、ほぼほぼ淘汰される。

窮地に立たされたハードロックやメタルバンドたちは生き残るために音楽性を変えてオルタナに迎合したが、ほとんどのバンドは跡形もなく消滅した。

いわばオルタナとは、ロックシーンに落とされた巨大隕石なのだ。それによってハードロックという恐竜は一瞬で絶滅したのだから。

オルタナの代表格といえば、R.E.M.アオシスU2レッド・ホット・チリ・ペッパーズコールドプレイなど。

90年代以降、オルタナロックの世界基準になった。日本のロックに目を向けてみても、ミスチルスピッツアジカンBUMPも全部オルタナだ。

J-ROCKの99%以上はオルタナティブ・ロックである。

今なお日本でハードロックを貫いているのはB'zぐらいでしょう。

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ハードロックを滅ぼしたニルヴァーナニルヴァーナ以降、ハードロックはもとより正統派のロックンロールそのものが古臭い音楽とされ、時代はオルタナティヴ・ロック一色に

おまけに、当時27歳のカート・コバーン(画像中央のボーカル)がショットガンで頭をぶち抜いて自殺したことで、ニルヴァーナは伝説として祀り上げられた。

 

③ヘビメタと一括りにするけれど…

ちなみに「ヘビメタ」と聞いて、デスボイス、サタニズム(悪魔崇拝)、顔面白塗りで舌をベロベロする…といったイメージを持つ人は多いだろうが、これはデトロイト・メタル・シティが流布した極端なイメージに過ぎない。

「ボオオオオ!」みたいにデスボイスを発するのはデスメタルだけだし、サタニズムに傾倒するのはブラックメタルだけ。顔面白塗りで舌をベロベロするのはKISSのジーン・シモンズだけだ。

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多くの人はメタルと聞いてKISSのようなビジュアルをイメージするだろうが、メタルバンドが全員こうではない。むしろKISSが特殊なだけ。

 

このように、ハードロックを母体に発展したメタルにはサブジャンルが異常に多い。

スラッシュメタル、スピードメタル、ブラックメタルデスメタルドゥームメタルゴシックメタル、シンフォニックメタル、ネオクラシカルメタルなど…。

その数、実に60種類以上!

もう細分化されすぎてわけがわかんねえ。

事程左様に「ヘビメタ」と言っても60種類以上あるので、たとえばメタラー同士が膝を突き合わせて音楽の話をしても「俺はスラッシュメタルしか聴きません」「私はデスメタルブラックメタルが専門なので、スラッシュメタルのことは全然わからない」という風に、ほとんど話が噛み合わないのだ。不毛!

 

また、LAメタルのように地域別サブジャンルも多く存在する。

北欧出身のメタルバンドは北欧メタルと呼ばれるし、ドイツでメタルを鳴らせば自動的にジャーマンメタルとなり、日本のメタルはジャパニーズメタルと呼ばれる。

もう「メタル」を付ければ何でも成立すると思っている節あり。

だったら俺だってふかづメタルだよ!

メタルシーンに殴り込んだろか!

できる楽器はカスタネットだけだがな!

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メタルとオーケストラを取り合わせたゴシックメタルは荘厳で美しく、女性ボーカリストの場合が多い。メタル=むさ苦しい男の音楽というイメージは偏見だ!

 

④それぞれの音楽性

 

・ハードロックのルーツはブルースだが、ヘヴィメタルバロック音楽

 

・ハードロックで使用されるエフェクターオーバードライブだが、ヘヴィメタルディストーション

 

・ハードロックのギタリストはまろやかな音色が出せるレスポールも使うが、ヘヴィメタルエクスプローラB.C.RICHみたいなキンキンした音のギターを使う

 

…など、それぞれに音楽的な特徴はあるは、死ぬほど分かりやすくて死ぬほどアホみたいな言葉で双方を特徴づけるならば、、、

ハードロックは固い岩で、ヘヴィメタル重金属!

以上! 直訳しただけ!

音楽理論はまったく分からないので、これ以上は説明できません。こればかりは実際の音を聴き比べて実感して頂かないと…どうにもナランチャ

それじゃあ、ちょっと聴き比べてみましょうか。

まずはハードロック。

フェア・ウォーニング「Out On The Run」

Aメロ→Bメロ→サビという歌謡曲の定番を押さえていて、音も明るくキャッチーなので聴きやすいです。

フェア・ウォーニングはロディアス・ハード(メロハー)というジャンルで括られているように、ハードロックには大まかに分けてレッド・ツェッペリンや初期エアロスミスのようなブルース路線と、ボン・ジョヴィやフェア・ウォーニングのようなメロハー路線があります。

 

お次はメタルの中のメタル。

ジューダス・プリーストPainkiller

もうこれは最上級にゴリゴリのメタル。端的にうるせえよ(褒め言葉でもある)。

ただでさえボーカルロブ・ハルフォード(愛称メタル・ゴッドは4オクターブを超える金切り声なので耳鳴りがします

モノクロでザラついたPVも相俟って「こわい…」と思う人がいるかもしれませんが、正しい反応です。生物として

 

⑤代表的バンド

まぁ確かに、ハードロックとヘヴィメタルは明確な線引きによって定義されているわけではないので、ブラック・サバスはハードロックだ」という人もいれば「いや、メタルだ」という人もいる。だからややこしいんですよ。

GLAYはビジュアルバンドか否かで紛争が起きるように。

そこで、私が提唱するHR/HMの判断基準は「うるせえと感じたらメタル」

あなたが「うるせえ」と感じた音楽はすべてメタルなんですよ。もうそれでいいじゃない。

だから僕にとってはEXILEAKB48はメタルです。

されど「うるささの中にも一抹の美を見つけたり!」とか思い始めたら、いよいよあなたもメタラー予備軍です。

ちなみに僕の中でハードロックとヘヴィメタル境界線に突っ立っているのがインペリテリというバンドなんですね。最初インテリペリと誤読してさぞかしインテリなバンドなんだなと勘違いしていたインペリテリ。大好きなバンドだけど、ハードロックの高揚感もヘヴィメタルの重厚感もあるので、聴くたびに「どっちなんだろう?」と思ってしまう。

なので僕の場合、インペリテリよりも落ち着いていればハードロック、インペリテリよりも激しければヘヴィメタルという物差しで計ってます。

ロックに限らず、「音楽って色々ありすぎてわけがわからない」と思っている人は、自分の中の物差しを見つけると整理しやすいかもしれないね。

インペリテリStand In Line。ゴリゴリのメタルだけど絶妙にポップで聴きやすい。

ボーカルを務めますのは4オクターブの絶唱魔人、グラハム・ボネット先生。

 

ちなみに、僕なりに識別しているHR/HMの棲み分けがこちら↓

 

【ハードロック】

BIG3レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、ブラック・サバス

重鎮のシン・リジィブルー・オイスター・カルトAC/DC、クイーン、KISS、エアロスミス

その他、エクストリーム、オジー・オズボーンガンズ・アンド・ローゼズ、ジャーニー、スコーピオンズスティールハートデフ・レパード、デンジャー・デンジャー、ナイト・レンジャー、ヴァン・ヘイレン、フェア・ウォーニング、ホワイトスネイクボン・ジョヴィ、マイケル・シェンカー・グループ、ミスター・ビッグ、モトリー・クルー、UFO、ヨーロッパ、レインボーなど。

 

ヘヴィメタル

重鎮のアイアン・メイデンジューダス・プリースト、アクセプト。

スラッシュメタル四天王メタリカメガデスアンスラックス、スレイヤー。

その他、アングラ、アーチ・エネミー、ガンマ・レイスキッド・ロウスリップノットDIOナパーム・デス、チルドレン・オブ・ボドム、テスタメント、ドラゴンフォースパンテラ、プリティ・メイズ、マノウォー、マリリン・マンソン、メイヘム、聖飢魔IIX JAPANなど。

 


サルでもわかるHR/HMの違い

 

ハードロックは髪を伸ばす

ヘヴィメタル筋肉をつける


ハードロックは安い酒を飲む。
ヘヴィメタル処女の生き血を飲む。

 

ハードロックはホテルに娼婦を呼ぶ。

ヘヴィメタルはホテルに悪魔を呼ぶ。


ハードロックはギターの弦をぶっちぎる。

ヘヴィメタルヒトの動脈をぶっちぎる。

 

ハードロックはモラリストと戦う。

ヘヴィメタルドラゴンと戦う。


ハードロックはメンバー同士で喧嘩をする。
ヘヴィメタルはメンバー総出で聖戦をする。

ハードロックは路上でカツアゲをする。
ヘヴィメタル地獄で拷問をする。

 

ハードロックは地べたを這いつくばる(貧乏で空腹だから)。
ヘヴィメタル大空を舞う(空想好きで中二病だから)。

ハードロックは赤ちゃんに煙草を吸わせる。

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ヘヴィメタル赤ちゃんを干しちゃう。

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以上、『ハードロックとヘヴィメタルの違い』でした。

「最後まで読んだけど全然わかんねえじゃねえか、バカヤロー」と思う人がいるかもしらんが、安心して。それはキミだけじゃない。キミは一人じゃない。

 

ハードロック派として最後にこれだけは言っておきたい。

ハードロックの優位性はパワーバラードが多いこと

ラードって基本的にかったるいじゃないですか。「何をダラダラと愛について述べとんのじゃ」みたいな。

しかしハードロックは、そんなシケたバラードではなく美しく力強いバラードの宝庫!

 

というわけで、最後はスティールハートの絶唱パワーバラード「I'll Never Let You Go」でお別れしたいと思います。

このボーカルも4オクターブを超える超音波魔人で、おそらくハードロック界No.1の歌唱力の持ち主。3分15秒~からが鬼。失禁したのちに失神するレベル。

 

今回は、私の勝手な趣味でロック4連発にお付き合い頂き、アリス&ご愁傷様です。

次回からは真面目に映画評をします。

 

ドアーズ

ヴァルたん映画の決定版。

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1991年。オリバー・ストーン監督。ヴァル・キルマーメグ・ライアンカイル・マクラクラン

 

伝説的なロックバンド、ドアーズ。そのボーカリストであるジム・モリソンの半生を綴った伝記映画。映画科の学生だったモリソンが、その後天才的な作詞能力を発揮してゆきドアーズを結成。『ハートに火をつけて』を引き下げ一気にスターダムにのし上がる。ステージ上でワイセツな言葉をはき捨て、派手なパフォーマンスを繰り返す彼は、熱狂する若者たちのカリスマへと祭り上げられてゆく。(Yahoo!映画より)

 

60年代のサイケデリック・ロックに貢献した伝説のバンド、ドアーズ。ヒッピーのマストアイテムだった『ハートに火をつけて』はロック史にとっても非常に重要なアルバムである。

本作は、そんなドアーズのボーカリストであるジム・モリソンが27歳で夭折するまでの半生を描いたロック映画だ。

主演はヴァル・キルマー

否が応でも思い出されるのが以前に取り上げた『レッドプラネット』(00年)の評。「底抜けヴァルたん映画」という新たな地平を切り拓いたヴァルたん主演作である。

 
そして今回の『ドアーズ』

ヴァル・キルマーの顔が驚くほどジム・モリソンに似ているという点を除けば、わりと普通の音楽伝記映画である。

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ジム・モリソン(左)、ヴァル・キルマー(右)。

この頃のヴァルたんは色気があった。

ところが2000年ごろから太り始めて…

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見事にダンゴ化。

フォルムがスティーヴン・セガールやないか。

 

そして現在…

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癌で激痩せ

無事に治療を終えてカムバックしたらしいが、トップガン』(86年)の続編には出演するのだろうか?


この映画ねぇ、コンサートシーンがやけに多くて長いのがネックなんだよ。

ドアーズって、ジム・モリソンの悲鳴のようなシャウトとは裏腹に、楽曲自体はけっこう眠たかったりする。炸裂するような疾走感はなく、サイケデリックな不安定さで前頭葉がマッサージされるようなロックなのだ(酩酊状態で聴くと気持ちいい)。

 したがって、本作の見せ場であるコンサートシーンで私が居眠りしてしまったのも必然の帰結。

ちなみにドアーズってこんな音楽です。

代表曲Light My Fire(ハートに火をつけて)」

 

私は毎日レインボーやらヴァン・ヘイレンのような爆発力の高いハードロックをイヤホンで聴きながら眠りにつくというハードロック睡眠学の実践者なので、ドアーズなんて一発で眠っちまうわけだ(ハードロック睡眠学…ハードロックを聴きながら眠ることで快適な睡眠を実現するという学問。体系化とかはされていない
別にこれはドアーズが生っちょろいバンドだと言っているのではない。

むしろ逆だ。

ディストーションの利いた雷鳴の如きエレキギターと雨雲のようにどんよりしたベース、そこに豪雨さながらに乱れ打つドラムと竜巻のようなボーカルが調和したハードロックという暴風雨の中でも熟睡できるほど、私はロックの演奏にリラックスしてしまえる身体なので、コンサートシーンで居眠りしてしまうというのは本作に対する私なりのリスペクトなのである。

胡散臭い?

胡散臭いよな。ごめん。僕も途中で「詭弁だな」って気づいた。

 

そして、亡きジム・モリソンの化身を完璧に演じた本作の91年という年は、今やすっかり凋落俳優となったヴァルたんにとっての最初の全盛期である(ちなみにバットマン フォーエヴァーの主役を射止め、『ヒート』での存在感が光ったのは95年。ここらあたりがピークでした)。

本作でのヴァルたんは、吹き替え無しでドアーズの楽曲を恐るべきクオリティで歌い上げ、コンサートでの狂気的なパフォーマンスに至るまで、まるで本物のドアーズのコンサート映像を見ているかのような錯覚を与えてくれる。

これに比べるとロック・オブ・エイジズデフ・レパードとかボン・ジョヴィを歌ってたトム・クルーズなりきりロック歌手演技が児戯に等しく思えてくる。

 

ロックを扱った映画に限らず、個人的に栄枯盛衰のドラマが大好きなので、さほど退屈せず140分鑑賞できたが(と言いつつ途中寝ちゃったけどね)、どうしても指摘しておきたい欠点が2つある。
ひとつはロック伝記映画に欠かせない恋人とのすったもんだ。この恋人役を、まだラブコメの女王になる前のメグ・ライアンが演じていて実に初々しいのだが、とにかく描写がテキトー!
思えばオリバー・ストーン*1の映画で女性がロクな描かれたためしがない。父親との確執戦争のトラウマだけで出来ているような人だから、女性の入り込む余地がないのだ。

なので本作のメグも、途中で忘れ去られたように画面に出てこなくなったり、急に思い出したように出てきたかと思えばさっきまでと性格が変わってたりとムチャクチャ。

大体からしてロック伝記映画にメグを起用するという発想自体が何も考えてないあかし!

余談だが、そういえばトップガンにもメグ・ライアンが出ていたなぁ。

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トップガンで脇を固めていたヴァルたんとメグたん。

 

第二の欠点は(これもストーンが監督の時点で指摘するだけ野暮なのだが)、余計なストーン印が映画を膨張させていること。

まず、薬物トリップによる妄想シーンが延々続くという冗漫さ。

そして戦争(いよっ、出ましたストーン印!)。

ストーン自身がベトナム帰還兵であり、薬物所持で何度も逮捕されていて、いわば60年代のアメリカを生き写しにしたようなシーラカンス監督だ。

本作はドアーズが活動していた65年~71年までを描いているので、マルコムXの暗殺ソンミ村虐殺事件ニクソンの就任演説といった当時の記録映像が至る所に挿入されている。ドアーズの伝記映画なのに政治への目配せがヤケに強いのだ。ストーンにとって政治への言及はもはや趣味の域ですらある。

そしてそんな生々しい記録映像と、メグ・ライアンというキュートな女優の食い合わせの悪さたるや。不気味ですらあるよ。

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異議申し立て映画の急先鋒、オリバー・ストーン

近年ではスノーデン事件を映画化した『スノーデン』(16年)や、プーチン大統領にインタビューしたドキュメンタリー番組オリバー・ストーン オン プーチンを手掛けるなど、その社会派熱はとどまる所を知らない。

 

どうやらこの映画、「実際のジムはこんなにイカれてない!」という批判の声がドアーズの元メンバーたちから上がったようだ。

確かに劇中でヴァルたんが演じたジム・モリソンは、常時ヤクと酒を摂取して意識朦朧、メンバーにテレビを投げつけるわ、客を罵倒するわ、女と手首を切り合って生き血を吸うわ、黒魔術をやるわと、明らかにロックの不健康で破天荒なイメージを大袈裟に拡大解釈しているようにも思える。

しかしバスタブでの死に顔は神々しいまでに美しかった。この頃のヴァルたんは最高にセクシーだったのだ。

 

※当ブログはヴァルたんの復帰を応援しています。

 

*1:オリバー・ストーンベトナム戦争の思い出を頼りに政治・戦争を扱った社会派映画を撮りまくるアメリカの映画作家。代表作にプラトーン(86年)ウォール街(86年)7月4日に生まれて(89年)JFK(91年)ワールド・トレード・センター(06年)など多数。

ロック・オブ・エイジズ

ロックが最も華やかだった頃。

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2012年。アダム・シャンクマン監督。ジュリアン・ハフ、ディエゴ・ボネータ、トム・クルーズ

 

1987年のロサンゼルスを舞台に、音楽で成功することを目指して奮闘する青年と少女の恋と夢の行方が、1980年代のロック・ナンバーに乗せて映し出されていく。(映画.com より)

 

ついさっき、私は洗濯物を取り込みながら興奮していた。ロック・オブ・エイジズを観たのはもうずいぶん前だが、思い出すと未だに興奮してしまうのだ。

それがいついかなる時でも、だ。

洗濯物を取り込むときも、家の近所をホッピングでびょんびょん跳ねてるときも、コンビニ弁当の付属のタレに対して「こちら側のどこからでも切れますと書いてあるのに切れへんやないか」と怒っているときも、この映画を思い出すと条件反射のように興奮してしまう。

いや、厳密にはこの映画に興奮するのではなく、この映画で使われた音楽に対して興奮するのだ。

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もくじ

 

①ハードロックファンにとってはご褒美のような映画。

ハードロックはなかなか映画にならない。

ロックはロックでも、ヘヴィメタル、パンク、グラム・ロックニューロマンティックなどはしばしば映画で扱われるのに、ハードロックを扱った映画だけが異常に少ない。『ロック・スター』(01年)スクール・オブ・ロック(03年)ぐらいじゃない?

原因はわかっている。

ハードロックは定義が曖昧だからだ。

音楽的にロック寄りなのかメタル寄りなのかよく分からないし、世間の奴らは「ハードロック? わかんないけど、ヘビメタみたいなもんでしょ?」と一括りにする。

実際、HR/HM(ハードロック/ ヘヴィメタルという略式表現がまかり通っているようにハードロックとヘヴィメタルはしばしば混同されているが、実際は似て非なるもの。

どのくらい似て非なるものかと言えば、韓国と北朝鮮、香港と台湾、宮崎あおい二階堂ふみブラックジャックによろしくブラック・ジャックぐらい似て非なるものなのだ。

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 宮崎あおい(右)と二階堂ふみ(左)。

 

だが、アダム・シャンクマンというどう見てもハードロックなんて聴かなそうな男がこの映画を撮ってくれたことで、スクール・オブ・ロックで大いに興奮した観客は、いま再び興奮のるつぼへと叩き落とされる。ハードロックファンにとってはちょっとしたご褒美みたいな映画なのだ。

何のご褒美かって?

「ハードロック? なんかやかましそう…」とか「ヘビメタみたいなもんでしょ?」という世間の無理解に耐え忍ぶことへのご褒美だよ!


'80sハードロックがふんだんに詰め込まれた宝石箱の如きこの映画、60年代生まれのおっさん世代を瞬く間にロックキッズに戻す懐かしのオールディーズが息つく暇もなく流れてくる。
オープニング、トム・クルーズが歌うガンズ・アンド・ローゼズ「Paradise City」が流れた瞬間、トム公の細くて高い声が思いのほかアクセル・ローズの歌声に似ていることに驚嘆する。さすがにサビの最後の「Take! me! home!」はバックコーラスに任せていたが、充分すぎるほどサマになっていた。

 

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主演女優、ジュリアン・ハフ。歌手としても活動している。歌のうまさを活かしてバーレスク』(10年)フットルース 夢に向かって』(11年)といったミュージカル映画に出演するが、実は名もなき女生徒役でハリー・ポッターと賢者の石』(01年)にもしれっと出演している。

 

歌手を夢見て田舎から出てきたヒロイン、ジュリアン・ハフがバスの中でお気に入りのレコードを漁る場面で、エアロスミス『パーマネント・ヴァケイション』のジャケットが一瞬映る。このレコードジャケットが映るのはわずか2秒ほどだが、本作のバックグラウンドをロックファンに絵解きさせるには充分過ぎる時間だった。

当時低迷していたエアロスミスの復活作『パーマネント・ヴァケイション』が世に出たのは1987年。そして冒頭で流れたガンズ・アンド・ローゼズが伝説のデビューアルバム『アペタイト・フォー・ディストラクション』をリリースしたのも87年だ。

つまりこの映画の時代設定は1987年と考えてまず間違いない!

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エアロスミス『パーマネント・ヴァケイション』(左)と、ガンズ・アンド・ローゼズ『アペタイト・フォー・ディストラクション』(右)

バンドロゴだけ冠したシンプルなジャケットワークほど名盤という法則。

 

②ポップとの蜜月

80年代は産業ロックの黄金時代だった。

70年代までのストイックで暑苦しいロックンロールはベトナム戦争の終息とともに斜陽化し、次に訪れた80年代はロックとメディアの融合、すなわち一般層へのロックの浸透が志向される。

その好例がミュージック・ビデオとサントラだ。テレビではMTV(四六時中ミュージックビデオを垂れ流すケーブルテレビ・チャンネル)がお茶の間にロックを届け、フットルース(84年)トップガン(86年)のサントラは飛ぶように売れた(映画と音楽の抱き合わせ商法)。

そのようにして一大産業構造を築いた'80sロックは、親しみやすく口ずさみやすいを信条として、70年代のロックバンドがやっていたようなステージの上で楽器を燃やしたり、「もっとシャブを食べたーい」といった凶悪な振る舞いを慎むようになった。自殺もしなくなった。

従来のロックンロールは怒りや破壊や反体制を象徴する対抗文化だが、80年代のロックは楽しくて煌びやかな資本主義の世界に吸収されたのである。まさにポップとの蜜月。


ケニー・ロギンス「Danger Zone」映画トップガン』(86年)とのシナジーで大ヒットした。

 

③1987年、それはハードロックが隆盛を極めた年である。

さらに1987年という年をピンポイントで解説すると、これはハードロックにとって最も幸福な一年だった。

ガンズ・アンド・ローゼズ『アペタイト・フォー・ディストラクション』

デフ・レパード『ヒステリア』

ホワイトスネイク『白蛇の紋章〜サーペンス・アルバス』

30年以上経った今でも売れ続けているモンスターアルバムだ。この3枚が一挙にリリースされ、猫も杓子もハードロックに飛びついたのが87年なのだ。

私自身もこの3枚をきっかけにハードロックにのめり込んだクチだよ。

 

ガンズ・アンド・ローゼズ

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30年以上のキャリアでオリジナル・フルアルバムをたった3枚しか出してないにも関わらず、全世界で1億枚以上のアルバムセールスを記録したアメリカのモンスター・バンド。

現在公開中のジュマンジ映画もオマージュを捧げたWelcome to the Jungleは永遠のロック・アンセム。この曲の「シャナナナナナナナ! ニー! ニー!」は音楽業界のみならず政界や法曹界にも衝撃を与えた(嘘だがな)。

98年、アクセル・ローズ(Vo)のワンマンぶりに嫌気が差してメンバー全員脱退、オリジナルメンバーはアクセルだけとなったが、それでもガンズの看板を掲げてツアーをおこなった。まさにひとりガンズ

また、近年ぶくぶく太り始め、猛り狂うオッコトヌシみたいな様相を呈し始めたことも指摘しておかねばなるまい。

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あんなに美しかったアクセルが…。

デフ・レパード

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最初、私はデス・パレードと誤読していたが、デス・パレードでもデブ・パレードでもなくデフ・レパードだ。

イギリス出身のハードロックバンドで、80年代は空前絶後のデフレパ・フィーバーを迎える。とりわけ『ヒステリア』は異常なぐらいバカ売れした。

デフレパの特徴は、ポップで透明感あるメロディとぶ厚いコーラス。とても清涼感があって聴きやすいのでジジイにもおすすめだ。

ちなみにドラムのリック・アレンは人気絶頂期の84年に交通事故で左腕を切断した「片腕のドラマー」。

 

ホワイトスネイク

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ディープ・パープル「Burn」などを歌っていたデイヴィッド・カヴァデールが、パープル脱退後に立ち上げた78年結成のイギリスのバンド。

初期はビートルズローリング・ストーンズを足したような古典ロックをやっていたが、アメリカ進出を意識してからはヒットポテンシャルの高いゴキゲンなハードロックに方向転換。結果、『白蛇の紋章〜サーペンス・アルバス』マイケル・ジャクソン『バッド』に次いでビルボードチャート2位を記録。

リーダーのカヴァデールは整形手術を繰り返して甘いマスクをゲットしたことでも有名。

タマホームのCMで散々使われてる上に、全国の吹奏楽部が大体やることから、よもや知らない人はいないと思います。これを歌っていたのがカヴァデール先生。

All I hear...
is Burrrrrrrrrrrrrn!

 

これら以外にも、ボン・ジョヴィ「Livin' on a Prayer」でサビの一番高い「ウォーオー!」のところで客にマイクを向けて歌唱放棄したり、ハート「Alone」で世界中の一人ぼっちを大いに泣かせたのもこの年。

1987年はハードロックの豊作年だったのだ。 

必殺は1分32秒から!

コアなロック好きほどボン・ジョヴィをバカにするが、これはスピルバーグをバカにする映画通と同じぐらい愚かな身振りである!

 

ハートはアン&ナンシー姉妹による女性ハードロックの始祖。

「Alone」はタフで美しいパワーバラードなので栄養失調の犬に聴かせるべきだ。

 

み・た・い・な 時代背景が、『パーマネント・ヴァケイション』のジャケットが映される約2秒のショットに含まれているんですね。

ただ、ハフ嬢がタワーレコードで一瞬眺めるのがヴァン・ヘイレン1984のジャケットなので、ロック好きの観客だけ時代設定が1987年なのか1984年なのか混乱します

ハフ嬢はバスの乗客と一緒にナイト・レンジャー「Sister Christian」を歌うし、その後もポイズンREOスピードワゴンフォリナークワイエット・ライオットといった'80sバンドの猛ラッシュ。

特にフィーチャーされていたのがデフ・レパードで、本作のタイトルにも使われたRock Of Agesを含め、実に3曲も挿入されている(贔屓かよ!)。

 まさに'80sハードロック讃歌なのだ!

 

④久々にトム公がいちびり倒す!

ロックの帝王を演じたトム公にも言及せねばなりません。

全体的にマッチョなのに腹回りだけ妙にブヨッとしているアンバランスな肉体や、裸の上から毛皮のコートをまとうファッションなど、いかにも'80sロックといったアナクロい形姿で、あたかも目で犯すといわんばかりに全身からセックスの匂いを発散させ、気が済むまでステージの上でいちびり倒す、文字通りのワンマンショー。

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うおおおおおお!

 

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うおおおおおお!

 

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うおおおおおお!?

 

自意識過剰ナルシシズム炸裂型トム公メソッド!

平たく言やぁ俺様演技!

もはや様式美!

直毛ロンゲにバンダナというスタイルは完全にガンズのアクセル・ローズだし、実際トム公はガンズを歌う際にアクセル・ローズから歌唱指導を受けたらしい(アクセルはダメ出しするときに「シャナナナナナナナ!」と叫ぶのだろうか?)。

そんなトム公がボン・ジョヴィ「Wanted Dead Or Aliveを熱唱する場面、全世界で2800万枚を売り上げた脅威のメガヒットアルバム『ワイルド・イン・ザ・ストリーツから「Livin' on a Prayer」「You Give Love a Bad Name」といったとっておきの必殺曲ではなく、あえて「Wanted Dead Or Aliveをチョイスする渋さを買いたい。柔らかな高音は驚くほどトム公の声質にマッチしている。

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トム公の俺様っぷりは依然健在!

 

⑤ロックは映画の駄作ぶりを補填する!

ハフ嬢がジャーニー「Don't Stop Believin」を熱唱するラストシーンは安直すぎるだろうとも思うが、もういいよいいよ、ジャーニーで。
すっかりケバくなったキャサリン・ゼタ=ジョーンズと、すっかりデブになったアレック・ボールドウィンの醜い風貌が少々キツいが、この際ロックの一言で片付けてしまいたい

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脚本はクズ同然だし、実在のバンドに言及した時点で劇中の人物が歌っている曲がカバーになるといった矛盾点も抱えているが(例えばエアロスミスのレコードを見せてしまうことは、この物語が我々の生きる現実世界と地続きであることを傍証し、ロックスターのトム公がステージの上で歌う曲は「トム公の曲」という体が利かなくなる)、このへんの理屈はあえて追及しないでおこう。

エンディングでトム公が再びガンズを歌う。私が死ぬ間際に聴きたい曲ランキング第1位の「Sweet Child o' Mine」だ。

この名曲の聴きどころはイントロの30秒。レスポールが鳴きしきるリフ。それだけでもう天国が見えそうだ。

 

でも、ここまで言っておいてなんだが…、映画本編よりもDVD特典のデフ・レパードのライブ映像の方が楽しめました。